東野圭吾『マスカレード・ホテル』他、ホテルが舞台の小説6選

高級ホテルでの連続殺人事件の謎を追う東野圭吾のミステリー『マスカレード・ホテル』が原作の映画がヒット。そもそもホテルは、色々な人々がつかの間滞在し、様々なドラマをくり広げる非日常な場所で、小説の舞台にうってつけです。ホテルが舞台のおすすめ小説6作を紹介します。

 

東野圭吾『マスカレード・ホテル』~ホテルにいる全員を疑ってかかれ、殺人犯はこの中に~

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 都内で起こる謎の連続殺人事件。犯人が残した暗号からわかったのは、次に狙われるのがホテル・コルテシア東京ということのみ。そこで、新田刑事らはホテルマンに扮しての潜入捜査を命じられます。フロント係に「配属」された新田がホテルマンらしく見えるよう、「指導係」に任命されたのは優秀なホテルウーマン山岸尚美。

シャツの第一ボタン、きちんと留めてください。ネクタイを緩ませないように。それから髪型も整えてください。地下一階に理髪店があります。スタッフ仕様の髪型といえばわかります。私は警察の捜査に関しては素人ですが、もし私が犯罪者で、警察の存在に神経質になっているのだとしたら、真っ先にあなたを怪しむでしょう。どこから見ても、あなたはホテルマンには見えないからです。身だしなみが悪い上に傲慢で横柄な態度をとるホテルマンなど、一流ホテルにはいません

 警察の駐在がバレて、犯人がホテルでの犯行を断念すれば、元も子もありません。新田は、事件解決のため不承不承従います。すると今度、山岸は、新田の客を見る目つきが悪いと注文をつけます。そもそも、「お客さまは常に正しい」と客を信じてサービスに徹するホテルマンと、「人を見たら泥棒と思え」と全ての人間に対して疑心暗鬼にならざるを得ない警察の仕事は、相容れないものなのです。2人が立つフロントには、連日、有象無象素性の怪しい「お客様」が次々とチェックインにやって来ます。例えば……。

客① 部屋が煙草臭いと言いがかりをつける中年男。しかし、ベルボーイが最初に案内したときに異臭は何もなく、因縁をつけるため、自分で煙草に火を点けたとしか考えられない。部屋のグレードアップが目的のクレーマーか、それとも……?

客② サングラスと手袋を身に付け、白杖をついた視覚障害を持つ老女。女が流暢なサインをすることや点字が読めないこと、見知らぬ人から不意に声をかけられても驚かないことから、新田は女が目の見えないフリをしているだけではと疑う。けれど、何のために? 

客③ 宿泊後、部屋の備品が何かしら必ず紛失することで、ホテルでは有名人の常連客。今日こそ阻止したい山岸は、翌朝男が部屋を出た後、すぐ清掃係を入れ、何が紛失したのかを確認してもらう間、フロントで男の清算の手続きにわざとまごついて時間稼ぎをするが……。

客④ 「この男が来ても絶対私の居場所を知らせないで」男の写真をフロントに残して部屋に隠れるモデル風美女。男はストーカーか。数時間後、写真と同一人物の男がチェックイン。山岸は気をきかせて、美女に男の部屋番号を伝え、絶対近づくなと指示を出すものの……。

客⑤ 翌日ホテルで結婚式を控えた新婦が前泊に。彼女宛に友人から祝いの小包みがフロントに届く。新田は小包みの包装紙が某デパートのものなのに、送り先の住所がデパートとは違う住所になっていることに不信感を覚え、小包みを新婦に渡すのに待ったをかける。

 

 また、新田は、犯人が必ず客であるとは限らないと、突飛なことを思いつきます。なんと、

誰にも気づかれずに殺人を実行できる場所はやはり客室だ。宿泊客の部屋を突然ノックしても怪しまれず、それどころか、客が寝静まった後、マスターキーを使って勝手に部屋に入ることも可能なのは……

という理由から、従業員を疑いはじめたのです。果たして犯人は客のなかにいるのか、それとも従業員の誰かなのか? 全ての読者を裏切る結末、意表を突いた展開が一体誰に予測できるでしょう。

 

