人気女性作家・唯川恵の実写化作品おすすめ5選
1984年『海色の午後』で集英社第3回コバルト・ノベル大賞を受賞して小説家となり、以来多くの名作を生み出してきた唯川恵。繊細な女心や、熱く燃えたぎる女性のプライドを巧みに描き、多くの読者の心を掴んできました。今回はこれから唯川恵の作品を読んでみようという方におすすめしたい、実写化された5作品を紹介します。
『肩ごしの恋人』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4087477444/
【あらすじ】正反対な性格と考え方を持ちながらも、長年の親友関係でいるるり子と萌。相手の恋人を奪っても、大喧嘩をしても、切っても切れない関係を保っています。女って疲れる、女って楽しい、女って腹が立つ。「自分が思う幸せ」を探し求める、2人の幸せの行方は……。
女にはふたつの種類がある。自分が女であることを武器にする女か、自分が女であることを弱点に思う女か。このふたつの女はまったく違う生きものだ。
たいがい綺麗と馬鹿はセット売りだ。賢くて綺麗な女はタチが悪い。そんな女よりずっと愛嬌があるではないか。
けれど、馬鹿はいつまでも馬鹿のままなのだった。そうして、綺麗は消耗品だ。どんどん減価償却されてゆく。どんどん価値がなくなってゆく。
我慢が大嫌いで、「自分のものにしたい」と思ったら略奪や不倫も厭わないるり子。仕事でもプライベートでも頼られる女で、クールな萌。5歳からの親友なのに、るり子は萌の彼氏を略奪して3回目の結婚をしました。
美人で男性を惹き付けることに長けたるり子は、熱中していたものを手に入れるとすぐにつまらなくなってしまいます。反対に萌は男性と関係を持つことはあれども、そもそも熱中することがありません。萌は周りに迷惑をかけながらも女性として堂々と生きる、魅力的なるり子を羨ましく思うことも。
そんなるり子と萌の前には様々な人が現れます。るり子が唯一落とせなかった柿崎、家出少年・崇、オカマの文ちゃん、驚くほど美形のゲイ、リョウなどなど……。出会った人々と関わることで2人は少しずつ変わっていきます。
恋が連れてくるやっかいなさまざまな感情、たとえば会いたくて触りたくていても立ってもいられなくなる、そんな切なさが、恋そのものだということらしいが、萌はどうにも素直にそれを受け入れられない。恋はしたいと思うが、我を忘れるような状態になりたくなかった。実際、なったこともなかった。
そんな萌と、
「たぶん、私は鮫科の女なんだと思う」
「鮫って、常に泳いでないと死んでしまうんだって。私も常に愛に翻弄されてないと生きてゆけないのよ」
そんなるり子。
対照的な性格や考え方をしているにも関わらず、成り立っている女の友情が痛快です。「自分にとっての幸せとは何だろう」と考えながら変わっていく姿を見て、「自分も変わることができるかもしれない」と思えるはず。
「女ってこういうところがあるよね」とつい頷いてしまう、読後に爽快感を味わえる第126回直木賞受賞作品です。
「夜の舌先」(『とける、とろける』収録作品)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101334331/
【あらすじ】勤続15年のリフレッシュ休暇でセブ島を訪れた正子。ある繁華街の1本裏通りに入ると様々な商品を売っている露店があり、正子は「不幸な人を幸せにする力を持つ」という怪しげな香炉に目を奪われます。「ただし幸せになれるのは夢の中だけ」という売り手の老婆に言われるも、その香炉を何となく購入した正子は……。
通信販売会社の食品課に15年勤め、気づけば若者達の飲み会には誘われなくなっていた正子。最後に異性と愛し合ったのも数年前。欲求不満というわけではないけれど、日々に張り合いを感じることはなくなっていました。
今は、男もなく、仕事だけが毎日を支える、中年に差し掛かった、美しくもない、地味で冴えないだけの女である。しかし、そんな正子にも華やいだ時期というのが確かにあった。それなのに、気がついたら、自分の回りから男の気配が失われていた。もう誰も正子を見ないし、誰も正子に欲情しない。
そんな正子は約1年前に同じ課に配属された男性社員の浅山のことが気になっています。セブ島のお土産として男性社員全員にネクタイを購入する時、ワゴンセールの適当な物を選びましたが、浅山のネクタイだけは上質な物を選びました。自分以外は気付かないようなアピールはしていても、9歳年下の彼にアタックすることはできずにいました。
