【待望のアニメ化】古川日出男訳『平家物語』の魅力
2021年9月から先行配信が始まり、早くも注目を集めているアニメ『平家物語』。原作となったのは、小説家・古川日出男が現代語訳を務めた『平家物語』です。アニメ版とオリジナルの違いを紹介しつつ、本書の魅力を紐解きます。
テレビアニメ『平家物語』のFODでの先行配信が2021年9月からスタート(※通常放送は2022年1月~)し、早くも話題を集めています。
監督は『けいおん!』『
底本となっているのは、古川日出男が現代語訳を務めた『平家物語』(河出書房新社刊)。平家の栄枯盛衰を描いた日本文学史上に輝く作者不詳の名作を、活き活きとした訳で蘇らせた作品です。アニメは、この底本にオリジナルキャラクターの琵琶法師の少女・びわを加え、彼女と平家の交流を軸としたストーリーとなっています。今回はそんなアニメ版『平家物語』と原作との違いを解説しつつ、独特な味のある古川日出男訳の平家物語の魅力を紹介します。
特殊能力を持った登場人物たち──アニメ版『平家物語』オリジナルの要素
出典:TVアニメ「平家物語」オープニング映像:羊文学「光るとき」
アニメ『平家物語』は、現在FODで6話まで先行配信がおこなわれています(※2021年10月現在)。前述の通り、本作は古川訳の『平家物語』を底本としつつ、琵琶法師の娘・びわという少女が中心的な人物として据えられるなど、アニメオリジナルの要素も多くなっています。
(※以下、第1話のネタバレあり)
物語は、びわと平重盛(平清盛の嫡男)との出会いから始まります。びわは左右で瞳の色が違うオッドアイの持ち主であり、その目を通じて未来を見ることができるという能力を持っていました。
びわは、父親の琵琶法師を平家方の密偵・
しだいに重盛やその子どもたちとも家族同然の仲となり、交流を深めていくびわでしたが、そんなときにある事件が起きます。重盛の息子・
アニメ版では、この事件を始めに描くことで平家の衰退を予感させるとともに、びわと重盛が持つ特殊能力を通じ、平家に関わるさまざまな人々の人生をオーバーラップさせていきます。山田尚子監督作品らしい、静謐でありながらも季節を感じさせる情感豊かな映像が、ファンタジックな設定を嘘臭くなく成立させています。
古川日出男訳『平家物語』の魅力その1──さまざまな人の言葉を通じ、重層的に平家を語る
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4309728790/
では、そんなアニメ『平家物語』の底本となった古川日出男の現代語訳版は、どのような作品なのでしょうか。古川は本書の“前語り”のなかで、『平家物語』の日本文学史上まれに見る異本(※同じ書物ながら普通行われている本文と、文字や語句、組立てなどに相違のあるもの)の多さ・編集者の多さを指摘し、この古典は継ぎ接ぎされ続けたことで“無節操”なものになったと語っています。
平家には多くの人間の手が加わっていると前々から聞いていたが、実際に現代語訳に取りかかると、本当のことなのだと皮膚で捉えられた。わかるのだ──「今、違う人間が加筆した」と。ふいに書き手が交代したことがはっきりと感知されるのだ。(中略)また構造面でも然り。やはり了解される──「今、誰かがお話を挿んだ。この箇所に、もともとは存在していなかったものを」と。
この作品には四巻めに至るまで合戦の描写はない。そこまでにあるのは、むしろ政治、政治、政治だ。あとは宗教。そして恋愛。
つまりマイナスの効果を及ぼす増補が多々ある、と私は断じ切れる。
しかし、そのような“マイナスの効果”を前にした古川はこの物語に編集を施すのではなく、あえて“ほとんど一文も訳し落とさない”ことを選んだと言います。
私はほとんど一文も訳し落とさなかった。敬語だって全部訳出した(むしろ増やした)。章段の順番もいっさい入れ替えなかった。私は現代の編集者になろうとはしなかった、ということだ。それは、なんというか、筋が違う。
が、にも関わらず私は、これを面白いものにしようと努めた。(中略)しかし物語の中味に改変の手を入れず、どうやって「構成」を付す?
