今月のイチオシ本【ノンフィクション】

『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』
内田洋子
方丈社

 読書離れはイタリアでも同じらしい。イタリア在住のジャーナリスト、内田洋子の新刊にはこう書かれている。

 ──二〇一六年の一年間、六歳以上のイタリア人で〈紙の本を一冊も読まなかった〉のは、三三〇〇万人。国民全体の五七・六%に相当する──

 内田が住むヴェネツィアにある古書店はとても居心地が良い。そこの店主にある日、修業先を尋ねると、代々、本の行商人だったと答えが返ってきた。根を辿ると、トスカーナ州のモンテレッジォという山村に原点があるという。何世紀にもわたり本の行商で生計を立てていた村で、今でも夏には「本祭り」が開かれると聞けば行かずにはおられない。

 ところがこのモンテレッジォ村はとても辺鄙な場所にあった。イタリア半島の北部から南部を縦貫するアペニン山脈の北アペニンのほぼ真ん中に位置し元々貧しい土地柄だった。男手を必要とする農地へ出稼ぎに出ていたが、景気が悪くなるとその仕事もなくなった。売り物は男たちの腕力だけ。彼らは重い本を担いで、全国に散ったのだという。

 村のホームページを頼りに事務局に連絡を取ると今、村には人がいないという。わずかな住民は山から下りて他所で生活しており、案内するのは土日に限られる。ミラノから案内をしてくれるという誘いを受けることにした。

 迎えに来た四十代前半の男性に連れられ、ミラノから二時間以上かけて着いた山の上が本の露店商人発祥の村だ。

 イタリアには有名な「露店商賞」という文学賞がある。文芸評論家も作家も出版人も関わらない、本屋だけで選出する賞で、一九五三年の第一回受賞者はなんとヘミングウェイ。グローバルだ。

 なぜこの場所から本の露店商が生まれたのか。なぜ今でも古本屋を継ぐ者が多いのか、それはナポレオンと関係しているのだが、この謎はぜひこの本を読んで解明してほしい。

「詩はパンを与えない」という諺を本の行商人たちは覆し、こう言ったという。

「本があるから生きてこられた」本を愛する人は世界どこでも変わらない。

〈「STORY BOX」2018年6月号掲載〉

(文/東 えりか)
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