多くの人を夢中にさせる「アイドル」を描いた小説セレクション

多方面にわたって躍進を続け、人々を熱狂させる「アイドル」という存在。小説を執筆するアイドルにも注目が集まっています。今回は、アイドルを描いた小説を5作品紹介します。

間近で見ることができる地下アイドル、楽器を演奏できるアイドルバンド、アクロバットをするパフォーマンスアイドルなど、グループごとにバラエティー豊かな特徴を持っている、「アイドル」たち。
2019年3月には女性アイドルグループ・乃木坂46の高山一実が、自身の経験を活かした小説『トラペジウム』を執筆して作家デビューし、男性アイドルグループ・NEWSの加藤シゲアキも2012年から小説を執筆していて、文学界でも話題を呼んでいます。今回は、多方面にわたって躍進を続け、人々を熱狂させる「アイドル」という存在について、アイドルを描いた小説から学んでいきます。

これってどういう意味? アイドル用語解説

アイドル好きな人は専門用語を使うことも多々あります。例えば新しくファンになった人は「新規」、昔からファンの人は「古参」など。これらはわかりやすいですが、「解析班」「キンブレ」など、どういう意味なのかわからない用語もあります。
小説の紹介に入る前に、まずはアイドル用語について説明します。

・「推し」-好きなアイドルのこと。「〇〇を推している」を略して「〇〇推し」と言う。単推しは一人を推していることで、箱推しはグループ全体を推していること。「推しメン」という使い方もされる。
・「解析班」-メディアに公開された情報(部屋の写真や制服など)をもとに学校や自宅、使用アイテムのブランドなど様々なものを解析する。
・「キンブレ」-ライブでよく見かける光る棒、電池式ペンライト・キングブレード(KING BLADE)の略称。使い捨てではないため長く使える。
・「サイリウム」-ライブでよく見かける光る棒で、ケミカルライトとも呼ばれる使い捨てのペンライト。過酸化水素とシュウ酸ジフェニルが混ざりあうことで発生する化学反応の光が、ライブに一体感を生み出すことも多い。
・「塩対応」-冷たい対応をすること。反対にファンサービスが充実していることを「神対応」と言う。
・「全通(ぜんつう)-推しているアイドルグループのツアーに全て参加すること。
・「卒業」-何らかの事情でアイドルがグループを脱退すること。
・「地下アイドル」-メディア露出よりもライブやイベントを中心に活動するアイドルのこと。「インディーズアイドル」や「ライブアイドル」とも呼ばれる。
・「ドルヲタ」-アイドルオタクの略称。「オタク」の表記は基本的に「ヲタク」。
・「リリイベ」-リリースイベントの略称。

 

アイドルと直接コミュニケーションがとれる時代-『放課後あいどる 僕と生徒会長の××』鴨志田一

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【あらすじ】「氷の女王」と呼ばれる生徒会長・石垣真帆は、実はライブ&バー・秋葉原ディアステージで活動するアイドルユニット「コスモス」のセンターだった。ひょんなことから秋葉原ディアステージで働くことになり、真帆の秘密を知ってしまったクラスメイトの成田佑介。佑介はライブステージで活動するアイドルについて知っていく。実在するライブ&バーを舞台に贈る、新時代アイドルストーリー。

物語の舞台となっている秋葉原ディアステージ(通称:ディアステ)は、アイドルやアニソンアーティストが給仕をするライブ&バーで、実在しているお店です。佑介は友人の佐渡隆に連れられ、隆が一目惚れしたアイドルの「ほーちゃん」が働いているディアステの面接に一緒に行きますが、佑介だけが採用されてしまいます。
ディアステでは毎日ライブの時間があり、そこに出演しているアイドルユニット「コスモス」のセンターを務めるほーちゃんこと真帆、実は彼女は佑介の学校で「氷の女王」と呼ばれている生徒会長だったのです。真帆の秘密を知った佑介は、少しずつ彼女との距離を縮めていきます。

物語の中では、ディアステの向かいには同じようにライブイベントを開催しているP@I(プロジェクトアイ)という店舗があります。P@Iには秋葉原どころか全国的に人気があるアイドルユニット「カラフルキス」が在籍しています。P@Iの社長はアイドルの引き抜きや店舗潰しで有名で、次のターゲットにディアステが選ばれてしまいました。「カラフルキス」とライブを行い、動員数を競うことになった「コスモス」。