老婆に説明された香炉の使い方は、「夢に出てきて欲しい相手と自分の髪の毛を結び合わせ、香炉にくべて燃やす」というものでした。偶然浅山の髪の毛を入手した正子は、ある夜冗談半分で香炉を使ってみます。
すると、その晩は正子と浅山が深い男女の関係になっている濃密な夢を見ることができたのです。半信半疑で試し続けたところ、香炉の力は本物の様子。香炉で見る甘い夢にどっぷりはまってしまった正子は……。
現実と夢の境目が分からなくなっていく正子は、この後どうなってしまうのでしょうか。
『恋人までの距離 』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4789721078/
【あらすじ】ヨーロッパを横断する国際列車で出会ったジェシーとセリーヌ。列車内で口論している夫婦にうんざりしていたところ、ふとお互いの目が合って2人は会話をすることに。ジェシーは「一緒に列車を降りてウィーンを探検しないか?」と、セリーヌを誘います。2人は14時間だけ共に時間を過ごすことになり……。
通路を挟んだ席に腰掛けていたジェシーとセリーヌは、中年の夫婦の口論を見て、恋や愛とは一体何なのかと呆れてしまいます。
不快な気分の中、夫婦の口論をきっかけに何気ない会話が始まります。これが2人の出会いでした。
たわいもない話に花を咲かせているうちに、ジェシーの目的地のウィーンが近付いてきました。ジェシーはセリーヌに「一緒に下車して、翌日自分がアメリカ行きの飛行機に乗るまで探検しないか?」と尋ねます。考えた結果、セリーヌは下車することに決めました。
街を歩きながら何を話すかセリーヌが問いかけると、ジェシーは「これからの時間は質問タイムにしよう。100%正直に回答すること」と提案します。知り合って間もなく、限りある時間でお互いを知ろうとする2人。恋について、愛について、我慢できないことについて……。
たくさんの言葉は、お互いを知るための鍵の束なのだ。今度はどの鍵を使って相手を知ろうか。そして、それが実は自分自身の心を開くことにもつながっていることを、セリーヌもジェシーも気づくようになっていた。
人はよく愛を口にする。けれど、言葉にした瞬間、その重みにいつも不安になる、とても簡単で、難しいこと。とてもわかりやすくて、複雑なこと。愛はいつも対極にあるものを含んでいる。
ジェシーは14時間後にはアメリカに行ってしまいます。お互いに分かっていながらも、話せば話すほど心が動いてしまいます。
知り合ったばかりの男女の発展と微妙な距離感に、ときめきともどかしさを覚えます。多くの言葉のやりとりで、ジェシーとセリーヌの心が揺れ動いていく様を切り取る唯川恵の描写力に酔いしれます。ウィーンの美しい町並みを想像して、旅行をしているような気持ちになる1冊です。
『シングル・ブルー これ以上の愛し方』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4479680411/
【あらすじ】29歳から小説家として活動をはじめ、シングルとして日々を謳歌しているのでは……と感じられる唯川恵。しかし結婚か仕事か趣味か、自由に選べるが故に、どうしたら良いか分からない気持ちが彼女の心の奥底にありました。シングルゆえの焦燥感や不安感によるブルーな日々を、鮮明に綴ったエッセイ。
世の中の人はとかくシングルを「自由に気楽に生きている」と思っているようですが、その自由を得るためにどれほどの不自由な思いをしているか、その気楽さを得るためにどんな我慢をしているか、全然わかってくれていないのです。
シングルであるがゆえに手に入れたものもあるし、シングルだから手にできないものもある。
誰しも10代、20代という輝かしい若さを持つ時代があります。しかし気づいた頃には周りが結婚し、会社にも自分より若い世代が増えてきて……。シングルだからなのかはわかりませんが、年齢を重ねるごとに時折襲ってくる不安感や孤独感に悩んでいる女性は多いのではないでしょうか。それを唯川恵は「シングル・ブルー」と名付けました。
恋愛、友情、将来、遊びという項目に分け、自分がブルーな時期にどのように考えてきたかを描いた本作は、全て唯川恵と知人の実話です。
