今月のイチオシ本【デビュー小説】
黒澤いづみ『人間に向いてない』は、第57回メフィスト賞受賞作。この賞には珍しく、ヒューマニズム(人間性)の問題に正面から挑む家族小説だが、設定の尖り具合はやはりメフィスト賞らしい。
舞台となるもうひとつの日本では、数年前から、「異形性変異症候群」と名づけられた奇病が流行。発症すると、患者は一夜のうちに人間ならぬグロテスクな姿に変わり(何に変身するかは人それぞれ)、治療も意思疎通も不可能。罹患するのは10代~20代の若者、それもなぜか、ひきこもりやニートなど、社会的弱者(厄介者)とされる層に集中している。そのためか、患者は発症した時点で法的に死亡したと見なされて一切の人権を失い、家族は死亡届を出す義務を負う。
この前提のもと、主役をつとめるのは、50代半ばの主婦・美晴。ひとり息子の優一は、高校時代からひきこもって、22歳のいまも自室から出てこない。その優一が、ある日突然、不気味な虫の姿に変身する。触角と複眼がついた大きな頭、二対の脚が生えた胸部、芋虫に似た腹部には百足のようなたくさんの短い脚……。
期待を裏切った息子にもともと失望していた夫は、さっさと死亡届を出して帰宅すると、邪魔な"虫"の処分を妻に迫る。「優一という人間は今日死んだ。死亡届も受理された。(中略)だから不安の芽はすぐに摘んで、子どものいない夫婦として人生設計を新しく考え直したほうがよっぽど建設的だと思わないか?」
そう簡単に割り切れない美晴は、やがて、『みずたまの会』という変異者家族の会が地元にあることを知り、入会する。そこには、さまざまな異形を家族に持つ人々が集まっていた……。
会員との交流を通じて赤裸々に語られる、それぞれの家族の事情と個人のエゴ。『変身』のグレゴール・ザムザは、セールスマンの仕事で両親と妹を養っていたのに、虫に変身したことで家族から疎外され、孤独に死んでいく。一方、ひきこもりの厄介者だった優一の母親は、変身後も息子を見捨てられない。いったい何が正解なのか? 読者に切実な問いを突きつける、パワフルで新しい家族小説だ。