こんなのもアリなの? “規格外”の料理レシピ本

料理を作るのは嫌いではないけれど、つい「ちゃんとした料理を作らなくてはいけない」という意識が重荷になってしまう、という方は多いのではないでしょうか。今回は、台所に立つ人をそんな呪縛から解き放ってくれるような、“規格外”のレシピ本を3冊ご紹介します。

「いろんなメニューを作るのが何より楽しい!」という方にとっても、「死ぬほど疲れているけど子どもには何か食べさせないと……」という方にとっても毎日、等しくやってくる、“料理を作る”時間。
毎日自炊をしなければいけないなんてルールはもちろんありませんが、食費や栄養面を考えると、どうしても自分で作ることが多くなってしまう。けれど本音を言えば、たまには“ちゃんとした料理”から解き放たれたい──と思っている方は、きっとたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

調理過程やコツを詳しく教えてくれるレシピ本はとても頼りになるものの、「パプリカパウダーなんか家にないよ!」とツッコミを入れたくなってしまうような調味料がふんだんに使われていたり、“簡単レシピ”を謳っているわりに複雑な作業が必要だったり……、というレシピに出会うことも少なくありません。

今回は、料理をするという行為のハードルを究極まで下げ、「こんなのもアリなの?」「まあ、これならやってみるか」と思わせてくれるような、ちょっと変わったレシピ本(料理エッセイ)をご紹介します。

『カレンの台所』(滝沢カレン)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4801400752/

『カレンの台所』は、ファッションモデルやタレントとして活躍する滝沢カレンによるレシピ本です。彼女のあまりにも独特な日本語の使い方はバラエティ番組やSNSなどを中心にたびたび話題になりますが、本書ではそのオリジナリティ溢れる言語感覚が遺憾なく発揮されています。

たとえば、“鶏の唐揚げ”のレシピ。鶏肉を切って調味料に漬け込むというごくごくスタンダードな調理過程が、ひとたび彼女の手にかかると、見たこともないようなストーリーになります。

まず、透明度まではいかないがスーパーでよく見かけるしもらうビニール袋を二重にします(豪快な方はジップロックなど)。
そこに冷たい何も知らない鶏肉を入れてあげます。
やれやれとボッタリくつろぐ鶏肉に、上からいくつかかけ流していきます。
まずリーダーとして先に流れるのは、お醤油を全員に気づかれるくらいの量、お酒も同じく全員気づく量、乾燥しきった粒に見える鶏ガラスープの素を、こんな量で味するか? との程度にふります。(中略)
そして匂いが取り柄なにんにくすりおろしかチューブ、生姜すりおろしかチューブを、鶏肉ひとつにアクセサリーをつけるくらいの気持ちでつけてあげてください。

一見めちゃくちゃな言葉遣いのようですが、“全員に気づかれる量”、“こんな量で味するか?との程度”、“アクセサリーをつけるくらいの気持ち”──といった言葉は、実際に食材と調味料を前にしてみると、とてもわかりやすい表現であることに気づかされます。

『カレンの台所』内の文章は、滝沢さん本人がインスタグラムに投稿したオリジナルのレシピを中心に構成されています。料理をしている最中は、食材が主人公となる絵本のような物語が頭の中に浮かんでいると滝沢さんは語ります。滝沢さんの言葉には翻訳サイトで間違って翻訳された日本語のような表現と詩のような瑞々しい表現が混在しており、それが誰にも真似できない魅力につながっています。

「こんな抜け道もあるんだぁ」
という発見がてら見てもらえたら嬉しいです
(余計に迷ったら謝る)
──「はじめに」より

という言葉のとおり、日々の窮屈な生活の中の“抜け道”をこっそり教えてくれるような1冊です。

『料理が苦痛だ』(本多理恵子)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4426124832/

『料理が苦痛だ』は、参加者が自ら料理をしなくてもよい、“見学型”の料理教室を主催し人気を集めているカフェオーナー・本多理恵子による料理エッセイ兼レシピ本です。

巷には「料理をできるだけ手早く済ませたい」、「簡単ながらもちゃんとしたごはんを家族に食べさせたい」という人向けの時短料理本が溢れていますが、本書が画期的なのは、タイトルの通り、そもそも「料理が苦痛だ」と感じている人だけに向けて書かれた本であるということ。

まずは「料理が嫌い」で「苦痛に感じている」ことを認め「嫌なことはやらなくていい」を自ら許し、選択する勇気を持ってほしい。
その決断ができれば「結局作れなかった」自責の念や、「嫌々作ったから失敗した」という不条理な結果など、割に合わない苦痛がなくなる。
幸いにも今の世の中は食事には困らない。
デパ地下、宅配、冷凍食品、外食……なんでも便利に使えるものがあり、しかもそれはユーザーの声を反映して進化し続けている。
今の世の中はSNSで追いつめられる反面、料理をしなくてもいい環境も整ってきている。
だからまず怖がらずいったん「作り続ける料理」をやめてみよう。

