駅から近い立地がベストセラーを生む!?【文教堂書店浜松町店】本屋さんへ行こう!~この本屋さんがおもしろい~
連載Vol.3は、「文教堂書店浜松町店」を紹介。創業は明治31年という老舗で、ワンフロアの広大な店内には必要十分な書籍が揃っています。書店員さんのインタビューにも、”ここだけの話”が詰まっています!
絶好の立地が生み出す隠れたベストセラー
文教堂書店の創業を辿ると、明治31年に遡りますが、株式会社として設立されたのは、昭和24年。溝の口にて、「株式会社島崎文教堂」として開業しました。
昭和53年から「文教堂書店」のチェーン展開を始め、徐々に店舗数を増やしていき、平成5年に株式会社文教堂に商号変更。平成20年に商号を文教堂グループホールディングスに変更し、現在に至ります。
中でも「浜松町店」は、その広さが特徴。
1フロアで、550坪あり、その中に必要十分な商品が揃っています。
JR浜松町駅の改札から徒歩1分ほどという好立地で、客足が途切れず、いつも賑わっています。
書店内の様子
「他にはなかなかない、ワンフロアでコンパクトな店舗の作りと、揃った商品力で勝負しています。」
そう語るのは、店長の角脇恭一さん。
「何より、“駅チカ”ならではの利便性が強みですね。駅を利用する人や、出張に行く人に
多く利用していただいています。」
短時間に、欲しい本をぱっと見つけ出すことができるところが、多くの人に愛される理由なのでしょう。
浜松町店、店長の角脇恭一さん
本屋は立ち止まってもらわないと意味が無い
棚作りをする上でのモットーは、「初めて来店するお客様が探しやすいように、シンプルにわかりやすく」。
確かに、整然とジャンル分けされた店舗は、時間を大切にし、目的をもって本を探している人にはうってつけのわかりやすさです。
客層の7割くらいがビジネスマンである、ということもあり、ビジネス書と文庫が多く売れるのは事実ですが、
「少しでも店内を回遊してもらえるような商品の配列を心がけています。とにかく、立ち止まってもらわないことには意味がない。素通りされないような店作りを、スタッフ一丸となって考えています。」
見やすさ、探しやすさにとにかくこだわっているため、棚の位置も低めに設定。より幅広く関心を持ってもらえるように配置をすることを心がけているそうです。
「レジの前が広々しているでしょう。18時台~20時台の混雑ピーク時でも、並んでいただきやすい作りになっています。レジ前にも、ワゴンや催事台を置いて、販売スペースとして生かすようにしています。」
至るところに工夫が凝らされている店内。
入社して30年弱になるという角脇さんのキャリアが、随所に生きていることに改めて気づかされます。
浜松町店に異動してからは8年になるという角脇さんが、最近読んだ本で、面白かったものは何かをお聞きしてみると…。
「仕事柄、プルーフ本をいただくことが多いのですが、それで読んだ、鈴木敏夫さんの『ジブリの仲間たち』という作品です。元からジブリが好きだったこともありましたが、鈴木敏夫さんの人物像にも興味があって。
これがすごく面白かった。ジブリファンじゃなくても、とても楽しめる内容になっているんです。」
面白い本を読んだあとは、当然その売り場展開を考えるのが、角脇さんのプロフェッショナルな一面。
「ビジネス書寄りに展開したほうが、売りやすいかも、と直感するところがありました。ジブリ作品の広告宣伝の裏側など、ビジネスに生かせる内容が詰まっていて、とても勉強になるんです。“宣伝とは、仲間を増やしていくことだ”というメッセージが強く読み取れて、面白い。うちの客層にとても良く合いそうだなと思っています。」
面白いと感じた本は、「どういう仕掛けで売っていこうか」とすぐ考えてしまうそう。
その“売る仕掛け”がヒットすれば、ベストセラーが誕生する。しかし、そうでないパターンもある、と角脇さんは言います。
書店の陳列の様子
「浜松町店で一番売れたのは、百田尚樹さんの、『永遠の0』。9400冊以上も売れました。
全国でもかなり売れた方でしょうね。これには、実はちょっとしたストーリーがあるんです。」
映画にもなり、話題となった、有名な作品ですが、そのスタートダッシュは、決して速かったわけではなかったのです。
注目すべきは、その目のつけどころ。
新刊で発行された時に、今ひとつの売れ行きでくすぶっていた『永遠の0』のことを、角脇さんはどことなく気にかけていました。すると、
「版元さんと雑談している中で、この本が面白いんだよ、という話を聞いたんです。データを追ってみると、新刊が出て1年くらいが経っていたのですが、毎月コンスタントに売れてはいる。ロングセラーになっているので、コレはもっと売れるのではないか、と確信しました。」
当時はまだ著名な作家ではなかったことや、新刊で出たときの初速からだけでは、気づくことのできないひらめきです。
