樋口一葉に聞く!聞き手・井上ひさし

小説上達の三要素

―――一葉先生、あなたはじつに短期間にめきめきと小説の腕をおあげになりましたね。「日本文学史上最大のけ方」と指摘する評者もいるぐらいです。よろしければ後進のためにあなたの小説上達術を公開してくださいませんでしょうか。

一葉 その評者はどなたですか。

―――じつはわたしですが。

一葉 つまらぬ評ですね。けれどまあいいでしょう。小説の書き方にべつに秘訣などありませんが、まずなによりも物事をよく見ることですね。第二に自分が観察したことをよく考える。第三によく考えたことをよく書く。つまり、よく見て、よく考えて、よく書く。これが小説上達の三要素でしょうか。これしかありませんね。

―――もうすこし具体的に教えていただけませんか。「よく見て、よく考えて、よく書く」なるほどいちいちごもっともですが、小学校高学年の、理科の観察文を書くときの心得を女先生から習っているような気がして仕方がありません。

一葉 ではより具体的なことを言いましょう。よい小説には共通の特徴がありますね。わたしの見るところではその特徴は三つです。第一に原稿用紙に右から左へ順に縦書たてがきされていること。第二に筆記用具で文字がしたためられていること。第三に、じつはこれが最も大切なことだけれど、誤字や不適切な表現はきちんと消してあること。すぐれた作品はすべてこの三条件をみたしているのじゃあないかしら。

―――どうもありがとうございました。それではこれで失礼させていただきます。

一葉 せっかく遠くから来たんでしょう。もっとたくさん聞きたいことがおありなのじゃなくて?

―――はあ。

一葉 遠慮せずに聞いてくださいな。わたしの男性関係についてはいろいろと意見がわかれているんでしょう。半井なからい桃水先生から毎月、生活費の援助を受けていたから、先生と肉体交渉があった。いや、なかった。そう言って論争している作家や学者がいるんでしょう。占い師の久佐賀義孝くさかよしたか氏とのことにしても同じ。やはりお手当を受け取っていたようだから、久佐賀氏と寝ている。いや寝ていない。そう意見が割れているのでしょう。なんでもたずねてくださいね。隠し立てせずに正直にお答えしますよ。わたしの答をそのまま書けば、井上ぎみはいっぺんに一葉研究の第一人者になれましょう。

―――ご好意はありがたいのですが、わたしは男と女との関係にはまったく興味がないのです。その証拠に、これまで一編も恋愛小説を書いたことがありません。

一葉 小説家としては致命的な欠陥ね。婦人がこわいの?

―――かも知れません。あるいは女性になんの夢も抱いていないというのか。自分にもよくわかりません。

一葉 ひとことで言えば、婦人にもてないのね。

―――そうかもしれません。男性にあまりもてなかったあなたと似ているかもしれません。いや、これはどうも申しわけありません、自分をあなたとなぞらえて言うなんて、すこし思い上っておりました。せっかくの仰せですから、ひとつ質問をさせていただきます。

一葉は薄幸な作家か

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(the座 創刊号 P7 )

―――一葉先生を形容するのに「薄幸の」という言い方の使われることがじつに多いのですが、あなたはご自分の一生をどうお考えでしょうか。さち薄き一生とお考えですか。

一葉 井上ぎみのお考えをまずおきかせくださいな。

―――あなたほど幸福な方は珍しいんじゃないでしょうか。

一葉 父や兄に先立たれ、また年若くして相続戸主となり、おかげで一生貧乏と戦わざるを得なくなったこのわたしのどこが幸福なのですか。また若くして肺結核に冒され、苦しんで死んだこのわたしのどこが仕合せなのですか。

―――大多数の一葉研究家があなたと同じことを言っていますよ。それから女子大の国文科の学生ね。みんな「かわいそー、かわいそー」の大合唱だ。

一葉 娘が相続戸主になるという意味がよく理解できておりませんね。好きな人ができてもお嫁に行けないのよ。戸主がお嫁に行ってしまうと、「家」がなくなっちゃいます。ですから相手が長男だったら悲劇。向うも「家」が大事。二人は連れ添うことができなくなる。じつは半井先生とわたしとがそうでした。

―――もちろん知っています。

一葉 相続戸主にされた娘は、お婿さんを迎える以外に結婚する方法はなくなってしまうのですよ。貧しい家の戸主になった娘はみじめです。貧乏人のところへお婿さんにきてくれるような青年はまずおりませんからね。つまりそういう娘は結婚を諦めるほかはない。わたしはその貧しい家の戸主でした。恋を禁じられた娘でした。ああ、わたしってなんてかわいそうなの。

―――しかしわたしは生命の危険をもかえりみずあえて次のように叫びたいのです。「一葉はかわいそうだって? 冗談言うな、このヤロー!」と。

一葉 ……。お引き取りくださいませんか。

―――こうなったら最後まで言わせていただく。若くして父や兄に先立たれたのはなにもあなただけじゃないでしょう。結核で早死はやじにした娘さんもあなただけじゃないし、貧しい家の相続戸主にされた娘さんもあなただけじゃない。なのにどうして、あなただけが薄幸なんですか。ほかの娘さんたちはかわいそうじゃないんですか。わたしは、あなただけを特別扱いして「かわいそー」の大合唱をするこの国の一葉研究家や女子大国文科の学生たちの浅薄な感傷主義に反撥しますね。

一葉 それではわたしが幸福だということを立証なさい。

―――一葉先生は明治二十七年、すなわち二十三歳の春にある、、宣言をなさっていますね。わたしはこれをあなたの文学宣言とみております。ほら、「われは詩の神の子なり」という文章をお書きになったじゃありませんか。

一葉 「わたしは人間社会の苦悩と失望とを慰めるために生れてきた詩の神の子である」という文章のこと?

―――そうです。

一葉 「おごるものをおさえ、悩めるものを救うことは、わたしの任務である。となればわたしは一時いっときとして休んでいられようか。わたしの、美的価値を入れた守り袋が破れぬかぎり、わたしはこの美を遣すであろう。そしてこの世界が滅びないかぎり、わたしの詩は人間の生命となりおおせることができるであろう」。……格調ある文章ね。

―――ええ、たいした度胸です。つまりあなたはこのときご自分の欲を小説家一本にお絞りになった。そして二年後には小説家としてその絶頂をきわめていらっしゃった。天分と努力とによって望みが叶った。こんな仕合せなことってそうざらにあるものではない。

一葉 けれど、不幸にも、絶項をきわめたその年の秋には死んでしまうのですよ。

―――不幸じゃないんですよ、それが。小説家としては理想の死です。代表作を書き上げてすぐ死ぬ、これが小説家の理想です。小説家にとって最大の不幸は代表作を書き上げた後も、二十年、三十年と、ながながと生きてなければならないということなんです。その作家がどこかで人に会う。すると相手がしばらくしてからこんなことを言う。「ああ、思い出しました。むかし『×××××』という小説をお書きになったあの△△○○○さんですね」。これがほとんどの小説家を待ち受けている辛く悲しい宿命なのです。太宰も三島も川端も、その宿命を回避しようとして、自分の名前にまだ充分余光の残っているうちに自分の生涯に自分で幕をおろしてしまいました。そしてこの命賭けの工作はたいていの場合、効を奏します。もちろんわたしのような十流の小説家がそんなことをしてもだめですがね。一流の場合は、命をってでも、現役の最盛期にその文学的履歴を閉じようとする。それにあなたはみごとに成功なさった。だから幸福なお人だと申しあげたのです。

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