『もものかんづめ』、『笑うな』、『世にも奇妙な君物語』サクッと読めて面白いおすすめ短編セレクション
短い物語の中に面白さや感動をギュッと詰め込んでいる短編集。完全に別々の物語が連なる短編集、毎回登場人物たちが少しずつ関係している連作短編集、短編の中でも特に短いショートショートなど、様々な形式があります。短い中にもしっかりと起承転結があり、忙しくてまとまった読書時間をとれない人や、長編を読むのが少し苦手な人に、また今まで本に触れて来なかったけれど、これから読書ライフをはじめたいという人にも最適です。今回は、短編集デビューをしたいあなたにおすすめの5作品を紹介します。
リアルちびまる子ちゃんライフをご覧あれ-『もものかんづめ』さくらももこ
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『ちびまる子ちゃん』の作者・さくらももこ。様々な経験から自身の分身とされる「まる子」を生み出したさくらももこは、面白い出来事や珍事件をまとめた日常エッセイを数多く出版しています。
記念すべき第1作目で、ミリオンセラー作品となった本作は、1話10ページ程度のクスリと笑えるエッセイが17話収録されています。
【あらすじ】
花の女子高生時代に水虫に侵され、睡眠学習枕やエステ通いで総額200万円近い無駄遣いをし、偽装恋愛を女性週刊誌にスクープされ……。さすが、ちびまる子ちゃんの生みの親と拍手を送りたくなるような日常や結婚式の話をまとめたエッセイ。
『乙女のバカ心』では、さくらももこが10代の夢見る少女だった頃について語っています。夢見る少女は好きな芸能人と両思いになれると信じるなんて序の口で、薔薇の花束を持つ美少年がランボルギーニかフェラーリに乗って迎えに来てくれると妄想したり……。
今となっては穴があったら入りたくなるようなことばかり考えて、いつしか“夢見る恋の日記帳”なるものをつけはじめていました。
いつかの
あなたの瞳の色と
同じ色の
絵の具をみつけました。
イラストはマリンブルーの絵の具が描かれている。何人に恋していたのであろうか。
このエッセイを書くにあたり、いよいよ開かなくてはならなくなり、開いてみたものの想像を絶する恥かしさで、公開できないものが九割方を占めていた。
つまり、ここに公開されているあんな恥かしい詩でさえ、残りの九割に比べたらまだ恥かしくない方なのである。
さらにはこの日記帳を両親に読まれてしまったその恥ずかしさは計り知れません。青春時代の赤面エピソードや結婚式の様子を赤裸々に書き連ねた本作は、笑いたい時にぴったりです。夢見る少女の妄想をはじめ、自分の過去を振り返ると共感できるエピソードもあるかもしれません。愉快なエッセイが好きな人はもちろん、『ちびまる子ちゃん』が好きな人にもおすすめの1冊です。
心がほっこり温まる辻村劇場へようこそ-『家族シアター』辻村深月
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第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞を受賞するなど、数多くの賞を受賞、昨年には『かがみの孤城』が第15回本屋大賞に輝いた辻村深月が描く、家族をテーマにした短編集です。辻村深月の作品は長編が多いのでなかなか手を出せない……という人におすすめです。
お互いを疎ましく思う姉妹、理想と違った関係を築いてしまった母と娘、息子の小学校の「親父会」に参加させられる父など、収録されている7話それぞれが違った関係性を描いていて、こういう気持ちになったことがあるなあと感じる人も多いでしょう。
【あらすじ】
家族だからって好きとは限らない。嫌いだって仕方ないじゃない。それでも家族だからわかることもある。それぞれの家族の絆を描いた心温まる短編集。
収録作品の1つ、『私のディアマンテ』は、母と思春期の娘・えみりについての物語です。特定の友人も彼氏もいないような娘を心配する母と、母は自分のことを失敗作だと思っていると信じ込んでいる娘。すれ違いが生んでしまった溝は、なかなか埋まるものではありません。親子でも全てを理解し合えるわけではないことが、次の言葉から分かります。
「いくら身内だからって、合う合わないはあるよな。何も血のつながりが絶対ってわけじゃないし」
「それ、同じことをえみりにも――」
「え?」
「言われたわ。お母さん、血のつながりは絶対って思ってると、いつか、痛い目見るよって」
