新生活を頑張る手助けとなる、職場が舞台の小説おすすめ5選
仕事は、大人が生活していくためには避けては通れない道です。本当にやりたい仕事につけた人もいれば、そうでない人もいるでしょう。
今回は、仕事のやりがいや喜びについて考えさせられるような、様々な仕事を頑張る主人公の小説を5作品紹介します。
4月になり、新しい学校や新しい職場での生活への期待に、胸を躍らせている人も多いかと思います。一方、新社会人の人達は学校とのギャップや毎日の仕事に既に大変な思いをしているかもしれません。今回は、新生活を頑張る手助けとなるような、職場を舞台にした小説5選を紹介します。
ぼくが今日からコンビニオーナー!?――『本日はコンビニ日和。』(雨野マサキ)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4048935992/
【あらすじ】
主人公の純平が住む小さな町・虹色町には、何でも揃うコンビニがあった。コンビニを作ったのは、町の人気者だった、大好きなぼくのおばあちゃん。一年前に死んだおばあちゃんの遺言は、18歳の純平をそのコンビニのオーナーにするというものだった。自信のないままオーナーになった純平だが、個性豊かなスタッフとお客さんに囲まれ、少しずつおばあちゃんの遺した想いを知っていく。
Rain名義で第7回魔法のiらんど大賞金賞を受賞し、『17歳。』でデビューした雨野マサキ。著作には少年少女を主人公にした若者向けの小説が多くあり、若い層からの支持の多い作家として人気です。
大好きなすみればあちゃんの葬儀を終えた翌日、ばあちゃんのコンビニのスタッフでもあった両親と3人でばあちゃんの部屋の整理をしていた純平は、戸棚の中にあった遺言書を見つけます。注意深く中身を確認すると、そこには、コンビニ事業を孫である純平に継承する旨が書かれていたのでした。
学生の頃にも何かの代表になんてなったことのない純平は、オーナーとして皆を先導するリーダーポジションなんて自分に務まるわけがない、と最初は酷くうろたえます。しかし、両親をはじめとする個性豊かなスタッフにコンビニのことを教わりながら、少しずつオーナーとして成長していきます。
俺なんかの想像力が及ばないほど大変だっただろう、辛かっただろうすみればあちゃんの生き方が、ほんの少しだけ、羨ましいと思うなんて。すみればあちゃんが知ったら、笑うだろうか。
オーナーとしての苦労を知り、すみればあちゃんがどれだけ大変な思いをしていたかを身をもって体感した純平は、自分の力不足を痛感すると共に、毎日大変な思いをしながらも生き生きと仕事をしていたばあちゃんの姿を思い起こし、羨ましいと感じるのでした。
「でもね、自分を正当な評価以上に低く見積もることは、君を評価してくれた人たちの信用を欠くことにもなるんだよ。つまりはだ、君の価値は君だけの力ではなく、君の働きや将来性を信じた人たちの付加価値によって成り立っているってこと。」
仕事が思うようにいかず腐っていた純平に、常連の轟さんがかけた励ましの言葉です。任された仕事を満足のいくようにできず、自分は仕事のできない価値のない人間だと思ってしまうこともあるかもしれません。しかし、自分の働きや将来性を信じて仕事をくれている人がいるということを忘れずにいれば、心折れずに頑張って続けていけるでしょう。
はじめはうまくいかなかったオーナー業にも慣れ、個性豊かなスタッフとお客さんに囲まれて働くうちに、純平はすみればあちゃんが遺した想いを少しずつ知ることになります。仕事を通じて大切な人の想いに気づく、お仕事小説です。
一文字一文字を手作業で拾う、昔ながらの活版印刷所。――『雨あがりの印刷所』(夏川鳴海)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4048932144/
【あらすじ】
大きなミスをして仕事を辞め、故郷に戻ってきた元印刷会社勤務の主人公・光。就職活動をしながら時間を潰す毎日の中で、ある日、妻の誕生日に自費出版の詩集を送りたいという男性と出会う。詩集を作るため、光は倒産した印刷所を訪れ、一文字一文字を手作業で拾っていく、昔ながらの活版印刷を始めることになった。
『ゴーストフィルム―古森先輩の、心霊動画でも撮りに行きませんか?』で作家デビューした夏川鳴海は、学園青春モノやオカルトものの著者として人気の作家です。優しく温かい登場人物の描き方が評判を呼び、心温まる話で読者からの支持を集めています。
仕事を辞めて故郷に戻ってきた主人公の光は、職安に通いながら兄が営む喫茶店に通う毎日を送っていました。ある日喫茶店を訪れた初老の男性・金治の話を盗み聞きすると、妻が、過去に作った詩集を水害で紛失してしまったことを悲しんでいる、大切にしていたものだったので何とかその失われた詩集をプレゼントしたい、という内容でした。
元印刷会社勤務というだけで、喫茶店のオーナーである兄に「なんとかしてやれ」と協力を押し付けられた光は、金治の話から詩集を印刷した印刷所を見つけだします。しかし、その印刷所は昔ながらの活版印刷を行っている印刷所でした。光と金治は、自身の手でひとつひとつ活字をセットしていく、気の遠くなるような活版印刷をすることになるのです。
結局僕は、分かって無かったんです。自分の選択が……、考えが……、行動が……、誰かの人生に影響を与えてしまうことがあるというのを。会社を辞めるというのは、一番大きな責任の取り方、ですよね?
