萩谷麻衣子の「幸せになれる離婚の作法」 ~“お金と子ども”の不安を解消します!~【第3回】

悪いことをしたときは、悪いことをされた相手に対して慰謝料を支払うなど罰を受けるのが当然です。しかし、妻が不倫していた場合、着の身着のままで家を追い出されなければいけないのでしょうか……

萩谷麻衣子(はぎや・まいこ)
1988年、慶応義塾大学法学部卒業。2004年に萩谷麻衣子法律事務所を設立。とくに家族問題など生活に密着した法的問題や人権問題、刑事事件に力を入れて取り組んでいる。
テレビ朝日「ワイド!スクランブル」、TBS「Nスタ」などでレギュラーコメンテーターを務めるほか、「ビートたけしのTVタックル」「朝まで生テレビ!」などにも出演。
わかりやすい法律解説や、その知見に基づく社会評論が幅広い支持を集めている。

■相談file3

かなり厳しい要求を
突きつけられています

(埼玉県在住 T・Sさん)

 40歳、既婚女性です。夫は2歳年上で、13年前に職場結婚しましたが、夫婦は同じ職場にいられないという暗黙のルールで私が退職し、以来専業主婦です。中学生の子どもが一人おります。
 私は2年前までは平凡な主婦でしたが、最近は子どもにあまり手がかからなくなったこともあり退屈しのぎに始めたマッチングサイトで出会った既婚男性とたびたび会うようになりました。相手の男性は比較的時間の融通が利くので、子どもを学校に送り出したあと、男性の車で、自宅から少し離れたところにあるホテルに行っていました。

 ところが夫が、仲間(町内会やお祭でたびたび飲み歩くような地域です)から酒の席で「(私が)不倫しているのでは?」といわれたらしく、問い詰められてしまいました。私は否定しましたが、男性の車に私が同乗している写真を撮られており、観念するしかありませんでした。
 私としてはほんの出来心で、男性とは「割り切った関係」という約束をしていましたので、離婚する気はまったくありません。しかし数日後、夫は「これにサインしろ」と1枚の紙を出してきました

 そこには、
・慰謝料を間男と私にそれぞれ300万円支払う。
・離婚し、子どもは私(妻)が引き取る。
・婚姻費用は支払わない
・1ヵ月以内に私と子どもは出て行く。

ということが書かれていました。ちなみに家は夫名義です。

 私は離婚したくないと言いましたが、夫は「そんな汚い女と一緒にいることはできない」と言います。自業自得なので、離婚は仕方ないと思い始めていますが数百万円もの慰謝料を払って、当座のお金もなく一ヵ月以内に出て行くなんてできるわけがありません
 先生、どうすればよろしいでしょうか?

■萩谷弁護士のスッキリ回答!

悪いのはあなた。
でも、権利は主張すべき!

不倫相手より、あなたのほうが悪質度が高い

 あなたは陰で配偶者を裏切る行為をしていたのですから、法的責任はとらないといけないですね。不貞行為をあなたが認めているなら、あなたも相手の男性も夫に対して「共同不法行為者」として慰謝料を支払う義務があります。
 ただ、あなたと相手の男性が“それぞれ”300万円、合計600万円を支払うというのは、不貞行為の慰謝料相場からみて高額です。慰謝料の相場については、不貞をしていた期間やどのような理由で不貞に至ったのかなども影響しますが、相手の男性と数回関係を持った程度ということなら、あなたと相手の男性で合計200万~300万円くらいの金額を支払うのが妥当だと思います。
 夫へ支払う慰謝料額は、あなたの不貞が理由で離婚に至ったか、それとも離婚にまでは至らかなかったかでも違います。離婚に至ったほうが慰謝料額は高額になり、あなたの場合は300万円程度は覚悟したほうがいいでしょう。
 支払う金額をあなたと相手の男性でどのように分担するかは話し合いで決めればいいのですが、不貞の相手方より配偶者、つまりあなたのほうが不貞に対する責任は重いと考えられます。とくにあなたのように、自らマッチングサイトにアクセスして異性と出会い不貞行為をしていた場合、あなたが負担するべき割合は5割ではなく6~7割になる可能性もあると思ってください。

