夫婦の数だけ愛の形はある。“結婚生活”を綴ったおすすめエッセイ4選

ほのぼのとした仲睦まじい夫婦から、映画のようにドラマティックな生活を送る夫婦まで。現代作家やブロガーによる“結婚生活”をテーマにしたおすすめエッセイを、4作品ご紹介します。

幸福な結婚というのは、いつでも離婚できる状態でありながら、離婚したくない状態である
――大庭みな子

結婚して幸福が得られるかどうかというのは、まったく運次第だ
――ジェーン・オースティン

男と女、こうも違うふたりの人間が、互いに理解し愛し合うためには、一生を費やしてもまだ足りない
――オーギュスト・コント

時には映画のように運命的に、時には惰性や妥協の末に訪れる“結婚”という人生の節目。結婚生活がすばらしいものとなるか、我慢と忍耐の連続となるかは、冒頭に挙げた“結婚”にまつわる言葉が実にさまざまであるように、夫婦それぞれの選択にかかっています。

いまの恋人と結婚して幸せになれるのか? いまのパートナーとの夫婦生活に未来はあるのか? ……そんな答えのない疑問を抱いたまま日々を送っている方は、きっと多いことでしょう。そして、自分の結婚生活について思いを馳せるとき、他人の結婚生活を覗き見してみたいと思う方も多いはずです。
今回はそんな“結婚生活”を綴った珠玉のエッセイを、4作品ご紹介します。

東京で家族を失った男が、もう一度東京で家族をつくる――松尾スズキ『東京の夫婦』

東京の夫婦
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今年の5月1日に世田谷区役所に婚姻届を出しに行き、僕とM子は夫婦になった。
僕、51歳。M子、31歳。僕、福岡出身。M子、茨城出身。もちろん東京で出会った。

こんな書き出しで始まるのが、劇団「大人計画」の主催者で、作家・演出家・俳優としても活躍する松尾スズキ『東京の夫婦』
出身地も年齢も大きく離れているふたりの男女が“東京”で出会い、夫婦として暮らしてゆく日々の出来事が、松尾スズキらしいドライかつユーモラスな文章で綴られています。

著者の松尾は、10年間連れ添った前妻と離婚した7年後に、31歳の“箱入り娘”であったM子と再婚します。「大人計画」結成時にはM子はまだ小学生だったというほど、年の差のあるふたり。
結婚にあたって引っ越しをする際に、松尾の持ち物を整理しながら「松尾スズキって、めちゃくちゃ前からいたんだね……」とM子が呆然とするさまには、クスリと笑わされつつも、ルーツのまったく違う他人同士が“夫婦”になることの難しさについても考えさせられてしまいます。

松尾夫婦は結婚するにあたって、「子どもを持たない」という約束をしました。

自分の遺伝子を持って産まれて来た子供を育てる、という、まあまあ、まっとうな人生に、まったくポジティヴなビジョンを見いだせないのである。

子供を持つつもりもない、という二人が結婚する意味とはなんだろう。
その大きなクエスチョンが、僕たち夫婦が抱える負債であるともいえる。人生に対してその負債を日々返済する。

……著者本人がそう語るように、このエッセイには、子どもを持たない夫婦が結婚する意味や必要性といった問いへの“答え”は書かれていません。しかし、価値観のまったく違う松尾とM子が時に真剣に、時に面白おかしくさまざまなハードルを乗り越えてゆく姿を見ていると、不思議と元気が湧いてきます。

世間の評価や基準に惑わされず、「かわいい」夫と暮らす――山崎ナオコーラ『かわいい夫』

かわいい夫
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小説家・山崎ナオコーラ『かわいい夫』は、妻である山崎と書店員の夫が送る夫婦生活を、やさしい筆致で綴ったエッセイ集です。

著者の夫は、ファッションに気を使わなかったり、飲食店でオーダーがなかなか通らず、間違って出されたものを黙って「おいしい」と食べたりと、不器用ながらも優しい、“かわいい”人物として描かれています。

本書では、夫のほうが妻よりも収入が低く、できることも妻より少ないということが正直に綴られます。しかし著者はそれを馬鹿にしたり見下したりすることはなく、周囲にどう言われようと、家族の「大黒柱」として揺らがずに夫を愛し続けます。

結婚や出産は双六のマスではない。進んだ、だの、戻った、だのと捉えたくない。どのような状況でも幸せになれるし、どのような生活を送っても、成長できる。

私は昔、結婚というのは、自分にぴったりの、世界で唯一の人を探し出してするものだと思っていた。 しかし、今は、そう思わない。たまたま側にいる人を、自分がどこまで愛せるかだ。夫が世界一自分に合う人かどうかなんてどうでもいい。ただ、側にいてくれる人を愛し抜きたいだけだ。

流産や高齢出産、周囲との関係といったさまざまな壁に突き当たりながらも、著者と夫はふたりで共に悩み、世間に惑わされない夫婦だけの価値観で問題を乗り越えてゆきます。
ほっこりとしたエピソードに触れたいときだけでなく、自分の選択に迷いが生じたときや自信が持てなくなったときに、何度も読み返して力をもらいたくなるような作品です。