今村夏子『むらさきのスカートの女』~ホテル客室清掃係の裏事情をリアルに描写~

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 2019年上半期の第161回芥川賞受賞作は、ホテルの裏方の仕事・客室清掃係の女性が主人公。
 ある日、むらさきのスカートを履いた女が、有名ホテルの客室清掃係の面接に訪れます。おどおどした言動で、最初は小馬鹿にされていた彼女。しかし、先輩の言うことを何でもよく聞く謙虚さを気に入られ、次第に受け入れられていきます。
 先輩たちは要領よく仕事をサボる技として、清掃中に客室のベッドで昼寝したり、テレビを見たり、備え付けのお菓子やコーヒーを飲食するときは内から鍵をかければいいこと、備品の石けんやレストランで余った食べ物をバレずにくすねる方法などを吹き込みます。中には客の飲み残したシャンパンを自分の水筒に入れて持ち歩くというツワモノまで。生真面目な彼女はそうした裏事情にただ戸惑うばかりでした。
 むらさきのスカートの女が就職してしばらく経った頃、ホテルのマネージャーから次のような通達がありました。

「バスタオル十枚、ハンドタオル十枚、バスマット五枚、カップとソーサー十セット、ワイングラス五つ、シャンパングラス五つ、ティーポット三個。ゲストが持ち帰っているのか、ホテル内で紛失しているのかは定かではありませんが……先月だけで、これだけの量がなくなっているのです。意図的に、何者かが持ち去ったと考えざるを得ません」

 また、それとほぼ同時期に、こんな事件が起きたのです。

とある小学校のバザーに出品された品物が、ホテルの備品ではないか、という通報があったのだ。通報者は匿名だった。すぐに現場のバザー会場に駆け付けたホテル関係者が、確かに、うちのホテルから盗まれたものだと確認した。品物は、バスタオルが十枚と、ハンドタオルが十枚、バスマットが五枚……。先月中に紛失したとされる備品の数とぴったり合っていた。品物を販売していたのは、この小学校に通う子供たちだった。「ぼくたち、店番たのまれただけなんです」と、子供たちは口を揃えて言ったらしい。おこづかいあげるからって、女の人にそう言われて……。

 皆、むらさきのスカートの女を疑います。彼女が、「先輩たちだって石鹸や食品などをこっそり持ち帰っているのでは?」とかろうじて反論するも、先輩たちに、「あんなのは冗談で言っていただけ、真に受けて本当に盗む方がどうかしている」と、手のひらを返されて……。真犯人は誰なのか、読み始めたら息をつく間もなく一気に読ませてしまう不気味なミステリー調の一作です。

今村夏子芥川賞受賞の詳細はこちら

 

門井慶喜『ホテル・コンシェルジュ』~お客様のいかなる無理難題にもノーとは言うな~

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 舞台は老舗ホテル・ポラリス京都。上質なサービスを提供することで玄人筋からウケのいいホテルの、コンシェルジュにスポットを当てたお仕事小説です。

こちらはコンシェルジュデスクでございます。お客様のいろいろなご要望にお応えします。観光名所への行きかたが知りたいとか、レストランを紹介してほしいとか。航空券の予約の変更をなさりたいとか

 しかし、観光などの問い合わせに対応するのはコンシェルジュの仕事のほんの序の口、

世の中にはひとたびホテルに来るや否や、王様にでもなった気になるのだろう、むやみやたらと無理難題をふっかける手合いがあり、従業員たちの心労、反感、および業務の肥大化の大きな原因をなしている

 のです。ただし、どんな“無理難題をふっかける手合い”でも、“お客様にノーと言うことは許されない”のが、コンシェルジュのつらいところ。目下、最上階のエグゼクティブ・スイート(130㎡・1泊¥210,000)に長期滞在するVIPともなれば、それはなおのことです。このVIP客の正体は桜小路(きよ)(なが)、24歳大学生。滞在目的は、大学を2年連続落第し、今年こそは卒業するべく閑静なホテルに缶詰めして勉学に励むというのだから驚きです。むろん彼に支払い能力はなく、お金の出所は、京都市内在住のお金持ちの伯母。典型的な世間知らずのボンボンです。彼の持ち込んだ無理難題、もとい、ご要望はといえば……。「今年も卒業できないかもしれない。どうしたらいいですか」。およそホテル滞在とは無関係なことで泣きついて来たのです。
コンシェルジュとして取るべき対応とは? 学問の神様・北野天満宮を紹介する程度にとどめてお茶を濁すのか、優秀なホテルマンに替え玉で大学に試験に行かせるのか、はたまた今年も留年してもらった方が、ホテルの滞在期間が延長されて経営的にはうれしいのか……? あなたがコンシェルジュなら、どう対処するでしょうか。
 また、ホテル・ポラリス京都は、実在しない架空のホテルですが、京都通なら、どのホテルがモデルとなっているか想像しながら読んでも楽しそうです。

