今月のイチオシ本【歴史・時代小説】
『琉球警察』
伊東 潤
伊東潤『琉球警察』は、警察小説の手法で、戦後史、日米関係などを描いた『横浜1963』の系譜の作品である。
奄美諸島の徳之島出身の東貞吉は、一八歳の時、働きに出た沖縄で警察官に採用された。沖縄では奄美出身者は差別されており、貞吉は警察学校の教官・大城から何度も鉄拳制裁を受ける。そんな貞吉の救いになったのが、奄美出身ながら警視に出世していた泉の存在だった。
名護警察署に配属され米軍の現金輸送車襲撃事件の主犯を逮捕する手柄を立てた貞吉は、アメリカ出身で戦時中は強制収用施設に入った経験もある真野凜子と東京で公安の訓練を受けることになる。
沖縄に戻った貞吉は、刑務所の暴動で脱獄した沖縄人民党の末端の少年・島袋令秀に接近、沖縄の本土復帰と米軍の横暴を訴える人民党の幹部・瀬長亀次郎の情報を得るため令秀をスパイにする。
アメリカに統治された奄美出身で同じ状況にある沖縄に同情的な貞吉が、苦悩をしながら反米活動を取締る展開は、一九五五年に起きた米兵による幼女強姦殺人事件、多くの死傷者を出した一九五九年の宮森小学校ジェット機墜落事故といった実際の事件と共鳴しながら、アメリカが強権的に沖縄を支配し、反米派は謀略を使って排除した沖縄戦後史の〝闇〟を見事に浮かび上がらせていた。
令秀を介して瀬長と話すようになった貞吉は、瀬長が上層部が恐れる共産主義者ではなく、沖縄のことは沖縄県民で決めたいと考えているだけと確信する。瀬長にシンパシーを抱く貞吉が、上の指示で親米派が有利になるよう瀬長の弱点を調べるところは、アメリカ抜きで政策決定をしたいが、基地がなければ地元の経済が回らない沖縄のアンビバレントな状況と重なる。それだけでなく、組織の命令と自分の心にある正義や良心が違った時、どちらを優先すべきかも突き付けているので、組織に属していると貞吉の葛藤が生々しく思えるのではないか。
基地問題や米兵の犯罪などは沖縄と本土に温度差がある。沖縄が直面している諸問題の原点に切り込んだ本書は、この温度差を埋める契機になるはずだ。
(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2021年9月号掲載〉