 不貞行為は民法770条第1項1号に定める離婚原因に該当しますので、夫があなたの不貞行為を理由に離婚を求めてきた場合、あなたが離婚したくないと頑張っても、裁判になれば離婚判決が出る可能性が高いです。
 離婚するまでは夫婦間で婚姻費用分担義務がありますので(民法760条)、通常は収入の低い方から高い方に生活費として婚姻費用の支払を求めることができます。よって、夫のほうが収入が高い場合、妻から夫へ婚姻費用を支払うよう請求することができます(もちろん、逆もしかりです)。夫が支払ってくれない場合や金額で折り合いがつかない場合は、家庭裁判所に婚姻費用分担の調停を起こせば、裁判所が基本的には算定表を用いて相当額の婚姻費用を決めてくれます。裁判所で決めた婚姻費用を支払わなければ夫の給与等の差押えもできます。
 しかし、不貞が原因で夫婦仲が悪くなり生活費を支払ってもらえなくなったり、あるいは別居をすることになった場合、不貞行為をした側からの婚姻費用の請求は、権利の濫用として認められないことが多いです。自分が夫婦の仲を壊すような裏切り行為をしながら、相手に対して夫婦の義務を求めるというのは信義に反すると考えられるからです。


 ただし、夫にはきちんと収入がある一方、夫が生活費を支払わなければ妻の生活が困窮するという状況であれば、婚姻費用の支払いも認められるでしょう。あなたの場合、もし中学生の子どもと一緒に家を出なければならなくなったが、生活費を賄えるだけの仕事が見つからないならば、夫が婚姻費用を支払わないと言っても、裁判所に対して婚姻費用分担調停の申立てをしたほうがいいと思います。

慰謝料は財産分与で相殺できるかも

 さて、夫が要求している「1ヵ月以内に家を出る」という部分についてはどうでしょう。自分が悪いので仕方がない……と思われるかもしれませんが、不貞をしたからといっても直ちに自宅を出て行かなければならないわけではありません。家の名義が夫一人になっていても同じです。
 あなたが専業主婦で、中学生の子どもをあなたが引き取ることになるなら、引っ越しには相応の時間がかかるでしょう。もし1ヵ月という期限に間に合わなければ、子どもまで路頭に迷わせることになってしまいます。
 離婚するとしても、せめて以下のような要望を伝えたほうがいいでしょう
・離婚が成立するまでは収入に応じた婚姻費用を支払ってもらいたいこと
・近いうちに出ていくとしても、その準備ができるまで時間的猶予が欲しいこと
・自宅を含め夫婦共有の資産について、財産分与をきちんとしてもらいたいこと

 あなたの不貞が原因で離婚に至った場合でも、婚姻後に夫婦で協力してつくった財産については、財産分与を受ける権利があります。夫婦共働きの場合はもちろん、一方が専業主婦(夫)でも、婚姻している間の財産は、共同でつくったものと推定され、それを基本的には2分の1ずつ分け合うことになります。婚姻後に建てた家などの不動産も例外ではありません。
 ただし、家を分割するのは現実的ではないので、金額で評価してそれを分けるのです。夫から財産分与を受けられるなら、その額とあなたが支払うべき慰謝料とを差し引きすることもできるでしょう。


 不貞行為をしたことは十分反省するべきですが、夫の言いなりになって、あまりにあなたに不利な内容が書かれている書面にサインをすることは、子どものためにも避けるべきだと思います。
 いくら後ろめたいことがあっても、権利は権利。主張すべきところはしっかり主張しつつ、弁護士の助けを借りて協議していきましょう。

※第770条
第1項 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
①配偶者に不貞な行為があったとき。
②配偶者から悪意で遺棄されたとき。
③配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。
④配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
⑤その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

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