採れたて本!【エンタメ#05】

採れたて本!【エンタメ】

 他人の料理の手つきを見ていると、「性格が出るな」と思う時がある。大雑把な人はやっぱり大胆な料理を作るし、繊細な人はやっぱり丁寧な料理を作る。本作は、これでもかと細かく丁寧に、そして神経質に、ロシアのお菓子作りを描写した場面から始まる。そんな繊細な料理を作る主人公キーラは、見た目は強く大胆に見えても、性格の奥底は神経質で臆病で、しかしだからこそ様々な人を守ろうとした女性だった。

 時代は帝政ロシア末期。孤児として育ったキーラは、ある偶然から貴族の娘エレナの従者となる。日々様々な料理を作り、その類まれなる身体能力を活かしてお嬢様の相手をする。同性愛者であるキーラは、エレナとも身体の関係を持っていた。しかしそんな日常は、時代の渦と大衆の暴力によって奪われる。キーラは、友人のニリやマリーナとともに、モスクワへ向かう。

 20世紀初頭のロシアを横断しながら、キーラの人生が描かれる。なかでも特筆すべきは、その細かい料理の描写ではないだろうか。キーラの料理の腕前は一流なのだが、その描写がものすごく丹念なのだ。キーラはある能力を持っていて、そして更にナイフや銃を使いこなせるほどに運動神経が並み外れている。そしてレズビアンであるという、「普通の人生」から外れた存在ではある。が、彼女を人々ともっとも繋ぎ合わせているのが、料理なのだった。自分の仕える主人に料理をつくったり、あるいはレストランで他人に料理を出したり、あるいは自らの好きな女性にお菓子を渡す。ともすると他人を振り切ってしまいそうな性格である主人公が、偏執的なまでに執心する料理によって、他人と繋がる。そしてどうにかその他人を手放したくないと願う。しかし時代が彼女の願いを許さなかった。

 時代としては百年ほど前の話だが、宗教的な弾圧による同性愛迫害、あるいは、一方的な偏見や差別によるいわれなき暴力、国家によって振り回される民衆といった、本作で提示されたテーマは、現在もなお問題となっている。2022年に本作が出版されたのも、偶然だろうが、どうしても時代との合致を感じてしまう。キーラのような、時代によって恋を奪われた女性がひとりでも生まれないように、という願いすら読み取ってしまいそうになる。キーラが好きな女性のもとで料理を作り続けられるような、そんなアナザーストーリーは存在しなかったのか、と読者としては考え続けてしまうのである。

蝶と帝国

『蝶と帝国』
南木義隆
河出書房新社

〈「STORY BOX」2022年10月号掲載〉

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