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山崎ナオコーラ『美しい距離』インタビュー。私たちは、死ぬ時だって社会人だ。

入らなくても、普通じゃなくても、夫婦として生きてゆく――こだま『夫のちんぽが入らない』

おっとの
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2017年1月の発売直後、13万部もの売り上げを記録し、瞬く間に大ヒット作となったブロガー・こだま『夫のちんぽが入らない』。作品の実写化も決定し、昨年末にはYahoo!検索大賞 2017小説部門賞を受賞したことで「日本一検索された小説タイトル」になるなど、その勢いはとどまるところを知りません。

本作は、同人誌『なし水』に発表されたエッセイを加筆修正した私小説です。著者のこだまと夫は、“性器がどうしても入らず、セックスができない”という大きな問題を抱えたまま夫婦生活を送っています。

夫のちんぽが入らない。本気で言っている。交際期間も含めて二十年、この「ちんぽが入らない」問題は、私たちをじわじわと苦しめてきた。周囲の人間に話したことはない。こんなこと軽々しく言えやしない。

作中で著者は、仕事や人間関係のストレスと自尊心の低さから、少しずつ夫以外の人とセックスをするようになります。夫も妻に隠れて風俗に通っており、ふたりが手を繋いだり、キスをすることはありません。そんな一見“普通”ではない形で暮らす夫婦ですが、著者は夫との別れを考えたことはない、と綴ります。

ひとつの家で、男でも女でもない関係として暮らす。他人からは異常に見えるかもしれないけれど、私たちは隣り合って根を張る老木のように朽ちていければ幸せだ。

本作の中で、著者と夫はそれぞれが抱える問題を少しずつ紐解き、克服してゆきながら、“男でも女でもない関係”にたどり着きます。のちに著者は、

何を言ってもいいし、世間一般とズレていてもいい。まわりの声に囚われたり、自分の手で可能性を潰したりしないで、私たち夫婦の形で生きていきたい

と力強い言葉で語っています。

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『夫のちんぽが入らない』著者・こだまインタビュー。「もう、くだらない本ですがと言いたくない」

天才写真家・アラーキーとの“愛”にまみれた日々 ――荒木陽子『愛情生活』

愛情生活
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天才写真家・荒木経惟の妻であり、エッセイストの荒木陽子『愛情生活』は夫・アラーキーとのロマンティックな夫婦生活を綴る、その名のとおり“愛情”に満ちたエッセイ集です。

モディリアニの杏型の瞳の女や、ゴダールの映画や、インドシルクのスカーフや、ニーナ・シモンの弾き語り……の魅力を私に伝えてくれたのは彼である。 彼は私の中に眠っていた、私の大好きな私、を掘り起こしてくれた。彼に遭っていなかったら、そんな事には気づかずに過ぎたか知れない。ごくフツーの感性の男の人と結婚し、寝ぼけ眼のまま一生を送ったかもしれない。

……こんな文章からも分かるように、陽子は“ごくフツーの感性の男の人”ではない荒木経惟にベタ惚れしていて、彼と出会ったことで自分の人生が大きく変わったことを自覚しています。
夫婦の出会いは、ふたりが当時勤めていた大手広告代理店。社内報撮影のカメラマンとしてやってきた荒木経惟に、モデルをするよう声をかけられた陽子は、

「あ、笑わないで、さっきのムスーッとした表情の方がいい」

と予想外のことを言われます。

「えっ笑わなくていいんですか」私はキョトンとしてしまった。
「そう、君は笑わない表情の方がステキだよ」彼は私の瞳を覗き込むようにして言う。彼のこの芝居かかったセリフに、二十歳の胸はときめいてしまったのだ。

ちょっとむず痒くなってしまうほど、ロマンティックで浮世離れした彼の言葉。やがて荒木経惟と結婚した陽子は、そんな彼との映画のような日々を、照れることなく、等身大で書き綴ります。

本書で描かれるのは、仕事のために世界中を旅したり、ベッドで夫にヌード写真を撮影されたりと、普通の夫婦生活からは想像もつかないような日々です。それでも、読み終えてほのぼのとした温かい気持ちになれるのは、陽子の文章が実に素直で伸び伸びとしているからに他なりません。
荒木経惟の最愛の被写体としてだけでなく、魅力的なエッセイストとしての陽子を知りたい方にも、おすすめの1冊です。

おわりに

価値観や暮らしが多様化したいま、“結婚”や“夫婦”の形は実にさまざまです。同性婚が認められたり、一夫一妻制以外の価値観を持つ人が増えれば、その形はいま以上に多様化してゆくことでしょう。
今回ご紹介した4組の夫婦のエッセイは、どれも普通の結婚生活とは少し違ったものかもしれません。しかし、どの夫婦もそれぞれに自分たちに合ったオリジナルの夫婦のあり方を選び、日々を暮らしています。

結婚生活について考えるときや悩んだとき、ちょっとしたノロケを聞きたいとき。今回ご紹介したエッセイを開き、それぞれの夫婦の生活を覗き見してみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2018/02/01)

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