源流の人 第34回 ◇ 石田泰尚(ヴァイオリニスト)

硬派で無骨、唯一無二の存在感放ち精力的な日々送るヴァイオリニスト
東西の名門オーケストラを束ねつつ弦楽アンサンブルの未来を照らす

源流の人 第34回 ◇ 石田泰尚(ヴァイオリニスト)

クラシックの新たな可能性を引き出すために──。「組長」は次のステージへと続く扉を開いてゆく。


 いかつい風貌。鋭い眼光。

 そして、「自らを厳しく律する者」でなければ到底、着こなせない、大胆かつ独創的な衣装──。

 インタビュー部屋に現れたヴァイオリニスト・石田泰尚は、舞台で魅せる佇まいそのままだった。

 想像していたことではあったが、一同に緊張が走る。

石田泰尚さん

 インタビュアーに対し、口数の極めて少なそうな音楽家であることは、他の媒体を通じ、予め知っている。

 神奈川フィルハーモニー管弦楽団(神奈川フィル)で、石田は長らくソロ・コンサートマスターを務めてきた。

 ソロやユニットでの活動も含め、年間百五十公演近くもの舞台に立ち、おそろしく精力的な日々を送る。

 筆者が初めに石田を知ったのは「神奈川フィル」だった。だが、とりわけ存在が光って見えたのは、自身の名を冠した弦楽アンサンブルユニット「石田組」での公演だった。

クラシックに興味のなかった人にも届くように

「石田組」──それは石田の呼びかけによって二〇一四年、結成された。メンバーは約五、六十人もいて、石田を「組長」として慕う精鋭のプレイヤーが、「組員」として公演ごとに招集され舞台に立つ。

 楽曲のラインナップは百花繚乱だ。バロック音楽をはじめとするクラシックは勿論のこと、映画音楽、ブリティッシュ・ロックに至るまで網羅している。このほど、サントリーホールでの五年連続の公演も決まった。堅い印象を抱かれがちな弦楽アンサンブルにおいて、その斬新な存在が脚光を浴びている。

 石田は語る。

「『組員』が固定じゃない理由は、簡単です。演奏会の日程が決まっても、スケジュールが合わない人がいる。そんなこんなで、声を掛け続けていったら、こんな大所帯になりました。『組員』がこれだけいれば全然困りません。公演日に合わせ、自分のイメージに合わせ『この人たちを呼ぼう』。それでも質は変わらない。そこが(石田組の)『良さ』というところ。だから楽しい」

石田泰尚さん

 もうすぐ「組」は結成十年を迎える。

「組長」の眼差しは、ただ一方へと向く。

「クラシックに興味のなかった人も、聴きに来てほしい。狙いはそれです。これからもこのプログラムは変わらない」

 

 この春、「石田組」として二枚目となるCD「石田組2023・春」が発売された。幅広い曲想の異なるレパートリーを、緻密に、かつダイナミックに再現している。

 
「キル・ザ・キング」(レインボー)
「輝ける7つの海」(クイーン)
「ニュー・シネマ・パラダイス」(エンニオ・モリコーネ)
「4つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ長調、作品3-1 RV549」(ヴィヴァルディ)
 ……。
 

 特にクイーンの楽曲には、「この一音に懸ける」というような強い意志、さらに言ってしまえば「ドス」を感じる瞬間がある。エンニオ・モリコーネの旋律には、独特な寂寥と郷愁がにじみ出ている。

 そして音源はライブだ。その臨場感たるや!