血がつながっているからといって、何でも許されるわけではありません。関係がぎくしゃくしている時に、特待生として無理な努力をし続けるえみりが体調を崩し、学校を早退することになります。
失敗しちゃった、という声がまた、耳に蘇る。
何が失敗なのかは誰にもわからない。だけど、私は、今度こそ間違えなかったと思う。ただ一言「気にしなくていいよ」と告げると、えみりがその場に泣き崩れた。
それでも許すこと、理解しようとすること、1人の人間として相手を思いやることの大切さが描かれていて、心にじんわりと沁み込みます。家族の関係が再生していくのは、たった1つのきっかけで十分なのかもしれません。
繊細な心理描写に定評のある辻村深月が、切っても切り離せない家族のつながりを描いたハートウォーミングストーリー。お互いを好きなわけではないけれど、どう足掻いたって家族は家族。途中で胸が苦しくなるやりとりもありますが、最後はとても優しい気持ちになれる物語が揃っています。
ブラックユーモアの詰め合わせ-『笑うな』筒井康隆
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『笑うな』は昭和50年の夏、筒井康隆があとがきで最後のショート・ショート集になるであろうと語った作品。『欠陥大百科』をはじめとした様々な単行本のショート・ショートを再録し、さらに単行本に未収録の作品を数作収録した本作は、34話もの短編が楽しめるため読み応え満点です。「どういうことだろう?」と読み返して、「そういうことか!」とにやけてしまう魅力的な作品が詰め込まれています。
【あらすじ】
ある日洋服ダンスの中から沙門日蓮と名乗る坊主が現れる。大学時代に日本史を専攻していた友人の寺尾は、自称日蓮に様々な質問をするが、どうやら本物のようだ。日蓮は現代にいる日蓮正宗の信者たちに会いたいと言い、代々木区民会館で開催されている講義会に行くことになるが……。『末世法華経』をはじめ、表題作となった『笑うな』、SF作家が宇宙人に遭遇してしまう『ベムたちの消えた夜』など、ブラックユーモア満載の1冊。
「先刻通った荒物屋の店さきに」と、日蓮がいった。「わしを茶化したことを書いておった。わしを大量生産したとか申して……」
「何て書いてありました?」
「ポリニチレンとか書いておった」
「あれは英語です」
「紅毛国まで、わしの名は浸透したのか」
悪魔、宗教、宇宙人など、様々なテーマの作品が描かれていて、オチを考えれば考えるほど分からなくなってくるナンセンスギャグなど、ブラックユーモアに満ちた笑いを用いる当時の筒井康隆の作風が存分に堪能できます。
本作に収録されているショート・ショートは、短い物語だと1話1ページ程度なので読みやすく、ページをめくる手がすいすいと進みます。「笑うな」と言われると笑いたくなってしまうカリギュラ効果をお楽しみください。
直木賞作家が魅せる切れ味抜群の結末-『世にも奇妙な君物語』朝井リョウ
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2013年に『何者』で第148回直木賞を受賞した平成生まれの作家・朝井リョウは、幼い頃からオムニバスTVドラマの「世にも奇妙な物語」 シリーズが大好きとあとがきで語っています。そんな彼が「世にも奇妙な物語」のドラマのプロデューサーに構成や物語の作り方について話を聞き、とうとう自分自身で「世にも奇妙な物語」を書きました。その名も『世にも奇妙な君物語』。
TVドラマと同じように5話を収録した本作には、あっと驚く衝撃と寒気がする恐ろしさ、そして予想していなかった結末の物語が凝縮されています。
【あらすじ】
違和感と恐怖を見事に組み合わせた人気TVドラマシリーズ「世にも奇妙な物語」を直木賞作家が書いたらどうなるのかを知るために、ファン代表として朝井リョウが立ち上がる。素敵な大人の男女4人のシェアハウスに隠された秘密を暴く『シェアハウさない』、脇役だって主役になりたい『脇役バトルロワイヤル』など、5つの物語を収録。背筋が凍る驚きの結末がここに。
1話目の『シェアハウさない』は、フリーライターの田上浩子が主人公です。初めての特集記事を任されることになった喜びから、居酒屋で一人酒をして泥酔してしまい、真須美という女性の家にタクシーで連れ帰られます。朝になり素面になった浩子が真須美に謝罪していると、別の住人・由可里が帰ってきます。年齢が離れているように見える2人の関係について尋ねると、ここは男女2人ずつで住んでいるシェアハウスとの回答が。
