今月のイチオシ本 ノンフィクション 東 えりか
主人公の名は朴亜弓(仮名)。昭和末期から平成の初期に裏の社会でこの名前を知らなかったらモグリだ、と言われた最悪の女ギャングだ。今は夫となったヤクザの組長までもリスペクトしていたほどなのだ。
著者の廣末登は社会学者で、博士論文執筆のため大阪のヤクザを調査する過程で多くの知己ができた。その後も義理を欠かさず付き合っているうちに「姐さん」と呼ばれる人たちの壮絶な人生を知る。
そのひとりに亜弓がいた。川崎市生まれの在日三世。父親は大阪の生野で名の知られた組織に属していたヤクザだ。大阪に戻った中学生くらいから不良の従姉の影響でだんだんワルになっていく。
非行の坂道を転がり落ちるように、万引き、タバコ、シンナーに手を染め、仲間と一緒に喧嘩に明け暮れる。高校一年で女性教師にけがをさせ即刻「退学」。水商売をするうちに覚せい剤(シャブ)に嵌り男と一緒に逃避行というお決まりのコースを経て成人を迎える。
プロの殺し屋の彼女になったあたりから、大物の風格が出始める。車の窃盗団に属する彼氏から、そのノウハウを得て名人級の技術を磨き、自らが首領となった車窃盗団は、被害総額は1億円以上という荒稼ぎをした。
さすがに悪事は続かず逮捕されたが、出所後は当時に付き合っていた男と、シャブでハイになったまま交通事故にあい恥骨を骨折。女でも股間を押さえて痛がることがあるのを初めて知った。
三度目の出所後、茂雄という元ヤクザと恋仲になったことで亜弓の人生は一変する。彼の妻となり子を儲けシャブから足を洗ったのだ。
ワルの限りを尽くしても、亜弓は男のせいにしていない。彼女は自ら悪の道を選び、その技術向上に邁進した。もちろん道義上どうかと思うが、潔くもあり痛快な人生だと思う。
茂雄がヤクザに返り咲いたことで亜弓は、子分たちの人生に責任を負う極道の妻となり、真っ当に生きようとしている。人生はまだ先がある。10年後、ふたたびインタビューをしてほしいと思う。