作業の中で金治に失職の理由を尋ねられた光は、取引先の相手が会社をクビになってしまうほどの大きなミスをしたことを回想します。仕事というものは常に責任が伴うことだということを当時は分かっていなかった、と後悔の念に苛まれるのでした。
まあまだ、すぐに決めなければならないというわけではないと思います。若いんだし、ゆっくりと慎重に、今後のことを考えればいい。たとえまた印刷業に戻るとしても、別の道を歩むとしても、それは光君、君の自由なんだから。
光の話を聞いた金治は、静かにそう告げます。若いうちは失敗することもあるでしょう。後悔に囚われてしまうのではなく、ゆっくりと慎重に今後のことを考えて、自分が本当にやりたい仕事を、責任を持って続けていくことが大切です。
詩集が完成へと近づき、内容の確認作業の中で数十年越しに妻の想いを知った金治と、小さなサプライズを提案する光。老夫婦の思い出の詩集を蘇らせる中で、印刷という仕事への思いを再確認する主人公の姿に感動する、心温まる作品です。
書店員はほんとうに大変だけど、それでも私は本を愛している。――『笑う書店員の多忙な日々』(石黒敦久)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4048938800/
【あらすじ】
東京の小さな書店の文庫文芸担当の主人公、楠奈津。ある日出版社から持ち込まれた新人デビュー作を読んだ彼女は衝撃を受け、全店フェアを提案する。新人の作品が情熱だけで売れるわけがないと周囲から猛反発を受けながらも、「私は売れてほしいと思った本を売りたい!」という強い想いで、フェアの実現のために奔走する。
『人生はアイスクリーム』でメディアワークス文庫からデビューした石黒敦久。著者紹介に「人が働いて、それでお金をもらって、日々暮らしている、当たり前のことですが、そういう当たり前のことがときどき妙に、いとしくなります。」とあるように、日常的な事柄を丁寧に描いた心温まる作風が人気です。
とある本屋で働く主人公・楠奈津は、真剣に本を愛している店員です。ある日奈津は、新人アルバイト・鈴森紗和の教育係を任されることになりますが、紗和は「両親がずっとアルバイトを許してくれなかったけど、東京に出てきてようやく憧れの本屋さんで働きたいと説得できた」と嬉しそうに話す、お嬢様でした。
本屋の店員たちはちょっとした賭け事が好きでした。システム担当の店員と奈津は紗和がこの店でアルバイトを続けるかどうかを賭け、一週間もつかもたないかだろう、とあたりをつけます。
本屋の仕事は文化的に見えてその実、重いものを運び、小売の接客をこなし、時給は最低、嫌われる仕事の三大要素が満ちている。(中略)十八歳のお嬢様が、あこがれだけでできるほど楽な仕事ではない。
どんな仕事にも、お客さんには見せない大変な面があります。ずっと憧れていた素敵な仕事でも、実際にお店の裏側に回ってみると、重労働と絶え間なくやってくるお客さんへの接客があります。憧れと実際とのギャップにショックを受けて、始めてすぐに仕事を辞めたいと思う人も多いのでしょう。
「どういう人なのか、なんで今日、この店にいるのか、そういう理由が、みんなあるってこと。神様じゃなくて、人間なんだから、みんな。接客は、だから、そういうことを考えていくときっと……うまくなると思う。」
予想に反して大変な仕事にもしぶとく耐え、よい店員になろうと努力する紗和に、奈津は「お客様を神様だなんて思わないこと」とアドバイスします。同じ人間としてお客さんがお店に来た理由を考え、お客さんに寄り添ったサービスを提供していくことは、本屋だけではなくどの仕事にも共通して言える大切なことです。
普段の仕事に加えて新人教育に追われながらも、自分が本当に売りたい本を売るために全力で働く奈津。職場に愛と情熱をもって仕事をする主人公の姿に勇気を貰える一冊です。
心の傷を美味しい料理に変えてあなたを癒します――『繕い屋 月のチーズとお菓子の家』(矢崎存美)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B0788KZN5S/
【あらすじ】
依頼人の夢を行き交い、心の傷を美味しい料理に変えることで癒やしてくれる不思議な料理人、平峰花。どんな悪夢も、花の手によってチーズやキノコのステーキにみるみるうちに変わっていく。過去にとらわれる人たちを、過去を食べて消化させることで救う料理人の、心温まる連作短編集。
日本推理作家協会や日本SF作家クラブ会員である矢崎存美は、代表作の「ぶたぶた」シリーズをはじめとする幅広い著作を出版しています。動物が主人公の小説から本格推理小説、料理小説まで、様々な作風で大人から子供まで幅広い層に愛されている作家です。
