没後30年を経てもなお色褪せない開高健の作品世界

時代を牽引するコピーライターの草分けであり、釣りやグルメなどに造詣の深い趣味人であった開高健。小説家としての開高は決して多作ではありませんでしたが、その作品は今もなお輝きを失っていません。開高作品のなかから、今読んでこそ楽しめる作品を5つ紹介します。

開高健とは

壽屋(現サントリー)の花形コピーライターとして洋酒文化を日本に根付かせ、釣り、旅、美食に対しても造詣が深かった開高健。それゆえに活躍分野は非常に多岐にわたっていましたが、小説家として開高が遺した作品は、そのキャリアを考えると決して多くありません。死ぬまでつきまとった躁鬱症気質のせいか、自分の名前をもじって自虐的に「書いた、書けん」と言っていたほど、机の前に座っても何も書けない時間が長かったからです。その傾向は、ベトナム戦争に記者として従軍し、熾烈な最前線に身を置いてからより顕著なものになっていきました。
 しかし遺された作品は、徹底した言葉選びへのこだわりや、男心をくすぐる普遍的なダンディズムもさることながら、その作品の登場人物たちがいかに絶望すれすれの状況にあっても(そしてその登場人物たちはほとんどの作品で開高自身に重なるのですが)冷静な観察眼を失わず、時代を経ても古びない躍動感を感じさせるものばかりです。没後30年を経ても新しいファンを獲得している理由は、人間が人間としてあるがために持たなければならない矜持のようなものを、それらの作品が示しているからだと思います。
 とりわけ今読むべき開高作品を5つ挙げてみましょう。

文章の端々に若き日の才気がほとばしる『流亡記』(1959年)

 
 中国に初めて生まれた皇帝、秦の始皇帝の時代。田舎で平和に暮らしていた主人公の町に、ある日兵隊がやって来て主人公は理不尽に徴兵されてしまいます。そしてそれまで類を見なかった巨大な長城建設に駆り出されるのです。圧倒的な皇帝の力と、それを維持するシステマティックな権力構造の下で重労働に立ち向かう羽目になった主人公の、飢えと疲労に苛まされる日々が描かれます。
 

これらのことから推しても私たちの結論はたったひとつしか出てこないのだ。万里の長城は完全な徒労である。それはあきらかに私の故郷の町の城壁と同じように防禦物としての機能を完全に欠いている。風にむかって塀をたてて風が消えたと信じたがっているのだ。

 社会の最底辺で送る絶望的な日々をルポルタージュする主人公の目は、非常に淡々として研ぎ澄まされています。そしてこの長城建設が全く無意味だということを、主人公は冷徹に見抜いているのです。開高はカフカの断片的なメモをモチーフにこの作品を書いたと言われていますが、バーバリックな題材を洗練された文体で書き切った若き日の才気が全体にほとばしっており、晩年になっても自信作として挙げていた優れた短篇です。

2_芥川賞
■開高 健 電子全集2 純文学初期傑作集/芥川賞 1958~1960『流亡記』
遠心力で書く文学を指向しつづけた開高。芥川賞受賞前後に発表された文芸作品に加え、同時期に新聞や雑誌などに書いたエッセイ多数を網羅。付録として芥川賞選考委員たちの選評、芥川賞受賞当時の写真なども収録。

混乱期をたくましく生きる庶民の群像『ロビンソンの末裔』(1960年)

 北海道の荒野に開拓民として送り込まれながら、終戦間際のどさくさで行政から受けられるはずの支援がほとんど受けられず、棄民のように打ち捨てられた人々を描いた群像劇です。東京からやって来た主人公一家は、くじ引きで割り当てられた土地に入植するのですが、そこは耕そうにも肥料を入れようにもおよそ改善の余地がない荒れ地で、この土地を相手に苦労が始まります。熊笹を刈り、岩を取り除き、水路を掘り、豪雪に晒されながら、圧倒的な大自然になんとか立ち向かっていきます。
 

夜のおそろしさというものを北海道のここに来て、やっと知ることができました。黄昏がたまらなく心細いのです。朝から午後いっぱいは夢中になって熊笹の根やら石などを相手に汗を流しているのですが、そのうち午後おそくなってくると、手を土につっこんだとたんに土が冷えはじめる瞬間があり、爪のあいだにまざまざそれがわかるのです。

 どんな過酷な状況でも人は食わねばならず、食うためにはさまざまな権謀術数を繰り広げなければなりません。登場人物たちは皆ギラギラしたバイタリティに溢れつつ、自虐的なユーモアも忘れませんが、なかには当然ながら死んでしまう者、夜逃げしてしまう者もあります。しかし、登場人物たちを苦しめ翻弄しているのは、本当は大自然ではなく同じ人間であることも描写されており、それがこの物語の悲喜を一層高めているのです。

混乱期のナイーブな青春を描いた『青い月曜日』(1965年)

 開高の少年期から青年期にかけての体験に基づいた自伝的小説です。大戦末期に旧制中学に通っていた開高にとって、学校はほとんど休校状態でした。勤労奉仕と怪しげなアルバイト(ほとんど薬効のなさそうな漢方薬作りや、少年少女が海外のペンフレンドに宛てた手紙の翻訳屋など)に翻弄される若き日の開高に、常につきまとっていたのは空腹と鬱。そしてそれを打ち消すかのための猛烈な読書でした。
 

酒精の匂いをむんむんたてる大人たちのあいだへこっそり私は体をすべりこませた。中学生のくせして、といわれないよう、パン屋の仕事着の焦げ痕や油の汚点やメリケン粉にまみれたジャンパーを着ておいた。あれほど筋肉や、狡智や放埓さや、さかんな精気で私をおびえさせる大人たちが何でもなかった。