 ……そう感想を伝えると、石田はほんの少し表情を緩めた。
 

「CDを出すなら、ライブ録音。一発勝負が僕、好きなので。二時間半(の公演)は長いけど、でも一瞬で録るんです」

石田泰尚さん

 音源は、二〇二二年八月に行われた「ミューザ川崎シンフォニーホール」での公演のものが採用されている。今夏、発売される三枚目CD「石田組 2023・夏」も同日収録の音源だ。

 
「協奏曲集《四季》作品8」(ヴィヴァルディ)
「ホワットエヴァー」(オアシス)
「ありがとう」(いきものがかり)
 ……今回もヴァラエティに富む曲目が並ぶ。
 

 ちょうど今、CD発売記念ツアーで彼らは全国を回っている。弦楽アンサンブルの豊かな可能性を新たに知るひとが、日を追うごとに増えていく。

一つの公演に命を懸ける

 それにしても、この三年間の疫禍を経て痛感した。

 わたしたちが同じ空間で音楽を享受することが、いかに尊いものだったか──。

 そう切り出すと、石田は、沈思黙考した後、一言ひとことを探るように語り始めた。

「一回目の『緊急事態宣言』みたいなもので、二、三か月、何もかも無くなって、ですね……。また、活動が再開された時に、最近はもう、お客さんも一〇〇%入れるようになりましたけど……、最初は五○%だとか……。で、だんだん増えていった感じなんですけど……。コロナの前から、『つねに全身全霊』というか、『全力でやる』っていうのは、……今でも変わらないんですけど。でもさらに、『一つの公演に命懸ける』じゃないですけど、思っていますね」

石田泰尚さん

 命を懸ける。彼はそんな言葉を使った。

「またね、何が起きるかわからないじゃないですか。また何かがあって、全部がストップする可能性も無くは無いので。もう、とにかく、『目の前の本番に、さらに全力で挑む』っていうように、なったかなっていう感じです」

 不要不急、などという忌まわしい言葉を浴びせられ、自粛と言う名の相互監視が始まって──。

 寛解、緊張、寛解、緊張を繰り返し、聴衆らは長らく「ブラボー」の声を掛けることさえ慎んできた。

 でも、今は違う。

 またこの先、どうなるかはわからない。

 けれど、少なくとも今なら「ブラボー」が言える。

 石田はこの日初めて表情を大きく崩し、こう語った。

「やっぱ、掛け声は、いいっすね!」

コンサートマスターの役割とは

「神奈川フィル」で石田は、ソロ・コンサートマスターに従事しつつ(現在は首席)、二〇二〇年からは京都市交響楽団(京響)でも、「特別客演コンサートマスター」に就任している。コンサートマスター(コンマス)の役割を、石田はどう捉えているのか。

「わかりやすく言うと、指揮者が監督で、コンサートマスターがキャプテン。百人近い(楽団の)メンバーにストレスなく、気持ち良く演奏してもらうための雰囲気づくりが大事である、と」

 楽団の「雰囲気づくり」を担う人。石田は柔和な表情で、辛辣なことを言い始めた。

「たとえば、どうしようもない指揮者とか、いるんですよ。良い指揮者だったらいいんですけど。どうしようもない指揮者が来ると、雰囲気が悪くなるんですよね。そういうところで、自分が先頭に立って、ちょっとユーモアを入れたり。『まあまあまあ』。そういうの、大事かな、みたいな。はい」

石田泰尚さん

 逆に、緊張感を持たせる役割も……?

「勿論あります」

 ビシッと言い切った。

 繊細さが持ち味の「神奈川フィル」。
 各パートのバランスがまとまった「京響」。

 それぞれの美点を活かすべく、石田は心血を注いでいく。彼は言う。

「コンサートマスターっていう仕事に対し、自分のなかで魅力が無くなる日まで、続けたい」

意識を変えた恩師の言葉

 一九七三年、石田は神奈川県川崎市に生まれた。三歳の時、たまたま近所にあった音楽教室「スズキ・メソード」に通い始めたのが、石田と音楽との最初の出合いだ。

「スズキ・メソード」……ヴァイオリン奏者・教育者、鈴木鎮一(一八九八年~一九九八年)によって創始され、日本や米国に広がった音楽才能教育の実践拠点として知られる。いまも数多くの音楽家を輩出している。石田は振り返る。