「だいたい、自信がないなら、最初からステージになんて上がってるわけないだろ。そんなこともわかってないのかよ」

「自分が一番……今は違うかもしれないけど、いつかそうなるって思ってるやつしか、ここにはいないんだよ」

そう言い切った「コスモス」のメンバーの1人・つばさに感化され、立ち上がった「コスモス」のメンバーたち。彼女たちは勝負に勝つことができるのでしょうか。
実在するお店が舞台なだけあって、お店やイベントの仕組みがわかりやすく、足を運んでみたくなります。アイドルとしての誇りや努力を垣間見ながら、秋葉原のアイドル事情に触れられるラブコメディーです。
 

アイドルは芸能界にとらわれた囚人-『少年ハリウッド-赤 緑 ピンク-』橋口いくよ

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【あらすじ】「『アイドル募集』あなたもトップアイドルになってみませんか?」怪しい貼り紙の前で立ち止まったところを、貼り紙をした事務所の勅使河原に連れ去られ、アイドルユニット「少年ハリウッド」のリーダーに選ばれた少年・ラン。続々と増えていくアイドルユニットのメンバーたちは、個性に溢れていてトラブル続き。悩みながらもトップアイドルを目指していく彼らが最初のステージに立つまでの物語。

友人の勇人との待ち合わせ中に面白い貼り紙を見つけ、そんな簡単にアイドルになれるものかと眺めていた少年に、ノエルジャパン・エージェンシーの社員・勅使河原が声をかけます。半ば無理矢理、劇場「ハリウッド東京」に連れて行かれ、あれよあれよとステージに上げられた結果、不本意ながらもアイドルユニット「少年ハリウッド」のリーダーオーディションに合格してしまいます。
そして本名を名乗る間もなく「風原乱(かざはららん)」という芸名をつけられ、さらには勢いで友人の勇人もメンバーとなってしまいます。

「ステージは聖域。誰にでも上がれる場所じゃない。この聖域の中で、歌い、踊ることができる人間は限られている。君と、そして君の友達はそれができる選ばれた人間なんです」

ノエルジャパン・エージェンシーの“シャチョウ”はランと勇人にそう伝え、彼らは自らの意思でアイドルを目指し始めます。リーダーの芸名はあらかじめ決まっていましたが、他のメンバーは何も決まっていません。ラン以外のメンバーは仮名として、「フレッシュなアイドル」という意味も込めて、フルーツの名前をつけられます。そして勇人は「ドリアン」と名乗ることになります。

「アイドルなんて、芸能界にとらわれた囚人みたいなものですよ。人生の大切な時間、そう、人が一番輝く時期の、輝く場所を誰かにひたすら捧げて、時として、自分の感情なんてないものとして扱われるんですから。そしてその中ですら、自分の楽しみを見つけなければ息苦しくて死んでしまいそうになる。それがアイドル」

「枠があるほど火が灯り、そこから光が放たれる」とアイドルを表現した“シャチョウ”。練習や制限が多く、大変な活動をすることと引き換えに、多くの人を惹きつける魅力を身に付けているのかもしれません。喧嘩をしたり思い悩んだりしながら、少年たちが切磋琢磨する様が切り取られていて、青春の爽やかな風を感じることができます。
 

アイドルは夢の奴隷である-『神様男』桐野夏生

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【あらすじ】長女の友梨奈は「Maybe★Doll」というアイドルグループで活動している。長い低迷期が続いたが、とうとう人気イベント「アイドル・エクスプロージョン」への出演が決定。母の多佳子は次女の瑠実奈と一緒に友梨奈を応援しに行き、アイドルファンの熱意に触れることになる。

本作は短編集『奴隷小説』の3話目で、地下アイドルとして活動する娘を持つ母の物語です。
多佳子は娘2人が小学生の時に離婚し、ゴルフ場の食堂で働きながらギリギリの生活をしていました。そんな中で友梨奈は隠れてアイドルオーディションを受け続け、マイナーな芸能プロダクションに受かると高校を中退し、すぐに上京してしまいます。
度重なるレッスン料に頭を抱えながらも、親として娘が選んだ道を応援し続ける多佳子。しかしダンスが得意で容姿に優れた妹の瑠実奈は、なかなか芽が出ない友梨奈のことを蔑みます。「自分だってアイドルになりたいのに姉のせいで家のお金がなくなった」、「もう今更売れるわけがない」と。
そんな中で前売り券が売り切れるほどのイベントに初めて出演することになった友梨奈を見届けるため、多佳子と瑠実奈は東京へ行きます。そこで、多佳子はこのイベントのメインとも言えるアイドルグループ「東京女子会」の熱狂的なファンに話しかけられ、友梨奈の母であることを伝えます。

