辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第6回「オリンピックと情報リテラシー」
スポーツ好きな辻堂家では
親子テレビ争奪戦が勃発!?
2021年8月×日
我が家のテレビのチャンネルは、ほとんど常時、NHKのEテレに固定されている。
娘が起きている間、子ども向け以外の番組を見ることはない。娘が生まれる前までは、一日中ひとりで家にいるとしんとしていて寂しいからという理由で昼間のワイドショーをだらだら流していたりもしたのだけれど、今はまったくひとりではなく、また家がしんとしているはずもないので、必要がなくなったのだ。
その結果、この7月下旬から8月上旬にかけて、何が起きたかというと。
娘が怒った。自分専用のものであるはずのテレビを、親が延々と占有してオリンピック観戦を始めたから。
そうか。まったく気づいていなかった。いつの間にか、娘の中で「テレビがついている=私を楽しませてくれる番組が流れている」という、たいへん身勝手な図式が成立してしまっていたのだ。いや、身勝手も何も、これまでの子育て生活を振り返ると娘がテレビの存在意義をそう捉えてしまうのも仕方がない話なのだけれど……実際抵抗に遭ってみると、まあ困った、困った。
ソフトボール、体操、柔道、卓球、スケートボード、バレーボール、陸上。見たい競技はたくさんある。体操やスケートボードのような、分かりやすい動きのある競技なら娘も興味を持ってくれるんじゃないかな〜と期待したものの、例外はひとつもなかった。私がテレビ本体にリモコンを向けると、「いないいないばあっ!」の録画が再生されるのだと思い込んだ娘が、ソファによじ登って正座待機する。しかし画面に映るのはスポーツ。期待を裏切られた娘、怒る。騒ぐ。泣く。私からリモコンを奪い、「今度こそ私の好きなあの番組にしてくれるよね?」とばかりに、再度手渡してこようとする(前回、靴を持ってきて散歩を要求するという非言語的コミュニケーションの話を書いたけれど、最近それがますます進化しているような気が)。
ここで「まったく、しょうがないなぁ」と子ども向け番組に切り替えてあげる優しい親御さんも、きっと世の中にはたくさんいるのだろう。
私はそうしなかった。そもそもテレビは彼女ひとりのものではないのだから、こちらが植えつけてしまった勘違いは、むしろ早いうちに正さなければならない(ごめんよ、娘)。「今はお母さんがソフトボール観るからね〜」「ほら、見て見て! 大車輪ぐるぐる回っててカッコいいね!」「スケートボードで手すりの上を走ってるよ、すごーい」などと声がけしながら、娘の主張をかわしてオリンピック観戦を続行した。夫には「洗脳だ……」とボソッと呟かれたものの、結果的にはまあ成功。次第に娘も諦めるようになり、興味のないスポーツの映像が流れている間はおもちゃや絵本で遊んでいてくれるようになった。それでも機嫌が悪いと受け入れてくれず、開催期間中に何度もぐずられてしまったのだけれど。この期間だけは特別だったということで、どうか許してね……。
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。