名探偵に学ぶ、アノ人の本心を聞き出す話術【文学恋愛講座#6】

文学作品から恋愛のテクニックを学ぶ、「文学恋愛講座」。第6回では、名探偵から意中の人の本音を聞き出す話術を学びます。

気になるあの人、どんなタイプが好みなんだろう?

好きな人がいるか勇気を出して聞いたのに、はぐらかされてしまった……。

あなたは意中の人に、こんな思いを抱いたことはありませんか?好意を持った相手であれば、どんな些細なことでも気になって仕方ないもの。ましてやそれが、恋人の有無や好きなタイプに関することであればなおさらです。

そんな悩めるあなたが知っておくべきなのは、ずばり「相手の本心を探る方法」です。

そこでP+D MAGAZINE編集部は今回、相手の本心を日常的に探るプロ、探偵の話術に注目。「事件に関する情報を知っているのか」、「被害者との関係性」といったあれこれを、相手に不審に思われないように巧みに聞き出す探偵にとっては、恋のお悩みなんてたやすいものです。

では早速、古今東西の探偵から相手の本心を聞き出すための話術を学びましょう!

 
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ポイントは観察力!ホームズから「コールド・リーディング」を学ぶ。

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探偵を語るうえで避けて通れないのは、やはりシャーロック・ホームズの存在。ホームズは天才的な観察力と推理力を武器に、相棒のワトソンとさまざまな事件を解決する世界でたったひとりの顧問探偵です。

そんなホームズが使うテクニックとは、「コールド・リーディング」という方法。これを使えば、相手に気づかれることなくあらゆる情報を引き出すことが可能となります。

あなたも初対面の人に「スポーツが得意そう。何かやってた?」、「もしかして料理上手?なんとなくそんな気がしたんだよね」と言われ、さらにそれが当たっていれば思わず「そうそう!」と答えるのではないでしょうか。コールド・リーディングは「初対面なのに、自分のことをよく知ってくれているんだな」と思わせることで、警戒心を弱めると同時に情報を自ら話してくれるよう導くのです。

コールド・リーディングは探偵のほかにも占い師や心理学者として働く人々が得意としていますが、詐欺師の常套テクニックでもあるため、「禁断の話術」とも言われています。

ホームズはこのテクニックを使い、初対面だったワトソンの経歴を言い当てました。

推理の連鎖はこうだ。『医者っぽいタイプの紳士がいる。しかし軍人のような雰囲気がある。ということは、明らかに軍医だ。彼は熱帯から来たばかりだ。彼の顔は黒い。しかしそれは彼の肌の自然の色合いではない。手首は色白のためだ。彼は苦難と病気を体験している。彼のやつれた顔が明白に語っている。彼の左腕は傷ついている。彼はこわばった不自然な方法で固定している。熱帯のどの場所が、ある英国軍医に、こんな苦難と腕の傷を与えうるか。明らかにアフガニスタンだ』全体の思考の連鎖は一秒とかからなかった。その後、僕は君がアフガニスタンから来たと言った。そして君は驚いた。

『緋色の研究』より

ホームズがワトソンの過去を推理したうえでポイントとなったのは、「観察力」
ワトソンの雰囲気や顔色、怪我の様子から「アフガニスタンの戦場から帰ってきた軍医」であることを観察したからこそ、見抜くことができたのです。

では、ホームズにならい、コールド・リーディングの手順を見てみましょう。

1.観察

まずは相手の特徴をしっかりと観察するところから始まります。たとえば相手が身につけているアクセサリー、靴、衣服といった目に見えるものだけでなく、話し方や言葉遣いも見逃せないポイント。どんなにささいな情報であっても、後から大きなきっかけにつながるかもしれません。

2.推測

観察によって得られた情報をもとに、相手のことを推測します。爪が短ければ美容師、看護師といった「ネイルができない職業」であることが、左手の薬指に指輪があれば結婚している(もしくは恋人がいる)ことがわかりますが、それが跡だけだった場合は「離婚したか、関係がうまくいっていないことから外してしまった」という可能性も出てきます。

3.質問

これまでに得られた情報をもとに、「あなたってこういう人?」と尋ねてみましょう。ここでのポイントは「○○だよね!」という断定ではなく、「○○ですか?」とあえて隙を作ること。もしも違っていたとしても、「いやいや、むしろ私はこういう人で……」と相手から話してくれるパターンも期待できます。

ホームズまで優れたものまでとは言わずとも、コールド・リーディングには観察力が不可欠です。あまりにも当てずっぽうなことを言えば、「適当なことを言われても……」と相手から不信感を抱かれてしまいます。だからこそ注意深く相手を観察し、情報を集めることが重要なのです。

 

「あともうひとつ」、「うちのカミさんが…」 コロンボの口癖から相手の警戒心を解くテクニックを学ぶ。

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よれよれのレインコートを身につけた、猫背の冴えない警察官、コロンボ。彼は冒頭で犯人と犯行の手口を視聴者に提示したうえで、わずかな証拠からいかに犯人を追い詰めるかを描いた人気ミステリードラマの主人公です。

コロンボが出会う犯人たちは、いずれも隙を見せようとしない人物ばかり。これは私たちの実生活でいえば、なかなか心を開いてくれない相手と同じです。そんなガードの固い相手にも効く話術を、コロンボの口癖から学んでみましょう。

1.「Just one more things」(あとひとつだけ)

