【著者インタビュー】朝比奈あすか『ななみの海』/それぞれの境遇を生き延びて、児童養護施設にたどりついた子どもたちの物語
過熱する中学受験のリアルを描いた前作『翼の翼』が話題を呼んだ著者の最新作『ななみの海』についてインタビュー!
【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】
「人からの評価が自分を満たすのか。私は違うと思う」
『ななみの海』
双葉社 1760円
高校2年生のななみは、ダンス部に所属し、《快活でおしゃれなみえきょん、勝気でリーダー気質の瀬奈、成績優秀お嬢様のズミ》と仲がいい。3人と違うのはななみが「家の子」ではなく、「寮の子」であること。名称に「寮」がつく児童養護施設に暮らしている。寮の門限やスマホの利用制限に理不尽を感じながらも、医者になるために勉強もがんばっていた。両親が亡くなった後、ななみを育てたおばあちゃんの《ななみは、たまたまの巡り合わせでこういうことになってしまっただけで、施設の子とは違う。馬鹿にされちゃアいけない》という言葉が理由だったがー大人と子供、友達、部活、恋愛、受験、そして将来‥‥悩み苦しみながらも人生の扉を開く子供たちの姿を活写した青春小説。
朝比奈あすか
(あさひな・あすか)1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。’06年、群像新人文学賞受賞作を表題作とした『憂鬱なハスビーン』で小説家デビュー。著書はほかに『憧れの女の子』『人間タワー』『人生のピース』『君たちは今が世界』『翼の翼』などがある。
私はくりかえし忘れることを自分に許していた
保護者による児童の虐待死があとをたたない。
「ニュースを見るたび、打ちのめされて、やりきれなくて。なんとかしなきゃと思うのに、しばらくすると忘れてしまう。あるとき、私はくりかえし忘れることを自分に許しているって気づいたんです」
朝比奈さんに言われて、ハッとする。確かにそのとおりで、虐待死が報じられるたびに憤り、その子の死を悼むけれど、なかなか自分の行動に結びつかない。
「この瞬間も殴られている子がいるかもしれないんだなって、考える時間が増えていきました。野田市(千葉県)の虐待死事件のあと、児童相談所を責める声がすごく強かったんですね。でも、私たちは、その人たちにすごく頼っている面があるのに。24時間、365日子どもと向き合っている人が現実にいて、その人たちをもっと支えるにはどうしたらいいのか。子どもたちが引き取られていった施設ではどんな暮らしをして、どういう人が周りにいるのか知りたいと編集者と話していたら、じゃあ取材してみませんか、ということになりました」
3つの施設を見学できることになり、職員から話も聞いた。取材したのは2020年2月から3月にかけてで、もう少し取りかかるのが遅ければ、コロナ感染の拡大で、取材そのものができなかったかもしれなかった。
「最初は施設の職員を主人公にすることも考えたんですけど、17、18歳の女の子の視点で世の中を見る小説を書きたいと、だんだん考えがまとまっていきました。
日本では基本的に18歳になると施設を出て、自立しなければいけないんです。少しずつ変わりつつあるんですが、苦しい思いをしてなんとか生き延びた子どもが、後ろ盾も帰れる場所もないまま、18歳で世の中に出ていかなければならないなんて、どんな気持ちがするだろうと思います」
自分にはできない、希望を託すつもりで書いた
『ななみの海』は、何らかの事情により親元で暮らすことができない子どもたちが生活する児童養護施設が舞台で、それぞれの境遇を生き延びてこの場所にたどりついた子どもたちの物語だ。
主人公のななみは高校生で、早くに両親を亡くし、ただ一人の身内である祖母と暮らすが、その祖母も認知症になり、ななみは施設に預けられた。ダンス部の部活やファミレスでのアルバイトもがんばり、充実した高校生活を送っている。
施設を取材したとき、本当にふつうの暮らしがあることに気づいたと朝比奈さんは言う。
「みんなでゲームをやったり、テレビを見たり、喧嘩したり、おしゃべりしたり。近所の子も遊びに来て、施設の子が塾に行っている間に近所の子だけで遊んでいることもあって。ななみは聡明ではあるんですけど、アイドルグループのファンだったり、友だちと遊ぶ時間が楽しかったり、部活をがんばっていたりという、ふつうの高校生の面を書きたいなと思いました」