何歳になっても心や人生を豊かにしてくれる素敵な恋愛相手を求め、自分磨きや仕事を続ける健気な女性たち。悔しくも自尊心を傷付けられてしまうこともしばしばあります。
シングルの私たちが、“大人の女”であらねばならないという、ひとつの枷のようなものができてしまうからなのです。
20代後半になると、「大人の女」を求められることが増えます。しかし「むやみに嫉妬したり独占欲を出したりしない、大人の女が良い」と言われても、それが大人なのかも分からない。周りが言う「大人の女」とは、「都合の良い女」のことなのでしょうか。大人の女の恋はそんなものなのでしょうか。と憤る唯川恵の言葉に、共感する人も多いでしょう。
男にとって恋はいつも単発ドラマです。その時その時、それなりの結末を迎える。でも女は違う。女にとって恋は連続ドラマです。
恋愛小説のエキスパートによる素敵な言葉がぎゅっと凝縮されています。女性のリアルを理解できるエッセイです。
『セシルのもくろみ』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/433476553X/
【あらすじ】安定した家庭もあり幸せな生活を送っている専業主婦の奈央、38歳。息子に手がかからなくなったので趣味を見つけようかと考えていたところ、友人・文香に誘われて女性誌『ヴァニティ』の読者モデルに応募することになり生活が一変し……。
ある日開催された女子校の同窓会で再会した文香から「カフェに行かない?」と誘われます。そして、文香から、「先日の同窓会で独身組と共働き組が専業主婦組を馬鹿にした」と愚痴を言われます。「旦那の稼ぎで自分の物を買うのは恥ずかしくないのか」と言われたというのです。
そんな時に30代から40代の人気の女性誌『ヴァニティ』が読者モデルを募集していることを知り、奈央も一緒に応募しようと言う文香。
文香は美人でスタイルも良く、自信に満ち溢れています。しかし奈央はこれといって取り柄もなく、普通の主婦。無理だと伝えるも勝手に応募されてしまい、結果は一次審査通過。そして面接試験で落ちたと思われたのですが、なんと文香が不合格で奈央が合格してしまいます。
文香に散々嫌味を言われましたが、奈央はせっかくの機会なので読者モデルにチャレンジすることに決めました。
なぜ美しい人たちを差し置いて自分が選ばれたのか? と考えていると、メイクのトモさんに裏事情を知らされます。
「紙面を飾るのが、ものすごい美人やお金持ちっていう、完成された女ばかり登場させたんじゃ面白くない。最初はダサい女だったけど、手を掛ければここまでいい女になる、そういうモデルケースを作ってみようじゃないのってね」
奈央はハイブランドのアイテムを数多く持っているわけでもなく、外見もオーラも趣味も普通の主婦。親近感があり、「少しお洒落をすればそのレベルまで達することができる読者モデル枠」だったのです。
奈央はそれを素直に受け止め、自分磨きを始めます。そして今まで知らなかった自分の情熱やプライドを知り、大きく変化していきます。
「女は心の中にセシルが棲んでいる」というトモさん。
「もしかして、フランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』のセシル?」
トモさんがにっこり笑った。
「あら、知ってるじゃない」
「でも、どうして?」
「あの小説の主人公セシルは、可愛い顔をしながら、とんでもないもくろみを持った女の子だった。読んだ時、私『これよ、これっ!』って思わず叫んじゃった。セシルは女そのもの、女の象徴よ。普段は忘れていても、ある時不意に、セシルが顔を出して来る」
モデル業界の厳しさと女性の美に対する探究心がリアルに描かれています。「平凡な主婦がモデルになる」というシンデレラストーリーに胸が躍ります。
おわりに
胸をギュッと締め付けられる至高のラブストーリーや女性同士の複雑な関係を描いた作品が多い唯川恵。女性ならではの心の葛藤や「負けたくない」というプライドに共感してしまう人も多いはず。リアリティのある心理描写やユーモア溢れるけれど鋭い台詞の虜になってしまうでしょう。
女性はもちろん、女心を知りたい男性にもぜひ読んでいただきたい作品が揃っています。
初出:P+D MAGAZINE(2021/09/29)