コロンボは聞き込みを終えた後、わざわざ容疑者のもとに戻ってきて「Just one more things」(あとひとつだけ)と追加で質問をすることが多くあります。

犯人にしてみれば、警察官に聞き込みをされることはかなりのプレッシャー。犯行がばれないだろうとたかをくくりながらも、「勘付かれてはいないだろうか」と気が気ではありません。しかし聞き込みが終わって気が緩んだ矢先、「もう少しだけお話を」と言われれば、早く解放されたい焦りから言わなくてもいいことまで口にしてしまうのです。

コロンボのように自然と追加で質問することができれば、相手も思わず本音を漏らすことでしょう。ただ、あまりに露骨だと「もういいでしょう」と相手の逆鱗に触れかねないため、ほどほどに。

2.「My wife says……」(うちのカミさんがね)

コロンボは、聞き込みで頻繁に妻の話題を出しています。ときに「いやあ、うちのカミさんに痩せろって言われてしまってねえ」と困ったように話すことで相手は「なんだ、ただの世間話か」と心を開いてくれることも少なくありません。さらに作家や俳優である容疑者に対し、「うちのカミさんがあなたのファンなんです」と妻を通じておだて、相手の油断を誘う場面もみられます。

もしも意中の人との間に共通の知人がいれば、「あの人から聞いたんだけど〜」と切り出すことができます。相手としても、知っている人を話に出ることで警戒心を解くことでしょう。

逆に自分の家族や友人を話題に出すと、相手は「そんな人がいるんだ」と少し興味を持って話を聞いてくれるかもしれません。

 
従来のミステリーと異なり、犯人と犯行過程を明らかにしたうえで探偵役が「どうやって真犯人を追い詰めるか」を描く『刑事コロンボ』シリーズ。この方法は「倒叙形式」と呼ばれ、日本ではドラマ『古畑任三郎』シリーズをはじめ、その後のミステリー作品に大きな影響を与えました。

警察学校を舞台にした『教場』シリーズを代表作に持つ作家、長岡弘樹の最新作『教場0』、そんな「倒叙形式」をとったミステリー作品です。

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観察力に長けた教官、風間公親かざま きみちかから指導を受けながら、「謎を解かなければ、見捨てられる」というプレッシャーのなかで事件を追う新米刑事たち。「嫁さん」を口実に容疑者に近づく場面、各話タイトルなどから『刑事コロンボ』シリーズを彷彿とさせる本格ミステリーを味わってみてはいかがでしょうか。

 

時にはカマをかけてみる。金田一耕助の巧みなテクニック。

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日本を代表する探偵のひとり、金田一耕助。よれよれの着物と帽子を身に付け、事件のヒントを得るとぼさぼさの髪を掻き回す金田一は一見すると風変わりな人物かもしれません。それでも金田一は人懐っこい笑顔と和やかな雰囲気を武器に情報を集め、事件を解決します。

そんな金田一が活躍するシリーズの中でも、短編『湖泥こでい』(『人面瘡』に収録)は特に彼の巧みな話術が光る作品です。

北神家、西神家、ふたつの名家が対立する山間部の村。跡取り息子の婚約をきっかけに争いの火種が生まれようとしていた矢先、婚約者である村娘、由紀子が失踪します。

失踪から5日が経っても由紀子が見つからないなか、事件を調査する警部を訪ねてきた金田一は湖のそばにある小屋にカラスが集まっていることに気がつきます。小屋の中では由紀子が息絶えており、その左目はぽっかりと大きな穴が開いていました。

金田一は由紀子の左目から血が流れていなかったことから義眼であることを見抜きます。そしてこの義眼をもとに、容疑者にカマをかけるのです。

「ところできみはあのことを知ってましたか。ほら、義眼のこと……」
「いいえ、ぼく、知らなんだんです」
と、なにげなく答えてから、突然、浩一郎ははじかれたように顔をあげると、真正面から耕助の顔をにらみすえた。まるで金田一耕助をにらみ殺さんばかりのいきおいだった。

北神家の跡取り息子、浩一郎は由紀子の婚約者でありながら、彼女が義眼であったことを知りませんでした。しかし誰とは伝えていないにもかかわらず、「義眼」という言葉に引きずられた浩一郎は「知らない」と答えてしまいます。義眼であることを知っているのは義眼を盗んでいった犯人を含めたごく一部の人間のみ……金田一は見事に浩一郎から真相を探りだします。

恋愛においても、カマをかけるのは重要なテクニックです。会話の中で何気なく「○○さんが好きそうなタイプだよね」と聞けば、「むしろ、こういったタイプの方が好き」と好みのタイプを聞き出せるかもしれません。

また、「好きな人がいる」と、あなたから打ち明けてカマをかけてみるのもひとつの方法。相手から「それって誰のこと?」と食い気味に聞いてくればあなたに特別な感情を抱いていることが、わかることでしょう。ただし、普通の反応であれば、残念ながらそれ以上の関係には発展しない可能性があります。

 

恋愛とミステリーは似ている。相手の気持ちをいかに知るかが勝敗を分ける。

今回の文学恋愛講座では、探偵から相手の気持ちを探るテクニックを学びました。恋愛もミステリーも、相手に悟られることなく、自分の求めている情報をいかに得るかが勝敗を分けます。

あなたもぜひ、意中の人に探偵が得意とする話術をもって駆け引きに挑んでみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2017/10/09)

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