このクリスマスがひどい! 聖なる日に読みたくない小説4選

街中にカップルや幸せな家族連れが溢れるイベント、クリスマス。聖なる夜を毎年憂鬱な気分で過ごしているという方のために、「ひどいクリスマス」を描いた選りすぐりの小説を4作品ご紹介します。

人間には2種類のタイプがいます。言うまでもなく、クリスマスが近づいてくるとワクワクする人と、そうでない人です。おそらく、文学をこよなく愛する皆さまにおかれましては、後者にあてはまる方のほうが、前者よりも少しだけ多いのではないでしょうか(P+D MAGAZINE勝手調べ)。

街にカップルや幸せな家族連れが溢れるクリスマスというイベントを穏やかな心持ちで乗り切るため、今回は文学作品の中から「最低なクリスマス」が舞台のものだけをセレクトしてご紹介します。4作品のひどいクリスマスをご覧になって、少しでも皆さまの重く暗い気分が晴れたなら幸いです。

1. イブの夜、自分の掘った穴に落ちる──『羊男のクリスマス』

羊男のクリスマス
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村上春樹と絵本作家の佐々木マキによる『羊男のクリスマス』は、聖なる夜にドーナツを食べたせいで不幸な呪いにかけられてしまった男が、呪いを解くために奮闘するという奇妙なストーリーです。

物語の舞台は、羊の衣装を着た羊男たちが住む「羊男世界」。主人公の羊男は、夏の盛り、クリスマスに演奏するための音楽を作曲してほしいとある男から頼まれます。羊男はあれこれ考えるものの、夏が過ぎ、秋が過ぎても音楽は一小節たりとも思い浮かびません。

ついにクリスマスまであと4日となったその日、羊男は「羊博士」なる人物から、作曲ができないのは去年のクリスマスイブに穴のあいたドーナツを食べたせいだと告げられます。

「いいかね。十二月二十四日はクリスマス・イブであると同時に、聖羊祭日でもあるんだ。つまりこの日は聖羊上人が夜中に道を歩いておられて、穴に落ちて亡くなられたという神聖な日なんじゃ。だからその日に穴のあいた食物を食べちゃいかんというのは昔むかしからきちーんときまっておることなんじゃよ」

その呪いを解くための唯一の方法は、クリスマスイブの夜に自分で穴を掘り、その底に落ちることだと教えられる羊男。嫌々ながらも、彼はイブの夜、ひとりで体を冷やしながら、2メートル以上もの深さの穴を掘ることになります。

作曲のできない理由が1年前に食べたドーナツにあるというだけでも理不尽なのに、呪いを解くためには穴に落ちなければいけない、というさらなる理不尽が追い打ちをかけます。なにも悪いことをしていないのに、最初から最後までさまざまな登場人物たちに馬鹿にされ、シュールな不幸に巻き込まれ続ける羊男。
彼に同情しつつも、その不幸の引きの強さに思わず笑わされてしまう怪作です。

2. クリスマスムードの繁華街を、気が狂いそうになりながら歩く──『太陽の塔』

太陽の塔
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アンチ・クリスマス文学の金字塔として高い人気を誇るのが、森見登美彦のデビュー作である長編小説『太陽の塔』。クリスマスを心の底から忌み嫌う大学生・森本(私)が、クリスマスを打倒するために奮闘する物語です。

“昨今、世の中にはクリスマスという悪霊がはびこっている”と断言する森本。彼は、クリスマスシーズンが来ると決まって浮かれる、街の空気をこんな風に表現します。

クリスマスとは、あの学園祭の集団的錯乱状態を全国規模に拡大したものと言える。学園祭ならば、校外に出てしまえば気にならない。しかしクリスマスとなると、どこへも逃げることができない。たとえ下宿に籠もっていても、携帯電話の待ち受け画面、あるいは大学の知人、あるいはテレビ・新聞などの各種メディアが、執拗に追いかけてくる。

森本がこれほどまでにクリスマスを憎む理由は、彼自身が2年前のクリスマス直前、恋人に振られるという痛ましい経験をしたから。クリスマスの夜、森本はカップルで溢れる京都の街の中をひとり歩きながら、心の中で悪態をつきます。

どこもかしこもクリスマスカラーで溢れ、どの店舗も「くりすますくりすます」と絶叫し、一定間隔を置いて金モールをからめた何と言うのか知らない緑色の輪っかみたいなものがぶら下がっている。(中略)人混みを掻き分け掻き分け歩いて行くと、各店舗から街路へ流れ出す色々なクリスマス音楽が混じり合い、気が狂いそうに破廉恥なリズムとなって、私を悩ませた。

店頭の音楽を「破廉恥なリズム」と言い切る、清々しいほどの僻みっぷり。繁華街をひとりで歩くというストレートなクリスマスの過ごし方だからこそ、読んでいて心に突き刺さるものがあります。クリスマス前に恋人と破局した経験のある方はトラウマが掘り起こされてしまう可能性が高いので、読まれる際はどうかお気をつけください。

