採れたて本!【国内ミステリ#13】

採れたて本!【国内ミステリ#13】

スワン』、『おれたちの歌をうたえ』、そして『爆弾』と、近年の呉勝浩は自己の代表作を更新するような力作を立て続けに発表している。この3長篇はいずれも直木賞候補となったが、似通った作品はひとつもなく、一定の作風に安住したがらない著者の気概が窺える。最新長篇の『Q』も、今タイトルを挙げたどの作品とも似ていない内容だ。

 主人公の町谷亜八(ハチ)は、過去に傷害事件を起こし、執行猶予中の身だ。そんな彼女には、母親が異なる姉の陸深(ロク)と弟の侑九(キュウ)がいる。ハチは過去にキュウを守るため、ロクとともにある罪を犯していた。そして今、清掃会社で働くハチのもとにロクから久しぶりに連絡が入る。今やダンスの天才となったキュウを脅かす人物が現れたというのだ。彼を守るため、ハチは再び行動を起こす……というのが第一部のメインストーリーである。このように紹介すると、女性が主人公のノワール小説かと予想する読者が多いのではないか。

 ところが第二部からは、「Q」として芸能界で羽ばたいてゆくキュウの才能に惚れ込んだ人々の群像劇の要素が濃くなる。中でも、第一部から視点人物のひとりとして登場し、Qに魅了されてゆく本庄健幹をめぐる物語が前面に出てくるのだ。そして、第三部ではQのゲリラライブの準備が進む中、彼への殺害予告が届き、登場人物が一堂に会する中での怒濤の展開が読者を圧倒することになる。

 作中で描かれるコロナ禍は、現代日本を覆い尽くす閉塞感の象徴だ。登場する国粋主義的な政党も、現実に存在する新興野党を想起させる。その意味で時代の空気を反映している小説なのは間違いないけれども、そんなドロドロした現実を鋭く切り裂くのがQの才能の圧倒的な輝きであり、終盤はリアリティの中から神話的とすら言える祝祭空間が立ち上がってゆく。

 そもそもQというネーミング自体、「Qアノン」のイメージと重なるあたりがいかにも剣呑だし、Qのスキャンダラスな過去すらも織り込んだミュージックビデオの内容など、コンプライアンス重視の現在にあっては反時代的ですらある。当初は常識人だった筈の本庄健幹が物語の進行につれて社会的規範から逸脱してゆくように、読者もまた本書を読み進めるうちに自らの倫理観を激しく揺さぶられることになるが、その熱狂の渦巻の中で、ハチは主人公として独自のスタンスを保ち続ける。美しい夢の終わりと平穏な日常とのコントラストが物寂しい余韻を漂わせる結末の不思議な解放感は、本書だけの唯一無二のものだ。

Q

『Q』
呉 勝浩
小学館

評者=千街晶之 

◎編集者コラム◎ 『弟は僕のヒーロー』ジャコモ・マッツァリオール 訳/関口英子
椹野道流の英国つれづれ 第20回