「楽しかったです。毎年、夏に夏季学校で長野県の松本に行って。合宿でみんな、バアッて揃う、みたいな」

石田泰尚さん

 石田が十歳の頃、一家は東京の多摩ニュータウンに引っ越し、石田は、神奈川県藤沢市の「藤沢ジュニアオーケストラ」に参加するようになる。

「月に二回ぐらい練習に行っていました。わりとゴリゴリやっていましたよ。『未完成』とか弾いていました」

 あくまでヴァイオリンは趣味として続けていた。

 まわりの友だちと同じように、野球やサッカーに明け暮れる放課後もあった。多摩センターの駅で友だちと過ごす夕暮れもあった。ヴァイオリンの練習に行くのに躊躇する日が、無かったといえば嘘になる──。

 けれども、石田はヴァイオリンを手放すことはしなかった。

 大学を併設する私立高校に進み、このままエスカレーター式に上がる……と思いきや、キャンパス見学に訪れた三年の秋の日、石田は音楽大学への進学を決意する。

 このまま安穏とした空間に身を置くことへの、本能的な拒否反応が発動したのかもしれない。

 ここからは突貫工事だ。ヴァイオリンの実技をさらに磨き上げ、楽理(音楽理論)を猛勉強し、受験に必要なピアノ演奏の技術を磨き──。その甲斐あって、私立音大の名門で、恩師の母校でもある国立音楽大学に、石田は入学を果たした。一九九一年のことだ。

 玉川上水のせせらぎが光輝く、のどかな環境にあるキャンパスで、石田はひたすら練習に明け暮れた。とはいえ、まじめな学生だったわけではなさそうだ。当時を石田は振り返る。

「必修と言われている授業はちゃんと行ったけれど、選択で取るような授業は、ほぼ行かない(笑)。で、廊下で練習していました。レポート提出とかあるじゃないですか。それもあんまりね、自分でやった記憶がない」

石田泰尚さん

 そんな石田に、ピシャリと冷や水を浴びせかける人物がいた。故・小野㟢純先生。

「おまえさ、自分で上手いと思ってんだろ」

 石田が四年の夏休みに入る直前のことだった。先生はなおも続けた。

「おまえさ、おまえぐらいの実力は世の中に出たら、ごまんといるんだ。現状に満足するんじゃない」

 それまでは、自らが輝けるソロ・コンチェルトの曲ばかり練習していた石田。この一件をきっかけに、アンサンブルを徹底的に学ぶようになった。

 調和なくして始まらない演奏形態だ。先達たちの技術を盗んでやろうと、恩師たちの演奏を真剣に聴き、がむしゃらに再現するようになった。

 さらに、カルテットを組み、他大学の学生と共にアンサンブルの「基礎中の基礎」を洗い直した。

 そんな切磋琢磨の日々を送ったのが功を奏したか、石田は首席で大学を卒業した。名門オーケストラ「新星日本交響楽団」に招かれ、アシスタントコンサートマスターに就任。さらに二年後にコンマスに昇格した。

「新星のときは僕、本当、ペーペー。一番年下で、すごく可愛がってもらって、いっぱいアドバイスをいただいた」

 ところが新星日本交響楽団は二〇〇一年、東京フィルハーモニー交響楽団との合併により、消滅する。石田は衝撃を受けた。

「オーケストラがなくなっちゃった。すげえショックでしたね。名前がなくなるなんて、……冗談じゃない」

石田泰尚さん

 彼は合併先には向かわずに、神奈川フィルと共に音楽人生を歩むことを決めた。

 音大進学。
 チェロ・小野㟢先生の一喝。
 そして楽団の吸収合併。

 ……三つのターニングポイントを経て、石田は現在の道へと歩み続けてきた。

ヴァイオリンの個性を生かした演奏を

 力強いパッセージを奏でるには「トノーニ」(一六九〇年製)。
 まろやかな旋律を再現するには「ゴフリラー」(一七二六年製)。

 石田は、二台のイタリア製ヴァイオリンを使い分けている。二つの美点を、まるで我が子をいとおしむように語ってくれた。

「トノーニはですね、響き方が『バーッ!』って感じなんですよ。真ん前に『バーン』って感じ。ゴフリラーは、ほんわか。気品がある。そんなこと言ったらトノーニに気品がないみたいですけど(笑)。だからもう本当、『石田組』だとか、一〇〇%、トノーニ。ロックとかあるんで、ロックでゴフリラーは全然合わないんですよね」