著者はカフェオーナーという立場でありながら、まずはじめに料理を作ることをやめてみよう、と提言します。まるまる5日は家族のためにも自分のためにもまったく料理をしなくていいから、外食や冷凍食品を駆使して料理に対する自責の念を手放すところから始めよう──と言うのです。そして、その時点で「これなら作りたい」と思える料理に出会うことができたなら料理をしてください、と説きます。

本書の中のレシピは、たとえばパーティーごはんの定番である「パエリア」の場合でも、

これは専用鍋がなくても大きなフライパンかホットプレートで出来るインスタ映え飯。(中略)お高いサフランは使わず、ポイントは具材の色を意識するのみ。

と、作る上でのハードルを極限まで下げて書かれています。さらに、どの程度までしっかりした完成度にするかを“自分飯”、“家族飯”、“よそ行き飯”と3ステップに分けて解説しており、パエリアの場合はフライパンひとつで作るごくシンプルなものを“自分飯”、具をこれ見よがしに豪華にしたバージョンを“家族飯”、サフランやハーブを使ってみたものを“よそ行き飯”──としています。

「子どもには栄養のあるものを食べさせなければいけない」、「最低でも週に◯日は自炊しなければいけない」、「SNSで映えるようなごはんを家族に食べさせたい」といった料理にまつわるさまざまな“呪縛”から、台所に立つ人を解き放ってくれるような本です。

『syunkon日記 スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件』(山本ゆり)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4594075940/

『syunkon日記 スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件』は、月間800万アクセスを超えるレシピブログの運営者・山本ゆりによる料理エッセイ兼レシピ本です。山本さんのレシピ本である『syunkonカフェごはん』シリーズは累計430万部を超えるなど、料理をする人たちから絶大な人気を集め続けています。

本書の魅力は、なんと言っても山本さんの声が聞こえてくるような関西弁混じりのラフな文章と、どこまでも“ゆるい”構成。『オムライス談義』と題されたエッセイでは、

オムライスが大好きです。(中略)
パラッとしたチキンライスが、ふわふわとろとろのオムレツ(卵3個使用)で包んであり、デミグラスソースがとろ~り…

となんとも美味しそうなオムライスの描写で始まるにも関わらず、中盤で突如、

オムライスに関しては、家で作ったもののほうが好きなんです。
あとカレーライスとコロッケ、それと、クッキー。
クッキーは特に、昔から手作りの味が好きです。自分が焼いたクッキーじゃなくて人が焼いたクッキー。うまくなくていいんです。むしろちょっと下手くそでいい。

と方向転換し、直後に『はみだしレシピ サックサク!フライパンでクッキー』という山本さん流クッキーのレシピが挿入されたのちに

オムライス! はい!(パン!)

と話が戻ります。読んでいて思わず笑ってしまうような唐突さですが、オムライスにまつわるエピソードもクッキーのレシピも同じように臨場感たっぷりで、読者を一瞬たりとも飽きさせません。
本書には、簡単に作れるレシピはもちろん、料理にまつわるエッセイ、仕事や日常生活の些細な気づきにまつわるエッセイなどさまざまなジャンルの文章が混在しており、疲れているときでも思わずパラパラとページをめくりたくなってしまいます。

著者の朗らかで正直な人となりが伝わってきて、「山本さんが美味しいって言うなら本当に美味しいんだろうな……」と信頼した上で料理をできるような、唯一無二の1冊です。

おわりに

料理は、毎日自分で作っている人が“えらい”人、冷凍食品や外食で済ますことが多い人は“サボりがち”な人だと、なぜか世間から勝手な評価を下されてしまいがちな行為です。
しかし本来、必要な栄養さえとれていれば、料理を自分で作るか作らないかは自由なはず。今回ご紹介した本はどれも、料理が嫌いな人に何かを強いるのではなく、「このくらいの気持ちで料理できるなら楽しいかも」と思わせてくれるような内容になっています。

毎日の料理に疲れてしまったときや、普段とは違う気分で料理をしてみたいとき、ぜひ、ご紹介した3冊の本に手を伸ばしてみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2020/06/23)

【著者インタビュー】石井公二『片手袋研究入門 小さな落としものから読み解く都市と人』/Gloveには“love”が入ってるんだぜ
◇自著を語る◇ 内田洋子『サルデーニャの蜜蜂』