星新一は予言者だった?ショートショートで予言した未来7選。
1000以上のショートショート作品を残した日本のSF作家、星新一。数十年前の作品で思い描かれた未来は、一体どのようなものだったのでしょうか。現在の出来事と比較して見てみましょう。
車が空を飛び、ロボットが人間の代わりに仕事をする……世界中のSF作家はそんな輝かしい未来を描いてきました。それらの作品はいずれも豊かな想像力をもとにしたものであり、「所詮は空想に過ぎない」とされることも珍しくありませんでした。
ところが、2017年の今では当たり前となったことが、実は数十年前のSF小説で予言されていたケースも多く存在しています。いわば、SF作家たちは予言者だったといっても過言ではありません。実際に100年以上も前にジュール・ヴェルヌは『月世界旅行』で月へ旅行する人々を、H.G.ウェルズは『宇宙戦争』で地球以外の星に生命が存在していることを予言していました。
1,000以上ものショートショートでさまざまな未来を描いていたSF作家、星新一の作品からも、その特徴は色濃く見られます。
今回はそんな星新一の作品で予言されていた物事と、現実とを比較します。
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予言1.商品がすぐに届くショッピング/『ずれ』(1960年発表)
壁に設置されたボタンを押すことで、あらゆる商品がダクトからすぐに届けられる未来が描かれている『ずれ』(『ようこそ地球さん』収録)。
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ある日、青年はこのサービスで部屋の塗料を注文します。
「まいど、ありがとうございます。こちらはシューター・サービス会社。ご注文の品は、なんでしょうか」
彼はスピーカーのそばの送話器に口をつけ、つとめて朗らかな調子をよそおって答えた。
「じつは、壁のぬりかえをたのみたいのだが」
「よろしゅうございます。色は、どんなのにいたしましょうか」
「明るいピンク色にたのむ」
「わかりました。家具は別室に、お片づけずみでございますでしょうか」
「もちろん、片づけてある」
「では、ドアをしめきって、部屋をお出になって下さいませ。ご存知とは思いますが、この塗料に使ってある溶剤は、有毒でございます。塗料が壁に付着し、つづいてお送りする薬品が余分の溶剤を中和し終るまでの十分間は、絶対にこの室内にお入りにならぬようお願いします」
「よくわかっているよ」
「では、いまから一分後に、お送りいたします」
「よろしく」
青年はふたたび椅子にもどって、待った。
まもなく、スピーカーの下にあいている、一メートル四方の四角い穴から、サービス会社の発送した丸い玉がころげ出てくるはずだ。
彼は塗料に含まれる毒性の溶剤で自殺しようとしていました。しかし注文後、閉め切った部屋でこれまでの人生を振り返っていた青年のもとに届いたのは、なんと生きた女性。「抱いてよ」と誘ってきた女性と一夜を過ごした青年から自殺願望は消え去ります。
サービス会社のトラブルにより、少しずつ注文していた商品がずれて届いてしまった……というのがこの作品のオチですが、結果的に青年をはじめとする登場人物たちの運命は良い方向へ転がっていきます。
ボタンひとつであっという間に望み通りの商品が届くのは、ネットショッピングが当たり前になった現代ではよく見られる光景です。「どうしても今日必要だ」と急を要する場合でも、その日じゅうに届くことは不可能ではなくなりました。その一方で、配達事故が起こることもしばしば。そんな便利な点だけではなく、同時に起こる弊害でさえも星新一は予言していたといえるでしょう。
予言2.古文書の解読/『古代の秘宝』(1965年発表)
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2017年9月、内容不明の古文書とされている「ヴォイニッチ手稿」の解読に成功したというニュースがインターネットを中心に大きな話題を呼びました。「実際にある言語とよく似ているものの、合致するものがない」ことから世界中の暗号学者や言語学者たちがこれまで解読に挑んできたものの、未だ完全な解読に至っていませんでした。
『古代の秘宝』(『おせっかいな神々』収録)は、食品会社を経営するアール氏が南方の奥地へ探検隊を派遣し、長命の種族の秘密を解読させる作品。アール氏は「探検隊がジャングルを抜け、猛獣と戦い、急流を渡り、けわしいがけを越えられたのは我が社から十分な資金を提供できたから」とPRをしながら、学者に遺跡の解読を依頼していることを明らかにします。
多くの人から期待が寄せられるなか、学者はついに遺跡に記されていたことを読み解くのでした。
「それが、ちょっと気になる問題点がありまして……」
「どうなさったのです。長命の秘法ではなかったのですか」
「いや、長命の秘法であることにまちがいありません」
「それでは、複雑で実行困難だとでも」
「いや、きわめて簡単な方法です」
「それでしたら、遠慮なさることはありません。社会のために発表し、人びとにひろめるべきでしょう。さあ」
うながされて学者はやっと口を開いた。みなは耳をすませていた。
「では、わたしが解読した内容をお話しいたしましょう。現在の言葉に訳しますと、こうなるのです。早寝早起き、そして腹八分」
「謎のメッセージ」と聞くと、「さぞかし重大な秘密が記されているに違いない」と過度の期待をしてしまうのが人間というもの。過去に生きた種族の長命の秘密はいかにもロマンを感じさせますが、その真相はありふれたものだったという、星新一らしいオチのついた作品といえるでしょう。
そして「ヴォイニッチ手稿」に記されていたとされるメッセージは、「入浴は健康にいい」という健康的な入浴方法のヒント。幾度となく「解読できた」、「その読み解き方は文法的に間違っている」という展開を繰り返している「ヴォイニッチ手稿」ですが、結果的に今回も解読ができなかったという見方が有力です。
『古代の秘宝』にもあるように、どれだけ謎に満ちた古代のものであっても、作ったのは私たちとなんら変わらない人間。ヴォイニッチ手稿もまた世紀の大発見に至るほどのものではないのかもしれませんね。
予言3.スマートフォン/『万能スパイ用品』(1966年発表)
総務省は平成26年末、スマートフォンの普及率が64.2%にもなっていることを発表しました。そんな日常的な存在になったスマートフォンはカメラやインターネット、ゲーム、健康管理とまさに「万能ツール」であることはみなさんもよくご存知のはず。しかし、年々便利なアプリが開発されているからこそ、本来の用途であった電話としての機能はつい忘れてしまいそうになりませんか?
