【コロナ禍の憂鬱を吹き飛ばせ】人気小説家たちを身近に感じるエッセイ4選

感動する青春物語や驚きの結末が待っているミステリなど、魅力的な物語を書く作家たちは、ふだんはどのような日常を送っているのでしょうか。作家たちの日常風景や妄想が詰め込まれた選りすぐりのエッセイを4作品紹介します。

『あのころ僕らはアホでした』東野圭吾


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1985年に『放課後』第31回江戸川乱歩賞を受賞し、ミステリをメインに数多くの作品を生み出してきた東野圭吾
そんな東野は小学校を卒業した後、ワルの巣窟とも言われるH中学校に進学します。

乱闘は日常茶飯事、繁華街で補導されるなんていうのはかわいいほうで、万引や恐喝などで捕まった生徒を、教師と親が引き取りに行くなんてことはザラだった。トイレは常に煙草臭く、廊下は賭博場と化し、体育館の裏はリンチ場になっていたという。

「ワルグループに入っていない者の中で一番背が高い」という理由でクラス委員になってしまったり、教室が無人の時にワルたちに弁当を食べられてしまったり……と強烈な体験ばかり。

波瀾万丈だったH中を卒業し進学先に選んだのは、制服の廃止を巡って日本初の学園紛争を行ったと言われるF高校です。

ある時、一人の男子生徒がスパナを持ってきた。そしてボルトの一つをこっそりと外した。するとそこにはボルト穴だけが残った。当然その穴は、女子側に通じていた。いつもいつも艶めかしい声だけを聞かされていた僕たちにとって、その穴は未知の世界への入り口ともいえた。

はっきりいって僕たちは、勉強以外のことなら何でもやった。手間も金もプライドも惜しまなかった。

こっそりと女子生徒の更衣室に穴を作って着替えを覗く、テストのカンニングに命を懸けるなど、やんちゃな青春を送っていた姿を想像できます。

東野は幼い頃から読書嫌いだったようです。

僕は子供の頃から読書というものが大嫌いだった。姉たちが世界児童文学全集なんかを読んでいるのを見て、あんなものどこが面白いんだと馬鹿にしていた。ちょうど各家庭にテレビが普及し始めたころでもあったから、活字離れの第一世代だったのかもしれない。

しかし高校生の時、次姉に小峰元の小説、『アルキメデスは手を汚さない』を借りたことで、推理小説の面白さに気付き、読書に夢中になります。

推理小説というのは、なかなかいけるな―この時はじめて、こう思った。
読書と無縁だったのだから当然のことだが、それまで推理小説というものに接したことは一度もなかった。次姉がすでに松本清張の愛読者になっていたのだが、なんかしらんけど退屈そうなもん読んどるなあと思うだけで、全く関心を持てなかったのだ。

それから次姉に別の本を借り、自分でも本を買うようになり、ついには推理小説を書くようになったそうです。

推理小説の何が自分をひきつけるのか、このころはまだよくわからなかった。読書のビギナーに、そこまで分析することは無理だし、そんな必要もなかった。
 そんなある日、僕はとんでもないことを考えた。大胆というか、命知らずというか、なんと自分で推理小説を書いてみようと思い立ったのである。もともと僕は、怪獣映画に夢中になっていた頃から映画監督になりたいと思っていたほどで、物語を創作すること自体は嫌いではなかったのだ。

もともと読書嫌いだったり、悪いことをしたり、小説からは見えない部分を曝け出した本作。タイトル通り愉快なエピソードが盛り沢山です。

『時をかけるゆとり』朝井リョウ


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大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』第22回小説すばる新人賞を受賞し、卒業後は『何者』第148回直木賞を受賞した朝井リョウ。20代で様々な賞を受賞している彼が、「ゆとり」と呼ばれる世代としてどのような体験をしてきたのか覗くことができます。
文庫化に伴い『学生時代にやらなくてもいい20のこと』を改題した『時をかけるゆとり』は、社会人になってからの珍事件も追加されています。

朝井の大学には学部を問わずに受けることができ、取得した単位が卒業単位として認定される「オープン科目」という講義がありました。「オープン科目」の中から格好良い名前の「ファイナンシャル・プランニング」を選び、普段受講している教室やキャンパスとは違う空間に心を躍らせながら講義を心待ちにしていました。

そして、いざ講義が始まってみると、私たちは硬直することになる。
講義が全くわらかないのだ。
こんなにもわからないことがあるのか、というくらいにわからない。漫画などでよく見る「何がわからないのかわからない」という状況である。あんなにわくわくしていた様子の友人も、いつのまにか能面のような表情になっている。きっと友人から見た私もそうなのだろう。人生で一番わからない。