 

柚木麻子『私にふさわしいホテル』~作家御用達ホテルに自ら缶詰め、気分はもはや売れっ子作家⁈ ~

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山口瞳は、ここ山の上ホテルを「小説家のためのホテル」と称したそうだ。神保町古本屋街、大手出版社に近く、八十足らずの客席だから可能な限り行き届いたホスピタリティ、物書きに多い美食家をうならせる天ぷらやステーキの美味しさ、巣ごもり気分になれる丘の上の静謐な空間、そのすべてが小説家に活力を与えるとともに、創作の孤独をそっと包んでくれるのだ。池波正太郎、石坂洋次郎、井上靖、川端康成、高見順、檀一雄、松本清張、三島由紀夫。このホテルを愛した昭和の文豪を挙げればきりがない。

 ある夏の昼下がり、ふんわりしたサマードレス姿のお嬢様がページボーイにかしづかれて山の上ホテルに到着しました。彼女もまたここに缶詰めにされる美人作家かと思いきや、彼女の部屋を訪ねてきた友人の放った一言は、

「よお!今年も自腹で小説家ごっこかよ! イタいぞ。お前の頭の中は、出版社に缶詰めにされている有名作家気分なんだろうけどな」

本作のヒロイン・相田大樹(たいじゅ)は、小説家の卵の女子。文豪にあやかり、山の上ホテルに籠もって執筆すべく、なけなしのバイト代をはたいて身の丈に合わない所に来ています。
相田は、自分の部屋のちょうど上階のスイートルームに、大御所作家・東十条宗典が缶詰しているとの情報を入手。出版社の編集者から、誰か他の作家の原稿が〆切に間に合わなかったら、代わりに君の作品を雑誌に掲載してもいいと言われていたことを思い出した彼女は、東十条に原稿を落とさせようと、あるトンデモ行動に打って出ます。それは次のうちどれでしょう?

① ホテルの従業員になりすまし、シャンパンの差し入れに部屋を訪ねる。東十条は文壇きっての酒好きで知られており、従業員に勧められるまま杯を干しているうちに泥酔。相田はその隙にシャンパンを東十条のパソコンの上にわざとこぼし、原稿データを台無しにするという作戦。

② かの吉行淳之介も通ったホテルの「バーノンノン」でカクテルを片手に、一般客を装って東十条の隣の席に座り、かねてから大ファンだからサインをしてほしいとねだる。文壇きってのプレイボーイである東十条は、色っぽい美女・相田にベットに誘われると抗い切れず、〆切のことなどすっかり忘れて朝を迎えさせるという作戦。

③ 大の三島由紀夫ファンを公言する東十条。相田は、東十条の部屋に内線でいたずら電話。文豪の声マネを得意とする相田は、三島が自決寸前に叫んだ有名な演説「静かにせい! 話をきけっ! 男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんだぞ」のくだりを電話口でがなりたてる。すわ三島の亡霊か空耳か、と気もそぞろにさせ、執筆を妨害するという作戦。

 

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正解は①でした。

果たして、作戦は成功し、相田は東十条の代打で原稿を雑誌に掲載してもらえるのでしょうか? 続きは本作でお楽しみください。

 

スティーヴン・キング『シャイニング』~この世で一番怖いのは、幽霊でも災害でもなく、人間の狂気かも~

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 舞台、米国の≪オーバールック・ホテル≫は、歴代大統領も宿泊する山間の超一流リゾートホテル。唯一の難点は、冬季は最低零下25℃になり、10月~4月の間、雪で閉ざされてホテルを閉館せざるを得ないこと。本作の主人公・ジャックは、その半年間ホテルに住み込み、設備の破損などを凍結から守る「冬季管理人」に志願します。ホテルの支配人は、面接時ジャックにこのように念押しします。

冬季の自然条件のきびしさと、管理人がほぼ五カ月から六カ月、外界と没交渉になるという事実です。完全に外界から孤立してしまう。孤独はそれ自体で破壊的な影響をもたらすことがありうる。家族があるなら、いっしょに住まわせるほうがいい

 支配人は、前任の冬季管理人が日々の孤独を酒でまぎらわせてアル中になり、連れて来た家族に暴力を振るうようになって職務を全うできなかったことから、ジャックにも同じ懸念を抱いているらしいのです。ジャックは、妻と幼い息子を連れ、ホテルに住み込むことを決意します。すると、こんなことを言ってジャックをおどかす従業員も。