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『万能スパイ用品』(『ちぐはぐな部品』収録)には、そんな便利な機能が次々と追加されるスマートフォンを想起させるカメラが登場します。
対立国で、ミサイル関係の秘密を調べるよう上司に命じられた秘密情報部員のエヌ氏。エヌ氏は上司から「これを持っていけば、数人分の働きができる」とカメラを渡されます。このカメラはどんな金庫でも開けられる合鍵、敵を欺くための幻を映し出す機能、追い詰められた際には時限爆弾にもなる機能が搭載されている万能なもの。しかしただひとつ、致命的な欠点があることに目をつぶれば……。
「なんとすごいカメラなのでしょう。これだけの新兵器があれば、任務をやりとげてごらんにいれます。相手の秘密のすべてを、撮影してきましょう。で、撮影の時には、どうすればいいのですか」
この質問に、上司は困ったように答えた。
「なるほど。その問題が残っていたな。そこまでは、気がつかなかった。その性能はないそうだ。仕方がない。わたしの、腕時計型カメラを貸してあげよう」
人は便利なものを追求するがあまり、肝心の機能をおざなりにしてしまうこともある。そんな皮肉が読み取れる「万能スパイ用品」はまるで、現代におけるスマートフォンです。本来ならば電話であるはずが、「あまり通話をしない人向けのお得な利用プラン」が作られている現代。これはまさに本末転倒な機械の予言だったのでしょう。
予言4.バーで働くロボット/『ボッコちゃん』(1958年発表)
ショートショートのなかでも知名度の高い、『ボッコちゃん』には、バーで働く、つんとした美人ロボットのボッコちゃんが登場します。星新一は今よりも50年ほど前、ロボットがバーで働く光景を作品の中で描いていました。
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現在、ドイツ東部の町イルメナウにはロボットバーテンダー、カールが接客をしてくれるバーが存在します。カールは客が注文したカクテルを正確に作り、ちょっとした会話で場を和ませることができるとか。
ボッコちゃんは客と会話するにしても簡単な受け答えしかできず、あとは酒を飲むだけ。それでも美人で若いことから客が絶えないロボットでした。
「お客のなかで、だれが好きだい」
「だれが好きかしら」
「ぼくを好きかい」
「あなたが好きだわ」
「こんど映画へでも行こう」
「映画へでも行きましょうか」
「いつにしよう」
答えられない時には信号が伝わって、マスターがとんでくる。
「お客さん、あんまりからかっちゃあ、いけませんよ」
と言えば、たいていつじつまがあって、お客はにが笑いして話をやめる。
配線がむき出しでまだまだロボットの域から抜け出せないカールも、より人間らしい見た目になれば、ボッコちゃんのような魅力的なロボットバーテンダーとしてもっと評判を呼ぶのかもしれません。
予言5.マイナンバー/『番号をどうぞ』(1968年発表)
買い物、申請手続き、預金の引き出し……あらゆる場面で私たちは本人証明を求められます。それが一括でできる「マイナンバー制度」が制定されたのは、みなさんの記憶にも新しいのではないでしょうか。
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各々に割り振られた番号さえあれば大抵のことができる一方、もしもその番号を紛失してしまったとしたら。そんな恐怖を星新一は『番号をどうぞ』(『ひとにぎりの未来』収録)で予言していました。
休暇を利用し、山の湖にやってきたエヌ氏。都会の喧騒から逃れてボートに乗っていたのも束の間、ボートが転覆して溺れてしまいます。なんとか岸にたどり着いたエヌ氏は町に降り立って服を買おうとするも、クレジットカードの入った財布が湖の底に沈んでしまったことに気がつきます。「外見より証明書の時代」となった社会で、番号がわからないエヌ氏はずぶ濡れのまま何もできなくなってしまいます。
「しっかりなさって下さい。なんの番号でも結構なのです。住宅番号は、出生番号は、定期券の番号でもかまいませんよ。それもだめでしたら、加入なさっているスポーツクラブか、趣味のクラブの会員番号でもけっこうです。さあ……」
「ええ、努力はしてるんですよ」
しかし、エヌ氏の頭のなかは、雑然と数字がとびかうばかり。ひとつとして関連のある数字にならんでくれなかった。なにかの会員番号を思い出しかけもするのだが、それは最初の五桁ほど、あとは別の会員番号にくっついてしまったりするのだ。
