◉話題作、読んで観る?◉ 第51回「戦争と女の顔」
7月15日(金)より全国順次公開
映画オフィシャルサイト
ノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの処女作『戦争は女の顔をしていない』は、第二次世界大戦に従軍した女性たち500人以上の声を集めた証言集だ。戦場の過酷な状況が皮膚感覚で生々しく記録されている。逢坂冬馬の小説『同志少女よ、敵を撃て』の主要参考文献にもなっている。
1991年生まれのカンテミール・バラーゴフ監督は、『戦争は女の顔をしていない』を原案としたロシア映画『戦争と女の顔』を撮り上げた。大戦を生き延びた2人の女性の苦悩を描いた物語に仕立てている。
舞台となるのは、ソ連軍とドイツ軍との間で激戦が繰り広げられたレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)。戦争が終わり、街には活気が戻りつつあった。だが、軍病院で働く看護師のイーヤ(ヴィクトリア・ミロシニチェンコ)の心の中では、まだ戦争は終わっていない。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しむイーヤは、しばしば発作が起き、意識を失ってしまう。戦友のマーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)から預かっていた男の子・パーシェカを、発作中に死なせてしまう。
ベルリンまで遠征していたマーシャが帰ってくるが、彼女はイーヤが息子を死なせたことを責めなかった。怪我で出産できない体になっていたマーシャは、代わりにイーヤに子どもを産むことを求めた。マーシャの頼みを断れず、イーヤは病院の院長と一夜を共にする。
戦争を題材にした映画だが、戦闘シーンはいっさい描かれない。PTSDに悩むイーヤ、子どもを執拗に求めるマーシャの姿から、戦争が女たちに与えた心の傷の深さを浮き彫りにしている。
原案を読むと、10代~20代の若い女性たちの多くは志願兵だったことが分かる。故郷や家族を守るためだった。衛生兵や通信兵だけでなく、狙撃兵、砲兵も務めた。そして戦争が終われば、苦労を共にした仲間たちと平和な理想社会を築くことができると信じ、物資の乏しい戦場を耐え抜いた。
だが、戦争が終わって帰ってきた彼女たちを待っていたのは、夢見た理想社会ではなかった。復員してきた女性には冷たい視線が向けられた。女たちの戦争は終わっていない。今なお戦争は続いている。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2022年7月号掲載〉