『仁義なき宅配 ヤマトvs佐川vs日本郵便vsアマゾン』
ポスト・ブック・レビュー【著者に訊け!】
横田増生
- よこた・ますお 1965年福岡県生まれ。関西学院大学卒。予備校講師を経て、米アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号取得。『輸送経済』記者、編集長を経て、99年独立。著書に『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』『ユニクロ帝国の光と影』『評伝 ナンシー関』『中学受験』等。ヤマト・佐川各ベースでの延べ3か月に亘る夜勤の結果、体調不良や不眠に悩み、鬱病を疑ったことも。現場では、過労や鬱病で辞める人もいる、という。168㌢、74㌔、O型。
ベールに包まれた
「宅配戦争」の壮絶現場に
潜入したルポルタージュ
『仁義なき宅配
ヤマトvs佐川vs日本郵便vsアマゾン』
小学館 1400円+税
装丁/竹内雄二
宅配というインフラを維持するには
送料が無料でいいわけがないんです
ネット上で選んだ商品が、指定の日時に正確に届く。最近は自宅で靴を何種類でも試着でき、気に入らなければ全品返品可能。送料も一切かからない〈進化〉した通販も登場し、その便利さ・お手軽さを、私たちは当たり前に享受している。
でも待て、本当に大丈夫なのかと心配になったのが、『仁義なき宅配』の著者・横田増生氏だ。先にユニクロやアマゾンの実像を暴き、〈“企業にもっとも嫌われる”ジャーナリスト〉との異名も取る彼は、本書でも宅配業界に潜入取材を敢行。日本が世界に誇るその精度を何が支えてきたのかを、小倉昌男、佐川清といった歴代経営者の横顔や大手3社の歩みと併せて検証する。
そのカラクリは消費者が普段知ることのないブラックボックスとも言えるが、いかに科学技術が進もうと、モノは、人が運ばない限り、届かないのも道理だ。
結局、「どこでもドア」はどこにもないのだから。
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「僕は正攻法で取材を断られたから、仕方なく現場で働いただけなんです。おそらくユニクロとの訴訟以来、相当警戒されているらしく、もし僕がヤマトや佐川の広報にいても確かに断りたくはなる(笑い)」
ユニクロ側が版元に2億2千万円の損害賠償を求め(14年末、原告敗訴が確定)、話題となった『ユニクロ帝国の光と影』(11年)でも、あくまで氏の興味は右肩の上がらない日本で異次元の成長を遂げる同社のビジネスモデルにあった。まして物流はかつてドラッカーが「暗黒大陸」と評したほど技術革新の恩恵を受けにくく、元物流業界紙記者としてはその進化を極力、〈宅配荷物の近くに身を置いて〉確かめたかったと書く。
ヤマト運輸が70年代に宅急便事業を開始して以来、メール便を含む宅配市場は年間90億個強に成長。特にここ10年の伸びを牽引したのが11兆円規模に上るネット通販だ。現在では企業発個人向けの荷物が全体の4割を占め、送料無料を掲げる通販会社の〈運賃叩き〉が常態化。中でも業界最大手アマゾンとの取引はシェア拡大の一方で利益率を低下させ、〈豊作貧乏〉に喘ぐ物流各社の対応は分かれた。
まずは13年春にアマゾンとの取引を打ち切り、〈運賃適正化〉に舵を切ったのが佐川急便だ。ヤマト運輸も同11月、クール宅急便の温度管理を巡る不祥事を機に適正化に動き、〈運賃上昇→利益率の上昇→設備投資の増額→労働環境の改善〉の好循環に業界全体が入るかに見えた。
「ところがそこに割り込んだのが3番手の日本郵便で、個数だけなら〈独り勝ち〉に近い。例えばヤマトの前期決算では運賃平均が570円台から590円台に今世紀初めて上昇したものの、今期の予想では再び単価が20円下がる。要はヤマト対佐川の叩き合いがヤマト対郵便に移ったわけです。
しかも人件費比率が売上の5割を越える〈労働集約型産業〉では常に皺寄せは現場に向かい、仮に利益率5%のヤマトが比率を55%に上げれば利益は吹き飛ぶ。唯一60%を越える郵便でも今年11月の上場以降はどうなるかわかりませんから」
消費者の良心に
期待しても無理
だから見にゆき、聞きにゆく。ある時は都内で宅急便を集配する下請け会社の軽トラ、ある時は関東?関西を往復する佐川の下請け業者の幹線輸送車に〈横乗り〉して、ドライバーたちの作業内容や労働時間、給与明細までを聞き出した。
「例えばヤマトが〈バリュー・ネットワーキング構想〉の目玉とする『羽田クロノゲート』で働いた時のことです。このベースは検品や受注管理などより付加価値の高い物流サービスを模索する同社の〈心臓〉とされ、1400億円が投資された。
ただし僕が回されたのは寒い室内でクール便を延々仕分けし、重い保冷ボックスを車に積み込む仕事で、冷凍と冷蔵の違いも教えられずに危険な現場に放り込まれ、そのくせミスすると社員に怒鳴られるんです。
まあ僕の場合は酷い現場ほど、よしっ、ネタとしてオイシイぞって、逆に喜んじゃうんですけどね(笑い)。それで1日9000円じゃ人も集まらないだろうし、よくこれで毎日、宅急便がちゃんと届くよなあって、本部の理想と現場の現実の乖離はやはり感じました」
そこにはアマゾンやユニクロで感じた過度にマニュアル化された空気すらなく、個人の努力や疲弊や〈サービス残業〉の上に宅配というインフラは何とか保たれていたと氏は言う。そして少子高齢化やトラック業界の人手不足が深刻化する中、〈砂上の楼閣〉はいつ瓦解してもおかしくはないと。
「僕は企業がどうとかより、宅配というインフラを維持するために、現状をまずは可視化したかったんですね。すると結局は運賃が安すぎることに行き着き、だからって消費者の良心に期待するのも僕は無理だと思う。
例えばフランスでは昨年、無料配送を禁止する通称・反アマゾン法が可決された。今後はそうした規制も必要かもしれない。今は景気にかかわらず、果実より痛みをより下へ分配するのが物流業界に限らない風潮で、アマゾンが物流部門を外注するのも企業にとって人を抱えるのが一番面倒だから。人が運ぶ限り、送料が無料でいいはずはないんです」
問題は日本が国家の介入なしには荷物一つ送れない国になっていいのかどうか、それをインフラと考えるか、サービスと考えるかだが、今日も現場単価一つ130?150円で荷物を届ける彼らの汗の中身を、せめて私たちも知ることから始めたい。
□●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト2015年10月30日号より)
初出:P+D MAGAZINE(2015/12/28)