「実際読んでみて、その面白さに驚きました。これはイケる、という勘が、確信に変わりましたね。レジ前のワゴンで、販売展開を仕掛け始めました。すると、どんどんどんどん、売れていきました。」
POPなども作って、徹底的に売り出すと、売れ行きはとどまるところを知らず伸びていく展開に。
「当店から火がついたかもしれませんね。のちに映像化や、『海賊とよばれた男』での本屋大賞を受賞されるよりも前。ちょっとしたきっかけですが、読んだ人が強く印象に残っている作品には、何か人を惹きつけるものがある、と思ったんです。」
力がある作品であったことはもちろん、うまく世間での反応をキャッチできて、仕掛けることができたことは、角脇さんにとっても印象的だったと言います。
「掘り起こし、という意味では、成功した例でしょう。目立たなくても、切れ目なく売れている本は、ちょっとしたきっかけでベストセラーにもなる力を持っているんだと思います。」
浜松町店は、駅ナカではないけれども、多様なお客様からの反応度が濃いので、全国的に波及する起点となることが多いようです。
「今、何が売れてるの?と質問されるお客様が多いです。何が今旬なんだ、と。書店から情報収集をして、新鮮な情報を仕入れたい方が多いのだと思います。これも、ビジネスマンが多いエリアならでは特徴かもしれませんね。」
本を読むことはもちろん習慣。その中でも好きな本とは
「中学生の時に、テレビで、高村光太郎の伝記ドラマが放送されていたんです。それを見て、詩集にはまり始めたのがきっかけ。入り口が詩集だったんですね。幼少の頃は、身近に本屋が少ししかなかくて、習慣として本を読むということはあまりなかった。成長するにつれ、図書館を利用するようになり、『世界の詩集』なども読んでいましたね。」
文芸に慣れ親しむようになったのはもう少し後のことだったそうで、少しずつ、太宰なども読み始めたとのこと。
そんな角脇さんが好きな作家をお聞きすると…。
「好きな作家はたくさんいますが、年始に必ず読むのは川本三郎、小林信彦。小説とエッセイが多いですね。今は、職業柄もありますが、習慣として本は読みます。本を読むことと音楽を聴くことは、普通に習慣として根付いています。本は、今は仕事になってしまったので、昔と接し方が変わったところはありますけどね。」
そんな角脇さんの印象に強く残っているのが、「アルベール・カミュ」の本。
「中学3年で、卒業のとき、もらったのが、アルベール・カミュの、『異邦人』『裏と表』など何作かが入っている本。これがすごく強烈に印象に残っています。」
中身をどれだけわかっていたかは別にして、心に迫り来るものがあったそうで、それから本好きになっていったとのこと。
「戦後文学も、中学生くらいから読み始めましたね。好きなジャンルは小説です。年々読書量が落ちてきてはいますが、まだまだ読みますよ!」
書店は、心に触れる場所。
本への愛情がとても強く、読者家である角脇さんが思う、書店とは、どんな場所なのでしょうか。
「書店とは、“心”に触れる場所です。
ただの情報、娯楽、エンタメならほかのものでも代用できる。書店で扱っているものって、“心”の部分に触れてくるものを扱っていると思うんです。心に寄り添う場所というのでしょうか。本は心の栄養。人を助ける力がある。人って生きた人としか話せないですが、本は亡くなった人とも対話ができるでしょう。」
角脇さんはそう語ってくれました。
「本は読むたびに発見があるんですよね。作品の印象や感銘するところも違ったりする。」
そう語る角脇さんに、P+D BOOKSで発刊されている作品についてのご意見を伺ってみました。
「10代~30代くらいに第一線で書かれていて、新刊が出るとすぐ買って読んでいたような、名作家の作品が揃っていますね。吉行淳之介、遠藤周作、福永武彦、立原正秋…。値段もリーズナブルで若い人にも読んでもらう機会が出てきてよかった。再読する機会が訪れたことは本当に嬉しいです。」
文教堂書店浜松町店設置されているP+D BOOKSの棚
最後に、角脇さんが“復刻させたい作品”をひとつ、伺ってみました。
「阿部昭さんの本をぜひお願いしたいですね。「単純な生活」という作品です。人生のしがらみを、深いユーモアとペーソスで綴っています。阿部昭さんの作品には、他にも優れたものがありますが、残念ながら、今店頭ではほとんど手に入れることができません。ぜひ、お願いしたいです。」
おわりに
本に対する深い愛情を持って、日々ベテラン書店員として働く角脇さん。
そのインタビューを通じて感じたのは、「面白い本・売れる本は無限にあるという可能性を信じること」の大切さです。面白い本を発掘し、売り方を考えるその情熱は、尽きることがありません。これからも、プロの目線で、売れる本・面白い本をたくさん世に広めて下さることでしょう。
初出:P+D MAGAZINE(2016/06/27)