何もわからないまま最終講義まで受け続け、ついに迎えた期末試験。人生で初めての「絶句する」という体験は、試験内容がわからなさすぎるというものでした。

そして衝撃的なことに、友人は涙を流していた。わからなさすぎて、である。

「友人と共に心がズタズタになった」という苦い思い出が残りましたが、後日友人から驚きの言葉を聞くことになります。

「教室、ずっと間違えてた。あれオープン科目じゃない。普通の商学部の授業なんだって……」

まさに絶句してしまう結末です。その他にも珍事件だらけの学生時代を送っていたようです。
そんな中で成長を重ね、心を揺さぶる青春群像劇を描く洞察力が生まれたのかもしれません。

『3652―伊坂幸太郎エッセイ集―』伊坂幸太郎


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「エッセイが得意ではありません」と語る伊坂が時折書いてきた貴重なエッセイを、デビュー10周年の記念としてまとめたのが『3652-伊坂幸太郎エッセイ集-』です。作家として活動してきた10年プラス閏年の2日を含めた3652日がタイトルの由来です。

好きな映画や小説の話、日常の出来事のほか、作品の裏話も多数収録されています。「『オー!ファーザー』の主要登場人物には文豪の名が使われている」「様々な作品に登場する『ラッシュライフ』の泥棒・黒澤の名は、大好きな黒沢清監督から拝借した」など、執筆の裏側がわかるエピソードが満載です。

伊坂がエッセイを書く際には、意識的ではなく父の話を取り上げることが多いといいます。

父は正義の人である。
「間違っていることは間違っていると誰かが言わなくてはいけないんだ」とよく言った。
たとえば人間の無知につけこもうとする輩が現れたり、もしくは権力を持った何らかの組織が弱者に対して横暴なことをはじめると、血相を変えて怒り出したりもした。

善意や正義で行動する伊坂の父は、彼の作品で活躍する登場人物のルーツになっているのかもしれません。その反面、ネタとなる逸話を数多く持つ、掴み所のない部分もあるのだとか。

彼のスラックスのポケットにはいつも、ドッグフードが入っている。ハンカチはなくとも、ドッグフードは常備している。どろっとしたタイプの物ではなく、乾燥したスナック菓子のような物だが、袋や箱に入っているのではなく、そのままポケットに入っている。

そしてそのドッグフードを出会った犬に差し出したり、犬小屋に向かって投げたりするのだと言います。ユニークな父に育てられたことは、ミステリの中にユーモアを混ぜ合わせる伊坂の文章に影響があったことは想像に難くありません。

ページの下部には注釈が入っており、エッセイを書き上げた10年前とは違った伊坂の言葉遊びが楽しめます。様々などんでん返しのストーリーを輩出してきた伊坂を身近に感じられるエッセイです。

『お友達からお願いします』三浦しをん


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冒頭に「精一杯よそゆきの姿勢を装って執筆した」と書かれている本作は、三浦しをん15作目のエッセイ集です。日常を切り取りながら様々なテーマと向き合っており、ところどころで本音が垣間見える、魅力的な1冊です。

私も最近、オヤジギャグを連発するようになってしまった。なにかひとつの単語を聞くと、同音異義語が次々に連想され、ぬるいギャグを言わずにはいられない。加齢とともに語彙が増え、連想が無限大に広がるようになったんだ、と解釈したいところだが……。

と語るように、1冊を通して笑いと情熱、そして妄想とオヤジギャグがふんだんにちりばめられています。

ところで私はエッセイで、乗り物のなかで聞いたいろんな会話をよく取りあげる。いつもひとの話を盗み聞く、スパイみたいなやつだと思われるかもしれないが、実際のところそのとおりだ。いや、スパイなわけではない。ひとの話に聞き耳を立てるのが大好きなのだ。見知らぬひとがどんな生活をして、なにをしゃべっているのか、その一端を垣間見るのは楽しい。

電車やバスに乗る際には、周りに目を向け、耳を傾けてみると、新しい発見やちょっとした笑いと出会えます。

第3章は「旅」がテーマのエッセイが中心となっているため、読み終えた時にはどこかへ出掛けたような気分になれます。

大切なものを見誤らないように、今後も考え、感じ、想像して、日常のなかのちょっとした楽しさをエッセイにしていければいいなと思っている。

日常の中に楽しみや面白さを見出すことで、日々進化を遂げている三浦ワールド。読み進めるほどに、ありふれた日常を大切に想うことの尊さが伝わってきます。

【おわりに】

今回紹介したエッセイには作家のことが身近に感じられる選りすぐりの面白エピソードが満載で、「シリアスな小説を書いている背景にはこんな出来事があったのか」「こんなことを考えてあの作品を書いたのか」と、新しい一面を見ることができます。
感染症の拡大を防ぐため外出を自粛したり、人と会うことを我慢したり、家で過ごす時間が増えた方も多いでしょう。漠然とした不安が押し寄せてきた時には、こんなエッセイを読んで、ほっこりしてみませんか。

初出:P+D MAGAZINE(2021/06/03)

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