 将来に対する漠然とした不安にかられながらも、やがては大して好みでもない女につかまり、開高は子まで成してしまいます。そんななかで大人たちに舐められないように背伸びする若き日の開高は痛ましく可憐ですらあります。飢えのなかで得た食物や酒、青臭いことこの上ない性体験など、ディテールまで匂い立つような内容ですが、これらはほぼ実話に基づいたもので、どん底の生活を描きながら不思議な活力を感じさせます。この時代のモチーフは、後にも開高自身の口で再三語られていますが、作家·開高健の骨組みを作り上げた重要な時代といえるでしょう。

6_新人作家時代
■開高 健 電子全集6 純文学初期傑作集/新人作家時代 1960~1969『ロビンソンの末裔』『青い月曜日』

終戦直後、荒野に呻く北海道開拓団の人間模様を痛烈な風刺と巧みなユーモアで描いた問題作『ロビンソンの末裔』(1960年刊)ほか、1960年代に発表された意欲作全18タイトルを収録。

戦場を冷静な視点で見つめた最高傑作『輝ける闇』(1968年)

 ジャーナリストとしてベトナム戦争への従軍体験を描いた『闇』三部作の中核を成す作品です。前述の『青い月曜日』の連載を中断して、開高は1964~65年にかけてベトナムに駐留する米軍に、新聞社の臨時特派員として随行します。そして米兵と日常生活を共にしながら、この凄惨な戦争はなんで起こっているのかを考え続けます。その果てに南ベトナムの最前線にまで赴き、ベトコンの襲撃にあって九死に一生を得る体験をしたのです(実際に200人の部隊で生き残ったのは開高を含めて17人しかいなかったそうです)。

「あなたは才能のある人のようだ。私は日報しか書いたことがないけれど、小説を書くのはむつかしいものなんでしょうね。日本へ帰ったらこの国を舞台に小説を書くんでしょう?」
「いや、まだきめていません。小説を書くためにきたのじゃないんです」
「われわれのことも書くんでしょうな」
「もし書くとすれば匂いですね。いろいろな物のまわりにある匂いを書きたい。匂いのなかに本質があるんですから」

 身近に接した米兵たちはほとんどが善人です。生と死が究極までシームレスになった状況下、昨日まで会話していたその善人たちが目の前で撃ち殺される残酷な戦闘場面に出会っても、開高の観察眼はやはり冷徹です。ジャングルの熱波と土の香気、米兵たちの体臭、兵舎で舐めるウイスキー。やはりここでもむせかえるような濃厚な匂いが全体を貫いています。そしてこの作品以降の開高の作品は、それまでの大阪人らしい明るいバイタリティをやや減退させ、自己の内面に徹底して向き合った内容が主体となります。そして文体はより研ぎ澄まされたものに深化していきました。

1_闇三部作

開高 健 電子全集1 漂えど沈まず―闇三部作『輝ける闇』

戦時下のベトナムで、開高健は多くの死を目にし、心に無数の傷を負う。九死に一生を得て帰国してから3年後の’68年、このときの体験をもとに書き下ろした『輝ける闇』(毎日出版文化賞受賞)を発表。『輝ける闇』『夏の闇』『花終る闇』からなる闇三部作を総称して、開高健は《漂えど沈まず》と冠するつもりだった……。

グルメ小説の嚆矢か?『新しい天体』(1972年)

 戦中戦後の熾烈な食料不足を体験した開高にとって、食というのは一貫して大きなテーマとなりました。これは政府の「景気調査官」として潤沢な資金を与えられ、食を通じて景気をレポートする任務を負った役人の話です。ストーリー的にはほとんどあり得ない、ひたすら美食の快楽を追った異色のグルメ小説なのですが、費用をまったく気にせずに日本全国のさまざまな美味·珍味を食べまくる主人公の食レポは、後のグルメブームを予見したものかもしれません。
 

シラウオを見ていると眼が冴えてきそうである。ほろにがい味が舌にひろがって酒がいくらでも飲めそうである。山菜のほろにがさも香りたかい峻烈さがあっていいが、アユやシラウオのほろにがさも好ましいものである。甘さは舌をバカにし、すぐに飽いてしまうが、ほろにがさは気品があってそのたびごとに舌を洗い、ひきしめてくれるようである。

 開高は食を書くにあたって「うまい」「おいしい」という紋切り型の修辞を自ら禁じていたので、料理の魅力を伝えるために高雅なまでの文体を追求しています。食をここまできちんと書ききった点は、美文家の面目躍如といったところでしょう。注目度は高くないが隠れた傑作です。

i-000a

開高 健 電子全集11 新しい天体/最後の晩餐
『新しい天体』

グルメ(美食家)として、またグルマン(大食漢)として知られた開高健が自らの舌と胃袋で研鑽を積んで書き上げた作品。
開高健が食について書いた作品の双璧ともいわれる2作品の他に食関係のエッセイ15編も収録。

おわりに

 開高はもともとコピーライターとしてスタートしているだけに、的確な言葉で物事の本質を示すのに長けた作家でした。今回紹介したのは初期から中期の作品が中心ですが、これらは日本人がもうずっと忘れている戦争や飢えについて書かれたものばかりです。しかし優れた観察眼と洗練された文体は時代を超越しており、故にその作品は今でも古臭くありません。また小説こそ寡作であったものの、エッセイは晩年に至るまで数多く残しており、彼ならではの博覧強記とユーモアを感じさせる作品が目立ちます。小説より気軽に読めるのでこちらもオススメしたいところです。

初出:P+D MAGAZINE(2019/06/03)

思い出の味 ◈ 坂岡 真
【著者インタビュー】林 真理子『愉楽にて』