今月のイチオシ本 【エンタメ小説】 吉田伸子
読んでいる途中、思わずぶほっと吹き出してしまった。中高一貫の私立中学校に通う主人公・基哉が自慰の後で携帯ゲーム機を取り出して、ゲーム内で捕獲し、仲間にした大切なモンスターの、「特に苦労したうちの一匹」を「にがす」場面だ。何故、基哉がそんなことをしたかというと、同じクラスで密かに想いを寄せている女子を夢想して自慰を行ったからだ。「こんなことをしても彼女を汚した罪は消えない。だが、なにかで償わなければ、咲の顔もまともに見られなくなる。自分のような人間が差し出せるものといえば、これしかなかった」
基哉の身になってみれば、モンスターを「にがす」行為は切実で、笑ってはいけないのだけど、でも、これ、大人が読むと馬鹿可愛くて、可笑しいのだ。自慰という行為と、モンスターを「にがす」、その行為の落差が。
クラス内カーストの底辺にいる基哉にとって、カースト最上位の女子を"おかず"にすることは、ある種の禁忌で、だけど、それを禁忌に感じる健やかさ、優しい心根も伝わって来るのがいい。この辺りの奥田さんの描き方、巧いなぁ。
物語は、この基哉がある出来事をきっかけにして、クラス内カーストの上位グループに入るのだが、そのきっかけは、瓢箪から駒、みたいなエピソード。だが、これが中学生男子にとっては「ジョーカー」のように効いてくるのである。件の憧れの女子もいるそのグループで、基哉はどうやって自分の居場所を見つけていくのか……。
思春期の真っ只中にいる男子、女子の「性」について描かれた青春小説はこれまでにもあったが、ズバリ「性欲」にフォーカスしたものは、本書が初めてでは。そこにクラス内カーストや、容姿──基哉の兄は、その不器量さ故、高校時代に心に傷を負っており、基哉自身もまたイケメンには遠い──、恋までも絡めていて、物語全体が切なく、甘酸っぱい。
自意識という怪物に「性」が加わると、大概は重たい物語になりがちなのだが、本書はその陥穽を軽やかにすり抜けている。そこがいい。ラストの余韻も◎。