ホテルには、きまってスキャンダルがついてまわるのさ。どこの大きなホテルにも、きまって幽霊が出る。なぜかって? だって客の出入りが多いからさ。そのなかには、部屋で頓死するものも出てこようじゃないか。ホテルってのは、迷信ぶかいところなんだ。十三階とか十三号室がないのもそのひとつだし、通り口のドアの裏に鏡をつけないのもそれさ

 けれど、元教師で理性派を自任するジャックは、これらの雑音には耳を貸しません。むしろ、外界から隔絶され、ホテルで静かな時間を過ごせることを存分に生かそうと考えて、

うちでは、女房もぼくもよく本を読みます。書きあげたいと思っている戯曲もあります。冬のあいだに、あの子に字を教えようと考えています。ぼくらは各自の興味の対象に熱中して、たとえテレビが故障しても、おたがい同士いがみあうことはありませんよ

と、請け合います。ところが実際、ジャック一家が任務に就くと、充実した時間を過ごすどころか、エレベーターが勝手に動きだしたり、ホテルにいるはずのない女がウロウロしているのが見えたり、使っていない部屋から不審な音が聞こえるとか、不可解な事件が次々と彼らを襲うのです。これはホテルの霊の仕業か、それとも支配人が警告した通り、孤独という名の狂気が見せる幻影か。次第に壊れゆく人間の心理を緻密な筆致で描いた本作は、読むうちに背筋がゾッと冷えるようなホラー小説の金字塔。近々ホテルに宿泊する予定のある人は読まない方がいいほど、怖いです。

 

桜木紫乃『ホテルローヤル』~場末のラブホテルの訳ありの人々を哀切な筆致で描く~

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 ホテルローヤル。その格調高い名前とは裏腹に、最後に紹介するのは北海道の場末のラブホテルです。

雅代の父、田中大吉がそれまでの家族と仕事を捨てて、身ごもった愛人と始めた商売はラブホテルだった。元の妻とはラブホテルの開業が原因で別れていた。雅代の高校の卒業式の翌日に母親が家をでてから十年が過ぎた。就職試験はすべて落ちたので、結局家業を手伝うことになった。十年間ここで寝起きし、二十九歳の今日まで暮らしてきた。ラブホテルの管理以外の仕事をしたこともない。盆暮れ正月、祭りや花火大会のかき入れ時は、部屋の回転数を上げるために掃除に走る。たとえ食事の最中でも、ベッドメイクと風呂掃除をする。男と女の後始末が、ここに生まれた雅代の仕事だった。今の今まで、セックスしたいと思ったことがなかった。それは客のするものであって自分とは無関係な行為になっていた

とはいえ他人の体液でべっとり汚れたシーツを何百枚、何千枚と洗濯しながら、自分はこの十年ほとんど男っ気がないことに、雅代は滑稽さにも似た悲哀も感じています。ある日、雅代はホテルに出入りするバイブレーターやエロビデオの営業マン、通称「エッチ屋」の宮川と、もののはずみから客室で情事に及んでしまうのです。ラブホの清掃という仕事に虚しさを感じるという雅代を、宮川はこのように励ますのでした。

僕はこの十年、男も女も、体を使って遊ばなきゃいけないときがあると思いながら仕事をしてきました。自分はそのお手伝いをしているんだと言い聞かせながらやってきました。間違ってはいなかったと思います

 しかし、雅代が仕事のやりがい云々などと悠長なことを言っていられない事件が起きるのです。

三月末にひと組の客が心中事件を起こした。一か月ほどは週刊誌や写真雑誌の記者が「三号室」を目当てに訪れたが、あとはぱったりと客足が途絶えた。その後の客は事件を知らない旅行客か、「出る」と噂を聞きつけた心霊マニアのどちらかだ。『心中の現場』というタイトルでインターネットで部屋の様子が流れていると知ったのは、つい最近のことだ

ホテルローヤルはこのまま営業を続けることができるでしょうか? 
ラブホテルの様子をリアルに描けるのは、作者の実家がラブホテルを経営していたからこそ。第149回直木賞受賞作です。

 

おわりに

 高級ホテルからラブホテルまで、さまざまなホテルを紹介しました。小説を読んでモデルとなったホテルに泊まるもよし、実際泊まらなくても、小説を開けばホテルに泊まった疑似体験が出来ること間違いなしです。

初出:P+D MAGAZINE(2019/08/29)

思い出の味 ◈ 平野啓一郎
本の妖精 夫久山徳三郎 Book.62