今月のイチオシ本【ミステリー小説】

『売国のテロル』
穂波 了

売国のテロル

早川書房

 アフリカの小さな漁村から世界各地に広まったとされる、従来の抗生物質や成分ワクチンがまるで効かない新型の炭疽菌災禍。漁村からは都市や農村への渡航、空港を使う者は誰もいなかったのに、なぜパンデミックは起こったのか。

 穂波了『売国のテロル』は、かくも興味を掻き立てる謎が序盤で提示されるが、その答えは早々に明かされる。答えは、宇宙。補給船との衝突で穴が空いたまま軌道上を周回しているISS(国際宇宙ステーション)から炭疽菌が放出され、重力に引かれる形で降り注いでいたのだ。どうしてISSに炭疽菌などという危険なものが。しかもそれは日本モジュールに積み込まれた、ひとの手による合成炭疽菌であることが判明し、日本は世界から国家テロの疑いをかけられ、激しい批難にさらされる。

 物語は、大きくふたりの登場人物を追う形で進行していく。ひとりは元自衛官の宇宙飛行士で、炭疽菌に感染した妻を救おうと奔走する矢代相太。もうひとりは、感染者の遺体回収に特化した特殊小隊を率いる田淵量子二尉。

 彼女を含む複数の自衛官が脱柵(基地や駐屯地から逃げること)し、ある目的のために動き出すことで、本作は始まりこそSF的だが、次第に苛烈さを増していく冒険小説のような戦いが描かれる。さらに物語の後半ではミリタリーアクションの流れのなかに、ふいに本格ミステリ的な展開が組み込まれるなど意表を突かれる面白さもあり、複数のジャンルを巧みに織り合わせた、まさに類のない「恐るべき未来の、新戦争ミステリ!」(帯の惹句より)になっているのだ。

 また終盤で、ある登場人物のあまりにもあっけらかんとした決断を通じて示される〝人はいつから大人になるんだろう〟という問いの答えが、ラストシーンと相まって読後も忘れがたく胸に残る。

 なお本作は、謎の致死性ウイルスを載せたまま制御不能に陥った月探査船が、千葉県船橋市のタワーマンションを直撃して大災害をもたらす『月の落とし子』(早川書房)ともリンクしているので、併読を強くオススメしたい。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2020年11月号掲載〉

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