将来的にマイナンバーが医療や金融関係にも紐づけられるようになったら、私たちもエヌ氏と同じような状況に陥ることもあるでしょう。「番号がなければ人間でないというのか」と激怒するエヌ氏を面白おかしく見られるのも、今だけなのかもしれません。
予言6.完全食/『禁断の命令』(1966年発表)
粉末を水に溶かして飲むだけで十分な栄養が摂取できるとされるドリンク、「ソイレント」がアメリカで開発されました。このような必要最低限の栄養を少ない量で摂取できる食品は「完全食」と呼ばれ、食料不足を解決できる未来の食事としても世界的に大きな注目を浴びています。
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そんな「完全食」は、『禁断の命令』(『天国からの道』収録)の作中にも登場しています。
「けさはどれにするかな」
しばらく考え、彼はARC5というボタンを押した。銀色の小さな蛇口は、コップに液体をみたしてくれた。ちょっと甘く、すがすがしい味で、静かなかおりがする五度の温度の飲み物だ。
(中略)エヌ氏はつぎに、BSQ35というボタンを押した。緑色をした塩味の、ゼリー状の食品が皿の上に盛られた。栄養のある食品だ。彼はスプーンでそれを口に運んだ。
2060年、普通の独身サラリーマンであるエヌ氏は工場で合成された食料を食べて過ごしています。十分な栄養が摂取でき、満足感が得られれば何でもいい。そんな気持ちでいたエヌ氏でしたが、隣人のリイ博士から預かったロボットから「おでん」という料理について聞き、「自分も百年ほど前に生活していたら、会社の帰りに食べていたのだろう」と興味を持ちます。
仕事や家事に追われ、食事を摂る時間でさえも少なくなっている現代。それでも十分な栄養を摂りたいという要望もあり、完全食は開発されました。生きるために必要なものだけを追求すれば、今当たり前に食べているおでんも古代の食べ物として失われる日がやってくるのかもしれませんね。
予言7.YouTuber/『宣伝の時代』(1969年)
頭をなでられるとコマーシャルソングを歌う少年、あくびをすれば「疲労回復の栄養剤は強力ドミンが一番か……」と言う中年の男、くしゃみを聞くと「風邪にはルキ錠だったな」とつぶやく青年。人々が自分自身を広告媒体として企業に提供していることが当たり前になった未来を描いた作品、『宣伝の時代』(『だれかさんの悪夢』収録)。
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エレベーター・ガールがエヌ氏に笑いかける。ちょっとした美人で、エヌ氏のほうもまんざらでない感情をいだいている。
「いつもきれいだね」
エヌ氏はそばへ寄ってきてささやきかけ、ほかに乗客のいないのをさいわい、ちょっとキスをした。彼女も強くはこばまず、うっとりした表情。それから言った。
「カペラ・ジュースはキスの味みたいよ」
それは最近よく売れている飲み物の名だ。
「きみはキスの条件反射を、その宣伝媒体に貸してるわけか。驚いたね」
日常的に多くの人の目に触れる場所で、企業の広告塔として商品を宣伝する……、これらはいわば、企業の宣伝を行うYouTuberのようなもの。最初は個人の活動の一端だったはずが、テレビにも出演するほど市民権を得たYouTuberたちは小中学生の憧れの存在にもなっています。
『宣伝の時代』ではあらゆる場所で宣伝があふれかえる風景について「朝からさまざまな商品を聞かされたが、すぐ忘れてなんにも記憶に残っていない。」と皮肉っぽく述べていますが、星新一はそんな宣伝をアピールする職業が憧れとされている事実を知ったら、どのような気持ちになるのでしょうか。
古さを感じさせない、星新一の作品たち。
国家レベルの壮大なものから、日常が少し便利になるシステムまでさまざまな形で未来を描き続けてきた星新一。晩年には「ダイヤルを回す」を「電話をかける」に書き直すといった改訂に取り組んでいたとも言われています。その背景には、「時代が変わっても長く読まれる作品にしたい」気持ちがあったためでしょう。
時代が変わっても新しい気持ちで読まれる作品だったからこそ、現代に生きる私たちが読んでも時代のギャップを感じないのでしょう。みなさんもぜひ、あらためて星新一の作品に触れ、現代に実現されている予言を楽しんでみてはいかがでしょうか。
初出:P+D MAGAZINE(2017/10/21)