幸運にも、浩子が初めて担当する特集記事はシェアハウス特集だったのです。
「シェアハウスが本当にシェアしてるものはなんなのかってところに、焦点を合わせようと思ってるんだよね」
「キラキラしたやつがキラキラしたやつらと住んでほんとの目的は何なんだよ、みたいなさ、みんなツッコみたいわけじゃん。そのツッコミを、斜めからのツッコミじゃなくて、きちんと真正面から掘り下げようと思って。誰かと何かを共有する必要のない人が、だけど何かを共有したいのはなぜか、その何かとはなんなのか、みたいな」
今度お礼がしたいと約束を取り付け、こっそりと潜入取材を試みる浩子。お礼を持って行った日には別の住人も揃っていて、由可里が1人暮らしをはじめることを耳にします。浩子はチャンスだと思い、次の住人になりたいと話を持ちかけます。なぜか自分と居酒屋で出会ったことを隠している真須美に違和感を覚えながら……。彼女たちがシェアしているものは一体なんなのでしょうか。
「世にも奇妙な物語」のファンであるがゆえの愛が込められた本作には、映像ではなく文章だからこそ使えるからくりがひそんでいます。見事な伏線回収は、さすが朝井リョウとため息が出てしまうほどです。
笑えて、苦しくて、泣ける。50人のドラマ-『フィフティ・ピープル』チョン・セラン
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韓国小説の新シリーズとして出版された本作は、51人もの登場人物がいて、それぞれが主人公です。1人1人の物語を連作として収録した488ページもの大作ですが、1話は5ページ程度なので、ちょっとした隙間時間にサッと読めてしまいます。
作者のチョン・セランは本作で第50回韓国日報文学賞を受賞し、韓国で注目を浴びている若手作家です。『フィフティ・ワン・ピープル』という題名にはしづらいので、『フィフティ・ピープル』になったとあとがきに書かれています。
【あらすじ】
1つの物語の主人公であるアドレナリンジャンキーの医師・ギユンの元には、別れた恋人に刺されたスンヒが運ばれ、ポールダンスに夢中になって配属先が異動になった看護師・へジョンを慰めるために後輩はギユンの話をして……。気づかないうちに人と人は絡まり合っている。私たちは自分の物語の主役であり、誰かの物語の脇役だ。韓国の大学病院周辺に住んでいる人や勤務している人たちの人生が入り混じった、彩り鮮やかな50の物語。
1話目の主人公であるソン・スジョンは、余命わずかとなった母に押し切られて自分の結婚式の準備をしています。花嫁以上にメイクやドレスアップに気合いを入れた母は、自分の友人にも多くの招待状をばらまいていました。新郎新婦は、「主人公は僕たちじゃなくて母さんだね」と話しながら結婚式当日を迎えます。
スジョンが知っている人もいるにはいたが、一面識もない人も大勢いる。母さんはその中に立って、スジョンには聞こえない言葉であいさつをしていた。結婚式のふりをしたお葬式だった。すてきなお葬式だった。
スジョンの結婚式を通じてお世話になった人に最期の別れを告げる母。愛娘のおめでたい席なので、スジョンには聞こえないようにそっと。
人から見たらありふれた日常は、自分にとっては特別な時間であるのだと、優しい気持ちになれる最初の物語です。
ある人が笑っている日に、隣に住むあの人は泣いていたり、道端で出会ったあの人は恋に落ちていたり……。どこかですれ違ったことがあるだけの存在にも、その人だけの物語があるということを多彩な表現で綴り、ネットワークが広がるように50人以上の人生が交錯していきます。様々な背景を持つ人物たちの物語は、笑える話もあれば切ない話、泣ける話まであります。「あの物語のあの人がまた出てきた」という楽しみ方ができます。
緻密なジグソーパズルのように組み合わせられた連作短編集。連作ならではの面白さが遺憾なく発揮されています。読みやすさも相まって、すぐに読み終わってしまう人も多いでしょう。人は誰もが物語の主人公であり、誰かの脇役であるということを、少しずつつながっている登場人物たちが教えてくれます。
51人もの登場人物がいるので、誰の物語がお気に入りか人と話すのも楽しい作品です。
【おわりに】
テンポ良く、しかも面白く、作者の手腕が試される短編集。気軽に読書を楽しめて、通勤や通学中はもちろん、友人へのプレゼントにも最適です。
短編ごとに完結しているので、一度にすべて読み切らなくても大丈夫。気軽に短編小説巡りの旅に出てみてはいかがですか。
初出:P+D MAGAZINE(2019/04/19)