3. お隣さんのために預かった“鶏の丸焼き”と留守番する──『クリスマスイブの犬の災難』

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『クリスマスイブの犬の災難』収録/出典:http://amzn.asia/d/9QicLHe

戌井昭人による短編小説『クリスマスイブの犬の災難』は、古典落語の演目のひとつ、「猫の災難」を現代風にアレンジした物語です。

主人公はネジ工場で派遣社員として事務の仕事をしている、繁子さんという30歳の独身女性。クリスマスイブの夜、300個で受けたネジの注文を30000個と誤って顧客に大量発送してしまい、夜遅くまで残業することになってしまいます。

どうにか仕事を終わらせて繁子さんがアパートに帰ってくると、隣人の峰岡さんの家の前に肉屋の配達人が立っていました。配達人は、まだ50軒以上の配達が残っているので、「これを預かって峰岡さんに渡してほしい」と繁子さんに紙袋を渡します。

繁子さんが渋々受け取った袋の中身は、峰岡さんが恋人の男と食べるために注文した鶏の丸焼きでした。繁子さんはひとり、部屋で鶏の丸焼きとともに隣人の帰りを待ちながら、過去を回想します。

繁子さんは、以前付き合っていた彼と別れて一年になる。このアパートに引っ越してくる前は、その男と一緒に、四年三カ月、隣の街に住んでいた。
そろそろ結婚かな? と繁子さんは思っていた。けれども一年前、彼に「好きな女性ができた」と言われて、別れることになった。(中略)
箱の中の丸焼きを眺める繁子さん、たちのぼる匂いを嗅いで、唾を飲み込むと、微かに香ばしい鶏肉の味がしたような気がした。
あの人は、これを男と一緒に食べるって寸法なんだ。たぶんワインなんか飲みながら、それで食べ終わったら、くんずほぐれつするんだろう。

鶏の丸焼きというクリスマスムード満点なアイテムのせいで、考えれば考えるほど、不愉快なことばかり思い浮かべてしまう繁子さん。クリスマスの夜、嫌々ながら仕事やアルバイトでサンタ帽を被らされたりした経験のある方は、彼女のその虚しい気持ちが痛いほど分かるのではないでしょうか。

4. イブに殺人事件が起きるザ・悲劇──『ポアロのクリスマス』

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出典:http://amzn.asia/d/5NGaDZN

行く先々でなぜか殺人事件に出会ってしまう──というのは名探偵の条件とも言えますが、その舞台がクリスマスとなると穏やかではありません。最後にご紹介するのは、クリスマスイブの夜に起こった殺人事件をテーマにした、アガサ・クリスティの推理小説『ポアロのクリスマス』です。

クリスマスイブの晩、偏屈な富豪老人、シメオン・リーの部屋に彼の一族が集められます。性悪なシメオンは、家族を仲違いさせるために、自分の莫大な遺産の分配方法を記した遺書をこれから書き換える、と告げるのです。

久しぶりの一家団欒かと思われた聖夜の晩餐会は、シメオンの宣言を引き金に一気に不穏な空気に。そしてその晩遅く、悲劇は起こります。シメオンの悲鳴を聞きつけた家族が部屋に駆けつけると、彼はもう、亡くなっていました。

赤々と火の燃えている炉の前の敷物の中央に、シメオン・リーが血まみれになって横たわっていた……。あたり一面血の海で、そこら中に血がとびちり、まるで戦場のようだった。(中略)
リディアの声は、風にふるえる木の葉のささやきのように、ふるえていた。
「あの年寄りが、あんなにたくさんの血をもっていたと、誰が考えただろう……?」。

シメオンの部屋からは犯人も凶器も消えており、あるのはシメオンの血まみれの死体だけ。名探偵エルキュール・ポアロは、ひょんなことからこの事件の捜査を担当することになりますが、調べれば調べるほど、この一族の仲違いの歴史があまりにも根の深いものであることに気づくのです──。

おぞましい殺人事件をテーマにした本作ですが、老人の血や暖炉の火といった“赤い色”が象徴的に描かれていたり、チャールズ・ディケンズの名作『クリスマス・カロル』からの引用があったりと、事件のおどろおどろしさに反し、クリスマス的なムードは満載
クリスマス気分は味わいたいけれど、普通のストーリーでは満足できない……という個性豊かな読者の方には、特におすすめの1冊です。

おわりに

街にクリスマスソングが流れるタイミングは年々早くなり、近年では、11月頃から気の早い「ジングル・ベル」が聞こえてくることも珍しくなくなりました。
そして今、街はすでにクリスマス一色。聖なる夜と聞くとつい眉をひそめてしまうようなひねくれ者の読者の方も、お正月がくるまでは、このムードの中をどうにか生き抜かなければなりません。

クリスマスソングやイルミネーションの賑やかさに疲れたときは、今回ご紹介した4つの作品を手にとり、「こんな辛いクリスマスを味わう人たちがいるなら、自分はまだ平気かも……」と感じていただけたらと思います。クリスマスが好きな方もそうでない方も、メリークリスマス!

初出:P+D MAGAZINE(2018/12/14)

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