主人公の花は、人の夢を行き交って心の傷を美味しい料理に変えて癒やすという不思議な能力を持った女性です。大きな傷を負った人に声を掛けると、最初は皆、花のことを不審がりますが、花の能力に癒されて帰っていくのでした。
リストラを宣告されたサラリーマンや家族を失った女性が毎夜見る悪夢も、花の手によってみるみるうちに月のチーズやキノコのステーキに変わります。消えない過去に縛られる人々を、食べて「消化」させることで救うのが花の仕事です。
「傷を食べるんです」
「……消化する、ということ?」
「そうです。わたしは、それを食べさせることができる。そうやって傷を繕う『繕い屋』なんです、わたし」
「繕い屋」の仕事は、人の傷が見える花にしかできない仕事でした。能力と体力を消耗し、気分を悪くしながらも花がこの仕事を続ける理由は、人を救いたいからというよりも、心の傷によって生まれる怪物と戦うのが嫌だ、という思いでした。
死んだ母から最後に贈られた言葉は、「『人の”傷“を治す』ということは花にしかできない」ということと、「自分のできることをやりなさい」ということ。
特別な能力を持ち、自分にしかできない仕事があるという環境。仕事に誇りがあっても、逃げ出すことのできない、代わりのいない仕事は大きなプレッシャーになるでしょう。しかし、花は仕事から逃げ出すことはせず、自分のために日々人々の心の傷を癒すのです。
花を知る人は少なくても、花に会って救われた人は皆花に感謝します。人々に必要とされる仕事が使命である主人公の、穏やかな気持ちになれる連作短編集です。
どんなささやかな相談事も大歓迎の街のヒーロー!――『こちら市役所市民課ヒーロー係です。』(銀南)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4049120453/
【あらすじ】
地域のイベントでヒーローアクションをこなすことと、市民課の隅の窓口で市民の相談に耳を傾けることが仕事の、ちょっと変わった窓口・「ヒーロー係」。前向きで猪突猛進な青空あおいと、不愛想な相棒・高松幸之助が、市民の小さな相談事と全力で向き合い、悩みを解決する。
第21回電撃小説大賞への応募をきっかけにして作家デビューした銀南は、デビュー作で代表作である『くじらな彼女に俺の青春がぶち壊されそうになっています』をはじめ様々なライトノベルを著し、特に若い層から高い人気を得ています。
市役所市民課のちょっと変わった窓口、ヒーロー係に努める青空あおい。市民の困りごとの力になるため、相談窓口で断られた人に片っ端から声を掛け、困りごとを解決しようとします。
そもそもヒーロー係とは、イベントでヒーローアクションをこなしながら、普段は市民の相談に耳を傾けることが仕事です。相談に来た人たちを助けたいという強い気持ちを持つあおいですが、勢いだけでどんな小さな相談もすぐに行動に移そうとするところを、先輩である高松幸之助に諫められます。
「依頼人の情報、依頼内容、具体策、日時場所、どこで何をやるつもりでどう終わらせるのか、書類にまとめて上司に提出しろ、それが役所のやり方だ。上の許可なく勝手に動くことは許さない」
市民を救う「ハッピーマン」というマスコットキャラクターとして任命された仕事でも、お役所仕事であることには変わりはありません。きちんとした手続きや報告がなくては、いくら市民に感謝されようが、だめな職員になってしまうのです。
ハッピーマンという仕事は、市民のみなさんがいて成り立つものだと私は思います。その市民に見向きもされないようじゃ、存在しないのと同じです。だから私は、まず知ってほしいと思う。
市民に見向きもされず何の力にもなれないよりは、どんな小さなことでも力になって市民の味方である自分たちの存在を知ってほしいと考えるあおい。自分の仕事に誇りをもち、人々の助けになりたいという思いは、働く大人として立派なものです。
勢いだけで突っ走りそうになるところを何度も幸之助に注意されながらも、ひとつひとつ市民の悩みを解決し、人々に感謝されます。自分の仕事に誇りをもって働く主人公の姿に勇気づけられる小説です。
おわりに
今回は、職場や仕事を舞台に頑張る主人公の小説5選を紹介しました。たくさんの種類の仕事がある中で自分の仕事に誇りをもち、大変な仕事にも耐え抜く姿に、勇気づけられます。
自分が本当にやりたい仕事に就けた方も、毎日の業務が嫌になってしまうこともあるかと思います。そんな時はぜひ今回紹介したお仕事小説を手に取り、主人公の姿に重ねてもう一度仕事と自分を見つめなおしてみてはいかがでしょうか。
初出:P+D MAGAZINE(2019/04/18)