 それでは、ゴフリラーが逆に合う楽曲は? そう問いかけると、

「モーツァルト!」

 石田が即答した。

 欧州と異なり高温多湿の日本では、メンテナンスにひときわ気を遣うという。

「音が出ない。というか、なんかすごいヌルヌルする。ベタベタ、ベタつく。すごいイヤなんですね。でも、『イヤ』って言ってらんないんで」

 練習し、ゲネプロ(通し稽古)をやって、本番を迎え、移動し、メンテナンスを施し、練習し……。今週も、来週も、どこかの街で、石田の奏でる旋律が聴衆を魅了していく。

「とにかく弾き続けていたい」

 着る人を選びそうな、アバンギャルドな出で立ちが、石田のもう一つの魅力である。

 昔は「ラクだから」という理由で、白や赤、黒のジャージー姿が多かった、と彼は笑う。だから、ファッションへのこだわり、思い入れが「特に強いわけではない」のだそうだ。……とはいえ、一度見たら忘れられないルックス。着こなせるのは羨ましい。

「知り合いの方からシャツを頂き、昔はヨウジヤマモトの服を着ていました。最近は、京響の団員さんに京都のブランド SOU・SOU を教えてもらって着ていることが多いです。着心地、めちゃめちゃ良いですよ。行くたびに、試着もせず、即買い(笑)。着たいモノを着ます」

石田泰尚さん

 

 スケジュールが忙し過ぎるのが、目下の悩みだと笑う石田。二〇二三年、「カンヌ国際映画祭」に出品された、北野武の新作映画を鑑賞することが楽しみなのだそうだ。

「『首』ね。たけしさんの映画、好きなんですよ。『アウトレイジ』とか。『首』は十一月公開ですよね。まだ先だなあ」

 そして普段は YouTubeで、お笑いや全国の「けんか祭り」の乱闘シーンを視聴しては、ストレスを発散しているのだそうだ。ちょっと考えたこともなかった、斬新なストレス発散法ではないか。

 いま、石田は五十歳。

「この仕事ってのは、定年がないですもんね。だから僕は……、もちろん、先生で教えたりしている方、いっぱいいらっしゃるんですけど、僕は、何だろう……とにかく弾き続けていたい。まず、長く、できるだけ長く、やっていきたいです」

 この日、無骨で無口な音楽家は、一つひとつ自らの心のうちに沿った言葉を探しあてるように、臨んでくれた。

 彼の姿勢はきっと、楽譜と対峙し、音符群にこもった思いを解き明かすべくもがく姿そのものなのだろう。

石田泰尚さんご愛用の品々
(写真上)携帯しているサプリメント類。ラムネは大好きなコーラ味
(写真下)ヴァイオリンケースの中に広がる石田ワールド。マイメロディに、少年時代から一緒にいる猫のぬいぐるみの姿も

本年、ユニバーサルミュージックよりアルバム『石田組2023・春』『石田組2023・夏』を連続リリースし、全30公演となるアルバム発売記念ツアーを敢行中。 

ツアースケジュール
アルバム情報

石田泰尚さん

石田泰尚(いしだ・やすなお)
1973年、神奈川県川崎市生まれ。95年、国立音楽大学を首席で卒業、新星日本交響楽団にアシスタントコンサートマスターとして入団し、97年、コンサートマスターに就任。2001年から神奈川フィルハーモニー管弦楽団ソロ・コンサートマスター(現在は首席コンサートマスター)、20年から京都市交響楽団特別客演コンサートマスターを務める。他にも、弦楽四重奏団「YAMATO String Quartet」、弦楽アンサンブル「石田組」、ピアソラを追求する「トリオ・リベルタ」、ヴァイオリニスト㟢谷直人とのデュオ「DOS DEL FIDDLES」などのユニットで活躍している。著書に『音楽家である前に、人間であれ!』(音楽之友社)。

石田泰尚さん

(インタビュー/加賀直樹 写真/松田麻樹)
「本の窓」2023年8月号掲載〉

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