負をプラスに転じて考える 災禍の時代、自然との共生 「源流の人」第1回:枡野俊明(禅僧、作庭家)
これまで世界が体験したことがないパンデミックが地球上を覆っているいま、我々はどう生きていけばよいのか。新刊『定命を生きる』(小学館)では、いかに生きいかに死ぬかを説き、日本はもとより世界中から支持を受けている異能の禅僧に、混迷の時代の心の在り方を訊いた。
連載インタビュー 源流の人 第1回
時代に流されず、 常に新たな価値観を発信し続ける人々を追う
負をプラスに転じて考える
災禍の時代、自然との共生
枡野俊明
禅僧、作庭家(67歳)
インタビュー・加賀直樹 Photograph: Matsuda Maki
いつになく穏やかだった冬が終わりを告げる頃、横浜市郊外・菊名駅から少し離れた小高い丘にある禅寺を訪ねた。
すっくとした姿勢で、黒の衣姿で竹林の道に立つ彼は、静かに、しかし、はっきりした口調で、こう語る。
「『ビフォアー・コロナ』と『アフター・コロナ』で、時代は大きく変わるでしょう。私たちは今、試されています。現状を知り、乗り越えるために、できること、やるべきことが、私たちにはあるはずです」
「日常」の麻痺を考え直す
世界はこれから、否応なしに激変の荒波に呑まれてゆく。この疫病に打ち
境内の井戸から
「まず、働き方の見直しが始まると思います。リモートワーク、テレワークなどで、自宅で家族と過ごす人が増えていますよね。そうすると、これまでのように、ガムシャラに仕事をして収入を得ていく生き方に対し『それで本当に良かったのか』と見直す時間を持つ人が増えてくるでしょう。ひいては、生き方に対する考え自体も、変わってくるはずだと思うのです」
働き方だけに
「そんな毎日は決して『普通』ではありません。そのありがたみを、私たちは忘れていなかったでしょうか」
確かに、この便利な世の中の在り様を、わたしたちは当然のように享受しながら、皮肉にもその心の中に日々、
心への負荷がかかること。それ自体は、どんな世においても、生きていく以上、ある程度は仕方ないこと。ただ、自死の道を選ぶ者が二万人にも及ぶ時代は、過去の社会においては経験していない事態だ。枡野は問いかける。「皆さん、もう気付き始めていますよね。人間が生きていく上での豊かさは、利便性の追求ではない、ということを。真の意味での豊かな生活とは何か、この『パンデミック』を機に考え直していく時期に来ています」
寺の建つ高台から数キロ南の埠頭には、あの惨禍を起こしたクルーズ船が長期停泊していた。何千人もの乗客たちが、地面を遠く離れた洋上で暮らせる客船。人と人が密着したライブハウス空間。数分おきに確実な時を刻みながら疾走していく満員の地下鉄……。枡野は言う。「人間が作り出したそんな世界が、いつしか自然と遊離してしまっている側面はないでしょうか」
ラクなほう、ラクなほうへと闇雲に
かつて
「起きてしまったこと、なってしまったものは、取り戻すことができません。そこから、いかに自分たちが成長するきっかけにするか。禅は、負のものをプラスに転じて考える。パンデミックになったのなら、ここから何を学習し、人間として豊かな生活ができるように、何をすれば良いか、考える機会を持つことが大事です」
そして、この未曽有の事態が続く間に気がついたこと、考えたことを、のちの我が身に重ね合わせて将来の人生像を描いていく。それこそが重要だ、と彼は説く。逃げていても仕方ない。現状を認めつつ、どうやって現実的にそれを防御するか。「まずは各人が体力を保ち続ける。睡眠時間を多めに摂り、可能な限り、食べ物にも気をつける。そのうえで、今後の生き方を見据えていく。右往左往せず、受け止め、考えていく。これが肝要です」
即今 当処 自己
ならば、本当の意味での「豊かな生活」とは。枡野は言葉を慎重に選びつつ、こう答えた。
「現代社会は、謙虚さを失いました。そこが一番の問題です。自分の力で生きている、自分の力で何もかもやっている、と過信している。私たちは自然と共に、皆のなかで生かされているのです。人と人との関係のなかで生かされているのです。それを意識すれば、人は謙虚さを取り戻せるはずです」
『定命を生きる』の中で枡野はこんな禅語を紹介している。
「
たったいま、その瞬間に、その場所、場面で、自分がやるべきことを精一杯やっていく大切さを説いたものである。禅の根本の、良く生きることの教えだ。
望まぬ事態が訪れた時には、それを否定しようとしても意味がない。事態を全面的に受け止めていく。「よりによって、なぜ私に」と嘆く暇があるならば、「その後」の最善策を練っていくことが大事だと、枡野はいう。
そんな枡野の一日は、あくまでも早い。
「毎朝四時半にはしぜんと目が覚めます。ただ、現在は十五分ほど遅く起きるようにしているんです。ほら、コロナ対策には睡眠が一番大事、と伺いましたから」
午前五時。顔を洗い、身支度を整え、広大な境内へ。
僧侶として朝の勤めを一通り終えると、庭園デザイナーの顔に変わる。約六十平方メートルのアトリエに移動するや、スタッフ約十人と共に描画やデザインの作業に没頭する。
日が暮れた午後六時半、
平成十年(一九九八年)からは、多摩美術大学でデザインの
我が身もまた、あるがままに
小学五年生の時分、旅で訪れた京都・自らの生き方を究めることが「禅」の神髄。我欲や妄想、執着といった「心の
この閉塞感に満ちた陰鬱な日々を癒やすものとして、枡野は『
混迷の時代に我々がいまいちど
枡野俊明(ますの・しゅんみょう)
一九五三年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科教授。二〇〇六年「ニューズウィーク」日本版にて、「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる。庭園デザイナーとしての主な作品に、カナダ大使館、セルリアンタワー東急ホテル日本庭園など。最新刊は『定命を生きる』(小学館)。
豪華執筆陣による小説、詩、エッセイなどの読み物連載に加え、読書案内、小学館の新刊情報も満載。小さな雑誌で驚くほど充実した内容。あなたの好奇心を存分に刺激すること間違いなし。
初出:P+D MAGAZINE(2020/04/29)