【著者インタビュー】養老孟司『ヒトの壁』/生物としての「ヒト」とは何か? 『バカの壁』に続く「壁」シリーズ最新作!

シリーズ累計670万部突破の最新作『ヒトの壁』で綴ったコロナと人生についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「考えれば答えが出ると思っているところが間違い。答えなんてない!」

『ヒトの壁』

新潮新書 858円

『バカの壁』『死の壁』『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』に続く、ベストセラーシリーズの最新作。≪人生を顧みて、時々思うことだが、私の人生は、はたして世間様のお役に立ったのだろうか≫。こんな自分自身への問いかけから始まる本書は、コロナのこと、東京五輪のこと、愛猫まるの死などを通して養老さんが考え抜いた人生の本質が綴られ、世間に振り回されない思考を身につけられること請け合いだ。

養老孟司

(c)新潮社

(ようろう・たけし)1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。’62年、東京大学医学部を卒業後、解剖学教室に入る。’95年に東京大学医学部教授を退官し、現在は東京大学名誉教授。近著に『遺言。』『半分生きて、半分死んでいる』『AI支配でヒトは死ぬ システムから外れ、自分の身体で考える』や対談集『AIの壁 人間の知性を問いなおす』、『養老先生、病院へ行く』(中川恵一共著)、『まる ありがとう』(写真・平井玲子)など多数。

人と話して考える機会がなくなったのは残念

 不要不急の外出を控えるように。
 新型コロナウイルスの感染が広がって以来、政府や都道府県知事からくりかえしメッセージが発せられ、自分の仕事は、自分という人間は、はたして社会から必要とされているだろうかと、ハタと考えこんだり不安になったりした人は少なからずいるはずだ。
 感染が広がり始めて4カ月ほどたった2020年5月に、養老先生が朝日新聞に書いた、「人生は本来、不要不急」という文章は、大きな反響を呼んだ。
『ヒトの壁』は、「不要不急」問題をさらに掘り下げ、コロナとワクチン、コロナ禍に開催されたオリンピックや、亡くなった愛猫のまるにも触れながら、生物としての「ヒト」とは何かについて思索を深めていく。450万部を超す大ベストセラーになった『バカの壁』に続く「壁」シリーズの最新作だ。
 コロナ禍で明らかになったのは、次々に変異し、形を変えるウイルスのままならなさだ。ワクチンを打ったところで、時間がたつと効力は失われ、変異をくりかえすウイルスに対応できなくなる。結局のところ、天変地異と同じように、ヒトにはどうすることもできず、このまま翻弄されながら収束を待つしかないのだろうか。
「物事を予測して、コントロールしようとするのが現代人の一番悪い癖。いつもそう言っているんです。神様目線で個人の行動を制限すれば、ある程度コントロールできるかもしれないけど、大局的に意味がないし、ヒトだって極端に制限はされたくもない。考えれば答えが出ると思っているところが間違っていて、答えなんてないんです。
 政治家も何かやってるふりをしなきゃいけないからしかたなくやってるけど、確信があってやっているわけではないと思います」
 ちなみに、今年85歳になる養老先生は、医学部を卒業した解剖学者だが、もともと病院にはほとんど行かないそうだ。
「病院に行って定義されない限りは健康ですから」
 とはいうものの、2020年6月には、体調を崩して久しぶりに病院で検査を受けている。心筋梗塞と診断され、即入院となった。退院後、療養中で時間があるだろう、ということで、編集者からこの本の執筆を依頼されたのだという。
 これまでの「壁」シリーズは編集者の聞き書きだったが、今回の本はステイホーム期間中ということもあって、みずから筆を執っている。
「聞き書きの本を何冊かつくって、書いてもらっても自分で書いても、だんだん同じになってきた気がしますね。コロナの前は、人と話しているうちに自分の考えていることがだんだんまとまってきたんですが、ぼくが基礎疾患持ちということで訪ねてくる人も減りました。
 人と話して考える機会がなくなったのは残念です」
 まったくないわけではなく、週に1回は、昆虫好きの仲間たちと、オンラインでおしゃべりしているそうだ。

子供に感想文を書かせるのはおかしいと思いませんか?

