【生誕90周年】SF作家・小松左京のおすすめ作品

『日本沈没』などの代表作を持ち、星新一、筒井康隆と並んでSF御三家とも呼ばれるSF作家・小松左京。小松左京の作品をこれから初めて読む方のために、彼の小説や随筆の中からおすすめの作品を3作品ご紹介します。

2021年1月28日に、生誕90周年を迎える作家の小松左京。星新一・筒井康隆と並びSF御三家と呼ばれた小松左京は、圧倒的な教養とリアリティで数々の名作SF小説を残しただけでなく、ショートショートや戯曲、エッセイなどさまざまな分野で活躍しました。

今回は、そんな小松左京を初めて読む方に向けて、代表的な作品・おすすめの作品を3作ご紹介します。

『日本沈没』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4334720439/

『日本沈没』は、1973年に発表された小松左京による長編SF小説です。本作は発表直後の1973年と2006年に映画化、2020年にはウェブアニメ化されたこともあり、小説は未読でも、そのインパクトのあるタイトルを一度は聞いたことがある方が多いのではないでしょうか。

『日本沈没』は、地殻変動が起こり、その名の通り日本が“沈没”していくまでを描いた作品です。ある年の夏、小笠原諸島の北にある無名の島が一夜にして海底に沈んだことを皮切りに、日本各地で地震や火山の噴火が頻発するようになります。その状況に最初に違和感を覚えたのは、地球物理学者の田所。地震の観測データなどの独自調査から日本になんらかの異変が起こっていることを確信した田所は、日本がなくなってしまう可能性がある──という予測を政界に進言するものの、学者仲間から失笑を買ってしまいます。

しかし、田所の説に興味を抱いた政界の黒幕である渡老人は、彼の説を検証するため、田所を中心に極秘の計画である「D計画」を立ち上げさせます。D計画のもとに集った田所や海洋地質学者の幸長、情報科学者の中田らが導き出した結論は、“早ければ数年以内に、日本列島の大部分が海面下に沈んでしまう”という恐るべきものでした。その情報はやがて全国民に知られるところとなり、日本国民の国外脱出計画「D-2」が死にものぐるいで遂行されていく──というのが本作の大まかなストーリーです。

『日本沈没』の大きな魅力のひとつに、日本が完全に沈没してしまうという一見荒唐無稽なストーリーが、小松の持つ科学的知見によってリアリティのある物語に仕上がっていることが挙げられます。小松は本作を執筆するにあたり、当時認知され始めたばかりであったプレートテクトニクス(地球の表面は複数のプレートで構成されており、このプレートが互いに動くことで大陸移動などが引き起こされるという論)を駆使しています。

1964年に地球物理学者の竹内均先生、上田誠也先生の『地球の科学』、65年に『地球の歴史』がNHKブックスから出る。要するに潜水艦や深海潜水艇で海底地形や海底の動きを観測して、いわゆるマントル対流とかプレートテクトニクスが実際にあることがわかってきた。一緒だった南北アメリカ大陸とアフリカ、ヨーロッパがだんだん離れていったというのは、大変なものだよね
──『小松左京自伝――実存を求めて』より

プレートテクトニクスの分野が日本で広く知られるようになったきっかけには本作の存在があったとも言われるほど、ベストセラーとなった『日本沈没』は世間を賑わせました。いまでも単なるSF小説という垣根を超え、広い読者に愛され続けている不朽の名作です。

『日本売ります』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4894564939/

『日本売ります』は、小松左京が1965年に発表した短編集です。表題作『日本売ります』を含む、SFの奇想が盛り込まれた22篇の短編やショートショートが収録されています。

『日本売ります』は、日本の国土を構成する島々とその住民たちがある日忽然と姿を消してしまい、それから数十年後に、“日本を売りとばした”張本人である駒木という男がそのいきさつを語り始めるという奇妙なストーリー。駒木はかつてペテン師であり、酒場で「島を買いたい」と持ちかけてきた男に「日本そのものを買いませんか?」と嘘の提案をしたことをきっかけに、日本列島の不動産買い占めに奔走することになった──という信じられないような体験をしたと言うのです。本作は長編『日本沈没』のエッセンスも随所に感じられる、傑作短編です。

また、同じく本書に収録されている『四次元ラッキョウ』は、小松のユーモアとシニカルさが遺憾なく発揮された短編。ある日、猿山のボス猿が発狂したことをきっかけに、人間たちはその猿が手に持っていた“無限に皮がむける不思議なラッキョウ”の研究を始めます。