「ああ、ゆりなちゃんか。はいはい、いい子なんだけどね」

「ほら、もうじき十九でしょう。ヘンな大人の色気が出てきてるよね。それ、俺たちが一番苦手なヤツなんだよな」

「それからちょっと声低いでしょ。もっとオクターブ上げて喋った方がいいすよ。その方が可愛いし、元気っぽいから」

純粋に応援だけをしているファンだけでなく、アイドルの在り方についてアドバイスをしたがるファンも少なくありません。ファンを大切にするようプロダクションから言われていると友梨奈から聞いていたため、多佳子は無下にしたい気持ちを抑えました。

「Maybe★Doll」はMCで自分のキャッチフレーズを言うのですが、友梨奈は「お客様は神様です」と言って場をしらけさせてしまいます。落ち込んだ様子でライブが終わり、物販ブースに行くと、先ほど母の多佳子に話しかけた男性が友梨奈と話していました。すると友梨奈が突然泣き始めたので多佳子が駆け寄ると、多佳子が来ていたことに驚きながらも涙の理由を話し始めます。

「ううん、励まされたの。あの『お客様は神様です』って発言とてもよかったよって褒めてもらった。そんでね、きみたちは夢の奴隷なんだから、僕たち神様が解放してあげるんだよって。それを聞いたら、泣けてきちゃって」

アイドルを目指している娘を持つ親が、どんな気持ちで娘を見守っているのかを考えさせられます。地下アイドルが行うライブは、ファンからすると全てを忘れて色鮮やかな夢を見られる場所です。しかしその背景にはお金や時間を使い、汗水流してファンサービスをしながら、売れたいと渇望する現実もあるのです。近年の「アイドル戦国時代」というテーマを、桐野夏生が独自の視点で鋭く描き上げた物語です。
 

女性アイドルは日常に現れた異物-『武道館』朝井リョウ

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【あらすじ】女性アイドルユニット「NEXT YOU」は、武道館ライブを目指して精力的に活動している。しかし活動する中で炎上や恋愛問題など、多くの事件が発生してしまう。思春期でどんどん変わっていく彼女たちは様々なことで思い悩みながら、自分たちのこれからについて考え始める。「時代を象徴するアイドルとは?」その本質に迫るリアルストーリー。

アイドルグループ「NEXT YOU」のオーディションに合格した愛子。結成1周年を迎えたある日、ダブルセンターを務めている杏佳が卒業し、5人で武道館を目指すことになります。グラビア撮影や独自の販売商法を行って知名度を上げていきますが、メンバーの真由が結成当時より太ったこと、波奈が違法サイトでアニメを見ていたことなどを理由に、様々な人に叩かれてしまいます。

匿名での悪口、盗撮、執拗なまでの過去の詮索、きっとこれまではこちらから怒ってもよかったであろうことが、日に日にそうではなくなっている。煽り耐性、スルースキル、それらの言葉は自分たちが小さなころにはこの世になかったのに、本当についさっき生まれたような新しい言葉なのに、その習性をあらかじめ持ち合わせていることを当然のように求められる。

愛子は自分がどんなアイドルが好きなのか、どんなアイドルを目指しているのかわからなくなってしまいます。そんな時に幼馴染みの大地に相談し、支えてもらうことでアイドルなのに恋をしている自分に気づくのです。

「私はね、両立しない欲望を叶えてしまうっていう点で、女性アイドルは、日常に現れた異物なんだと思ってる」

ダンスレッスンの先生は「NEXT YOU」のメンバーたちにそう語りました。可愛くしなきゃいけないのに恋愛禁止、歌やダンスは下手でも上手くても叩かれる。両立しているアイドルはすごいと、葛藤するメンバーに拍手を贈ります。ライブやレッスン、炎上問題を経て、メンバー全員が自分の大切にしたいことは何なのかを見つけていく中で、あるメンバーが週刊誌にスクープされてしまいます。

「正しい選択なんてこの世にない。たぶん、正しかった選択、しか、ないんだよ」

「何かを選んで選んで選び続けて、それを一個ずつ、正しかった選択にしていくしかないんだよ」

「NEXT YOU」のセンターを務める碧は、自分自身にも言い聞かせるように、多くのことで悩んでいる愛子にそう伝えました。彼女たちの目標は叶えられるのか、最後まで目が離せません。