その一方で、施設には集団生活のルールがあり、親友一人だけにしか寮で暮らしていることを打ち明けていないななみは、友だちづきあいに苦労することもある。
たとえばスマホ。ななみたちはそれぞれスマホを持つことが許されているが、夜9時になると職員に預けなければならず、その後の時間は、友だちとのグループトークに参加できない。
「スマホの扱いですごくもめるというのは施設のかたからも、自分の体験を話しているYouTubeなどでも聞きました。施設の中だけで暮らしているならともかく、学校に行けば友だちが制限なくスマホを使っているのに気づく。そういった違いは、10代の子には結構なストレスになるだろうと思います」
いまの時代の空気を反映していると思ったのが、ななみと同じ寮で暮らす中学生の玲奈が、通っている塾で別の生徒から言われた「税金泥棒」という強烈な言葉だ。玲奈からその言葉を聞いたななみは、夜眠れなくなるほど衝撃を受ける。
「施設を取材させてもらったときに聞いた言葉で、中学生の女の子が同級生から言われたそうです。こんなことを言われたら深く傷つくし、あとに残ると思います。言った子が自分で考えたというより、周りにそういうことを言う大人がいたのでしょうか。短絡的な言葉が簡単に子どもの目に触れる時代ですし、世の中はここまでゆがんでしまったのかと考えこんでしまいました。
でも、その話をしてくれた職員のかたは、『大人の方が税金泥棒だし、そう言われるのが怖いんだよって言ってやった』と、割とかろやかに話してらしたんです。こんなことを言われたと職員に話せるというのは、それだけ対話があり、信頼関係があるってことなんですよね」
ななみを育てた祖母は、負けちゃあいけない、馬鹿にされちゃあいけない、と孫娘に言いきかせた。ななみ自身、「ここにいる子たちと自分は違う」と思ってプライドを保ち、医者になることを将来の目標にしている。医学部進学に備えてアルバイトの時間を増やし、奨学金制度についてもくわしく調べているが、受験勉強のかたわら、年下の勉強嫌いの子どもたちの勉強を見るうちに、違う世界、違う選択肢が見えてくる。
「おばあちゃんは、自分しか身寄りがないななみが、いずれ施設に入るとわかっていたんですね。おばあちゃんの気持ちは理解できますけど、言われた子どもにとっては支えにも励みにもなる一方で、足枷にもなってしまう。
馬鹿にされないためとか、負けないため、というのは結局、人からの評価でしかない。それが自分の幸せなのか、自分を満たすのか、というとちょっと違いますよね。実は私自身にもそういう人の評価が気になる面があって自己嫌悪しているので、ななみの選択は、自分にはできない、希望を託すつもりで書いています」
SEVEN’S Question SP
Q1 最近読んで面白かった本は?
上間陽子さんの『海をあげる』。
Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
木村紅美さん、津村記久子さん、角田光代さん、桐野夏生さん。
Q3 座右の一冊はありますか?
アリス・マンローの「次元」という短篇がすごく好きで最近また読み返しました。短い作品ですけど、技巧がすごくて、「こういう風に書くんだ」という発見が読むたびあります。
Q4 最近見てよかった映画やドラマは?
Netflixで見たスペインのドラマ『ペーパー・ハウス』。
Q5 最近気になるニュースは?
ウクライナ情勢は日々気になります。日本で「侵攻」と報じられていたとき、BBCでは「War」と伝えていて、本当に戦争が始まったんだ、と思いました。
Q6 最近ハマっていることは?
2泊3日の断食道場に行って、今後も年1回とか半年に1回行くようにしたいです。
あとはダンス。ジムでダンスを教えてもらっていて、K-POPのガールズグループITZYの曲を1曲、踊れるようになりました。すごいへたくそですけど、サビまで全部踊れるようになったのがうれしいです。
高校生の娘がダンス部で、私もやってみようかな、と。小説を書き終えてから始めました。同じクラスには10代から50代ぐらいまでいて、とくに友だちになることもなく、淡々と来て、淡々と踊り、淡々と帰っていきます。
●取材・構成/佐久間文子
●撮影/政川慎司
(女性セブン 2022年3.24号より)
初出:P+D MAGAZINE(2022/03/27)