そのラッキョウは四次元ラッキョウとも呼ぶべき物体で、どれだけ皮をむいてもむいても中から新鮮な皮が出てきてしまい、むききることができないラッキョウでした。人間はそのラッキョウに針を刺したり高温で熱してみたり、さまざまな実験をおこないますが、表面の皮をむいてしまいさえすればまた新鮮な皮が現れるだけ。しびれを切らした人間がそのラッキョウを用いて水爆実験をおこなうと、エネルギーの暴発で地球は一瞬にして吹き飛んでしまいます。そして、その様子を傍から見ていた異星人は“猿も人間も大差ないなあ”とつぶやくのでした。

『日本売ります』や『四次元ラッキョウ』のほかにも、SFはもちろん、ホラー、ナンセンスといったさまざまなジャンルの短編を楽しむことができる本作。テンポのいいストーリーと予測のつかない展開で、小松左京の真骨頂を感じることができる1冊です。

『妄想ニッポン紀行 高天原-伊勢-出雲』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/406134031X/

『妄想ニッポン紀行』は、小松が1961年から5年間にわたり、雑誌『放送朝日』に連載していたルポルタージュをまとめた作品です。高天原・伊勢・出雲地方を訪れた紀行文──という体裁をとってはいますが、実際には、未来から来た奇妙な青年・Hが提唱する「過去改造計画」というプロジェクトに巻き込まれた小松が、過去を変えるための調査研究という名目で日本各地を訪れ、その歴史と文化を紐解いていくというSF小説仕立てのエッセイになっています。

本作の魅力は、社会問題への意識とその土地の歴史的・文化的な背景に対する豊かな知見、そして奔放な想像力が同居している点。たとえば、宮崎県の天岩戸神社を訪れた小松とHたちは、その場でこんな“討論会”を始めます。

「ここは空気がいいし、都会地からはなれているし、自然があまりスポイルされていないでしょ」Hは例のすごいスピードでしゃべりはじめた。
「だからここは、生産地としてより、秘境の人工保存に力を入れて、別荘や保養施設に力を入れるべきだと思うの。そしてここの値うちがわかる人を勧誘する。つまり、スイスみたいに国際的保養地になり得るんじゃないかな」
「ですが……」土地の青年は言った。
「保養や観光地としての開発が、土地に住む人々にどれだけの利益があるか疑問ですね。僕はやはり、土地の農家の人々の生活向上を第一に考えたいですね」

本作で小松は、日本各地に住む人々の生活や伝統、宗教といった文化を考察しながらも、奇想天外なSF的発想で、その土地の新たな可能性を描いていこうと試みています。小松は本作を書いたきっかけを、このように語っています。

とにかく私みたいな仕事をやっている人間には、なにかきっかけがなければ、あちこち旅行して見まわることなどないわけだ。まして土地土地を、一つの「対称的志向」のもとに、じっくり見る、などということは、そういった「仕事」でも課されない限り、ほとんどない。家にこもって、知りすぎているつもりの日本と世界に、うんざりし、手に入る出版物の陳腐さに、げっそりして、天変地異でも起こってくれればいいと思いながら、天変地異が起きそうもないので、自分で天変地異の物語でもでっちあげて、退屈をまぎらわせるより、しかたがないのである。

本作はSFファンだけでなく、ライトなエッセイや紀行文が好きな方にも大いに楽しんでいただけるような作品です。小松のユーモアと鋭い洞察力、そして知的なバイタリティを味わい尽くすことのできる1冊です。

おわりに

“SF御三家”という言葉の響きから、小松左京の作品に難解なイメージを持っていらっしゃる方もいるかもしれません。実際には小松の作品は、「くだらない」と思わず笑ってしまうようなナンセンスなユーモアに満ちていて、読みやすいものばかりです。しかし、その背景には社会や科学に対する深い洞察があり、幅広い読者の心を掴んで離しません。

2021年秋には、小栗旬主演で、『日本沈没』がテレビドラマ化もされる予定です。ドラマがきっかけで原作に興味を持たれたという方も、ぜひ小松左京の作品を手に取り、その世界の奥深さを味わってみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2021/01/06)

◎編集者コラム◎ 『咆哮』アンドレアス・フェーア 訳/酒寄進一
星野智幸さん『だまされ屋さん』