採れたて本!【ライトノベル#05】

採れたて本!【ライトノベル】

 小学館ガガガ文庫は、渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』や今月、アニメ映画版が公開される、八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』など、若い読者の生身の声に寄り添うような青春小説を数多く送り出してきたレーベルだ。その新人賞である、第16回小学館ライトノベル大賞を受賞したのが四季大雅『わたしはあなたの涙になりたい』である。幼い頃に母を亡くした少年・三枝八雲と、天才的なピアノの才を持つがゆえに、母親から虐待じみた練習を強いられる少女・五十嵐揺月の交流を、切実な語り口を通じて描く、とても美しい物語だ。なので、この紹介で興味が湧いたという方は、是非、本を手にとって頂きたい。これから本欄は、この作品について語るため、その内容に少し踏み込みます(以後、物語の核心に触れます。未読の方はご注意ください)。

 本作は一言で言えば「難病もの」だ。少年と運命的な出会いを果たした少女が、突如、難病を発する……というよくできた、そして、よくある話である。ところが本書の最大の特徴は、そうした定番を用意しながら、同時にそれに抗うところにある。たとえば難病におかされた美少女天才ピアニストのドキュメンタリーを撮りたいと訪れた映画監督の申し出を、揺月は、「完璧なお涙頂戴映画」だと切り捨てる。まるで自作自身を否定するかのように。美しい悲恋の物語を描きながら、同時に人の死を物語として消費することを糾弾する。そんな矛盾の中で、か細いタイトロープを渡るようにして書かれた物語が本作なのである。

 作中、揺月のピアノに導かれるように、主人公の八雲もまた、作中で小説家を志すのだが、彼の作品は編集者に「濃すぎる」と駄目だしをされてしまう。それはそっくり本作にも当てはまる。たとえば体が塩に変わるというフィクショナルな難病と対置されるように(おそらくは著者の実体験に基づくであろう)東日本大震災の生々しい記憶が語られる。作中の多くの引用のうち、ケルト神話にまつわる部分は、あるいは同時に夭折したSF小説家・伊藤計劃の『ハーモニー』(ハヤカワ文庫JA)も意識しているのかもしれない。しかし、作者の人生と問題意識のできるかぎりを詰め込んだような「濃さ」でありながら、それが混沌というよりもガラス細工のような繊細さとして表現されているのも本作の魅力である。

 本作は美しい死別の物語であると同時に、最愛の人を失った人間が作家として再生するまでを描いた「オリジン」の物語だ。この書き手の物語の続きを、とても楽しみにしている。

わたしはあなたの涙になりたい

『わたしはあなたの涙になりたい』
四季大雅 イラスト=柳すえ
ガガガ文庫(小学館)

〈「STORY BOX」2022年10月号掲載〉

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