 何かひとつ、引っかかったことがあると、そのことをずっと考え続けるという。
「異常にしつこいです。言葉の伝わり方の問題や、教育の問題は特に考えます。
 国語の授業で子供に感想文を書かせる、あれ、おかしいと思いませんか。具体的に何が起きたかを記すことはやらせず、どう感じたかだけ書かせるなんて。
 ずいぶん前から気になっていたんですけど、あるとき、国際学会で、イギリスの解剖学者が『論文というのはドキュメントだ』と言ったんです。自分が考えた立派なことを書くもんだとぼくなんかもどこかで思ってたけど、彼が言うには、そうじゃなくて、実験室で観察した記録なんだ、と」
 感想文になっているのは、日本の新聞記事も同じだ、と言う。痛烈なジャーナリズム批判に思えるが、一方で、社会の中で、理性は学者、自由意志は政治家や資本家、良心はジャーナリズムにあたる、とも指摘する。
「他人の顔色をうかがい過ぎていないか」という、『ヒトの壁』の帯文にもとられているこの問いかけは、コロナ禍で、一層胸に響く。
「他人の顔色を気にするということでは、日本人はたぶん世界で一番でしょう。なにしろ居住面積あたりの人口密度が世界一ですから、ぎゅうぎゅう詰めの混んだ銭湯で暮らしているみたいなわけで、何かすると人の迷惑になるのはたしかですからね」
 コロナの前からそうだったが、コロナになって、その傾向は一層強まっている気がする。
 単純な解決策というわけではないが、かなり前から養老先生は、「平成の参勤交代」、つまり二拠点での生活を提唱し、みずからも実践している。
「いろんな人がいていろんな暮らし方があるはずなので、会社と家を往復するだけじゃない暮らし方があっていいはずなんです」
 生死について、ヒトが生きることについて、あれこれ考えるようになったのはネコと暮らしたおかげだと言う。
「日常って割と変化がないものですが、ネコがいると、本当にいろんなことが起きますからね。先代のネコはすごくて、朝起きると、部屋の中をヘビが這いまわってたり、モグラが走り回っていたりしました。連れてきて、放り出していくんです。2020年の暮れに死んだ『まる』はのろまだったから、せいぜいヤモリぐらいしかとれなかったけど」
 スコティッシュフォールドのまるは、愛嬌のあるたたずまいが人気で、新聞やテレビで取り上げられることも多かった。フォトブックが3冊出版され、死んだとき、共同通信に訃報が出た。
「まるの頭をたたくのが癖になってて、いまもつい、頭をたたくつもりで骨壺をたたいてしまいます」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 いま菌類の本を読んでいます(マーリン・シェルドレイク『菌類が世界を救う』)。生物の分類がかつてと大きく異なり、動物植物菌類というふうになったんですよね。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 いません。送られてくる本を読むので精一杯。そのほかに帯文をしょっちゅう頼まれて、無責任なことはできないから、そのゲラも読まないといけないですからね。

Q3 最近見てよかった映画やドラマは?
 これもコメントを求められて見たんですが、『選ばなかったみち』という映画。メキシコからロンドンの娘のところに出てきた老人がぼけちゃうんですけど、脚本が上手で、いい作品でした。ネットフリックスもよく見ます。『愛の不時着』も女房と一緒に見ました。

Q4 最近気になるニュースは?
 東大農学部の前で、受験生らが突然、切り付けられ、少年が逮捕された事件。

Q5 最近ハマっていることは?
 マイタケ。食べるんじゃなくて、標本をつくるとき、マイタケを浸した液に古くなった虫をつけておくと柔らかくなるんです。マイタケには蛋白分解酵素が含まれているので、北海道のレストランで、ジビエをマイタケと一緒に焼くというところからヒントを得て、虫の友だちがやり方を思いつきました。

Q6 何か運動はしていますか?
 しません。虫捕りで歩くぐらい。冬場はオサムシを掘るんですけど、掘れるまで歩く。食事とネットフリックスを見る時間以外はずっと標本をつくっているので腰が痛くなります。

●取材・構成/佐久間文子

(女性セブン 2022年3.10号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/03/24)

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