私は、平家が語り物だったという一点に賭けた。
そんな古川の宣言通り、本書は他の作家による現代語訳版のように本筋に関係の薄い文章を省略したり、大胆な編集を施したりはしていません。ただ古川は、『平家物語』がさまざまな人によって“語られる”ことで残り続けてきた物語であることを尊重し、一人称や語尾を登場人物によってすこしずつ変化させるなど、多くの人物の書き分けやキャラクター付けに腐心しているように感じられます。
臨場感のある合戦が始まるまでの登場人物たちのやりとりのなかには冗長と捉えられるような箇所も見受けられますが、省略されている箇所がなく非常にわかりやすい文章であるため、初めて『平家物語』に触れるお子さんや学生にもお薦めしたい現代語訳です。
古川日出男訳『平家物語』の魅力その2──歌詞のように音楽的でリズミカルな文章
古川訳の『平家物語』の最大の魅力は、なんと言ってもその歌うようになめらかな文章です。構成を原作から変えていない分、一文一文の訳し方には古川日出男らしい個性が前面に表れています。
たとえば、最も有名なフレーズである『平家物語』一の巻の冒頭部分、“祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。”という文章は、
祇園精舎の鐘の音を聞いてごらんなさい。ほら、お釈迦様が尊い教えを説かれた遠い昔の天竺のお寺の、その鐘の音を耳にしたのだと想ってごらんなさい。
諸行無常、あらゆる存在 は形をとどめないのだよと告げる響きがございますから。
それから沙羅双樹の花の色を見てごらんなさい。ほら、お釈迦様がこの世を去りなさるのに立ち会って、悲しみのあまりに白い花を咲かせた樹々の、その彩りを目にしたのだと想い描いてごらんなさい。
盛者必衰、いまが得意の絶頂にある誰であろうと必ずや衰え、消え入るのだよとの道理が覚れるのでございますから。
はい、ほんに春の夜の夢のよう。驕り高ぶった人が、永久には奢りつづけられないことがでございますよ。
と訳されています。この箇所を読んだだけでも、「ほら」「はい」と呼びかけるような文句や倒置法を多用し、流れるようなリズムを感じさせる、古川らしい文章の魅力を堪能できるのではないかと思います。
この文体のユニークさは、特に合戦のシーンにおいて顕著です。
「そうか。では今日の軍神への捧げものに、なあ。してやるぞ」と言い、馬を押し並べる。むんずと組みつく。地面に引き落とす。首を捩じ切る。斬る! それから郎等である本田次郎の鞍の取付にこの首をつけ、まさに血祭り、軍神を祝う斬血の祭り!
南無や、南無や、南無や!
よ!
た! は!
なぁむ!
まるで、琵琶法師の歌を直接耳にしているかのような臨場感と緊張感です。本書は長大な作品ではありますが、音楽的な文体の力でするすると読み通せてしまうので、退屈に感じる箇所は多くないはず。合戦のシーンはもちろん、平家に関わる女性たちの流麗でありながら力強い語りや妖怪譚におけるおもしろおかしい語りなども、非常に読み応えがあります。
おわりに
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4309025447/
実は、古川日出男はこの『平家物語』の続編にあたる『平家物語 犬王の巻』という小説を2017年に発表しています。これは、平家滅亡から150年後の西国で生きていたと言われる能楽師の犬王と琵琶法師の
また、『平家物語』にはさまざまな小説家による個性的な現代語訳版が存在します。たとえば、吉村昭による現代語訳は丁寧かつ誰にとっても読みやすい正統派の『平家物語』。橋本治による『双調平家物語』は、軽やかな文体で中国史を中心に平家の物語に光を当てた、唯一無二の現代語訳版です。アニメ化をきっかけに『平家物語』に初めて触れたという方は、原作となっている古川日出男訳はもちろん、異なる訳者による作品も手にとってみると、さまざまな角度からこの古典を知ることができるはずです。
(あわせて読みたい:【祇園精舎の鐘の声……】『平家物語』の魅力を知ろう。)
初出:P+D MAGAZINE(2021/10/29)