アイドルの中でも有名な古参ファンがいることや推しのメンバーと握手するために当日会場では握手券の交換がされていること、さらには近年話題になったアイドルのニュースなども描かれています。時代の先頭を走り続け、人々に感動を与えるアイドルたちの生々しい本音と葛藤を覗き見ることができます。アイドルグループが流行っている時代だからこそ描けるテーマに切り込んだ、アイドルについて考えさせられる一冊です。
 

地下に降りてきた時には辛い現実を忘れて、非日常的な夢を見ることができる-『地下にうごめく星』渡辺優

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【あらすじ】会社の後輩に連れられ初めて地下アイドルのライブを見た夏美。人に夢中になることがなかった夏美は、すべてを捧げられるほど夢中になれる地下アイドルに出会い、彼女をプロデュースしたいと考える。将来への不安、主役になれない自分へのコンプレックスなど、様々な気持ちを抱えながら、地下アイドルという存在に手を伸ばす5人の人物が繋がっていく連作短編集。

結婚の予定もなく、これ以上の昇進も見込めないと思うけれど、自分1人で楽しく生きていけると考えている夏美は、会社でドルオタを公言する前原に付き合い、地下アイドル「インソムニア」のライブに行くことになります。初めてのライブでアイドルの魅力にのめり込み、運命とも言えるであろう出会いをします。

恋とはするものではなく、抵抗もままならず、真っ逆さまに落ちるものだと聞いたことがある。その点でいうなら、これは恋だ。湧き上がる多幸感に身をゆだね、この空間、この時間に、彼女にすべてを捧げたい。

夏美は「インソムニア」のカエデを自分の手で輝かせたいと考え、人生を懸けてアイドルプロデュースをしたいと申し出ます。本当は宝塚歌劇団に入りたかったカエデは、地下アイドルの世界から抜け出せないことに悩んでいましたが、今回が最後と思い、夏美の申し出を受け入れます。そこからアイドルグループのメンバー探しが始まり、地下アイドルを愛する人物たちが夏美の周りに集まります。

カエデ視点で綴られた物語以降は、夏美がプロデュースするアイドルグループのオーディションに合格したメンバーの物語が続きます。5話目『アイドル』は、東京の人気アイドルグループ「ガールズフレア」に加入するも、自分に自信が持てないアイリがグループをクビになり、夏美の元へ足を運ぶまでの物語です。ずっと空気を読み続けて努力してきたアイリは「これからのガールズフレアに君は必要ない」と遠回しに言われてしまい、頑張ってきたことへの意味を見失いそうになります。
アイリの熱狂的なファンだった小宮山という男性は、このままアイドルの世界からいなくなってしまいそうなアイリにこのようなメッセージを送りました。

あなたの歌声に合わせて振ることができる、この腕があることが嬉しく思えました。あなたの名前を呼ぶことができる、この喉が好きになれました。使ったお金が皆さんの活動資金になると思うと、自分に最低限の労働能力があることが奇跡のように貴く思えました。あなたがステージに上がる一瞬に、自分が生きていることに心から感謝することができました。

アイリはその言葉を受け、またステージに立って小宮山に自分の姿を見せたいと考えます。

アイドルとは、この荒れ果てた人の世界にもたらされた、神の慈悲的ななにかだと思うのです。

地下アイドルの現場に来た時は現実を忘れられると、そのために生活を頑張れるというファンも多く、その期待に応えるべく日々レッスンを重ねるアイドルたち。お互いがいないと成り立たない関係なのだということを認識できます。
もしも追いかけているアイドルや芸能人がいる方は、共感してしまう言葉も多いでしょう。軽快なタッチで描かれている連作短編集です。

おわりに

ユーザーとしては、無料で数多くの動画を見たり音楽を聴いたりできるようになり、便利な時代となった反面、アイドルたち本人は個性を出さなければアイドル業界で生き残ることは難しくなりました。多くの人に夢を与えようと懸命に努力し、もがき続けるアイドル。そんなアイドルという存在の虜になるファン、それを支えるスタッフたち。そのすべてが絶妙なバランスを保っているからこそ、心躍るパフォーマンスを見ることができるということがわかります。
アイドル小説には、業界の秘密がたっぷりと詰まっています。アイドルが好きな方はもちろん、裏方の苦労や芸能界の背景を知りたい方にもおすすめできるテーマの小説です。

初出:P+D MAGAZINE(2019/06/18)

今月のイチオシ本【警察小説】
出口治明の「死ぬまで勉強」 第15回 ゲスト:加藤積一(ふじようちえん園長) 「人を育てる覚悟」(後編)