〈第18回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト」
一方、みひろはとんでもないメールを発見する。
「じゃあ、伊丹さんのUh-huhのユーザーアカウントからパスワードが推測できて、LINEにログインできるかもってことですか? それが情報? でも、まずいでしょ」
「ええ。だから、パスワードを推測するかどうかはお任せします」
「そんな。勘弁して下さいよ」
困惑するみひろの眼前に、折りたたんだメモが差し出された。反射的に受け取ると、堤は「じゃあ」と会釈して部屋を出て行った。
呆然として、みひろは席に戻った。栗饅頭の横にメモを置き、恐る恐る開く。「qaz7410」、黒いペンでそう書かれていた。
室長はいつ戻るかわからないし、連絡もできない。どうしろっていうのよ。ぼやいて息をついたが、好奇心も湧いた。一昨日の晩は伊丹の件は明らかにならずに終わり、ずっと気になっていたのだ。
堤さんは「ちらっと見えた」って言ってたから、間違ってるかもしれないし。
自分で自分に言い訳し、みひろはノートパソコンの液晶ディスプレイにUh-huhのトップページを表示させた。中央にニュースのタイトルと写真、両側にメニューバーがずらりと並ぶ。右側にフリーメールのアイコンがあったので、ポインターを乗せてマウスをクリックした。
画面が切り替わり、ユーザーアカウントとパスワードの入力を求める枠が現れた。みひろは緊張しながらユーザーアカウントの枠に「qaz7410」、パスワードの枠にも「qaz7410」と打ち込み、下のボタンをクリックした。
再び画面が切り替わり、フリーメールの受信フォルダが表示された。
うわ。本当にログインできた。堤さん、すごい。興奮し、受信メールの一覧を確認した。
メールの送り主の名前と件名、日付が並んでいたが、全部広告だった。がっかりしてログアウトしようとして、左側のメニューバーに目が留まった。送信フォルダもゴミ箱も、中身は空。しかし下書きフォルダの横には、「48」とある。
メールを送った形跡はないのに、下書きが四十八件もあるの? 違和感を覚え、みひろはフォルダを開いて下書きの一覧を見た。
「ご報告」「計画書草案」「進捗状況」といった件名がぎっしり並んでいる。仕事のメールの下書きのようだが、その中に「持井より」という件名を見つけ、みひろの違和感が増した。クリックして下書きを開き、文面を読む。
「皆様へ
折田(おりた)警視総監に計画の最終案をお目通しいただいたところ、特定施設の人員配置につい て是正のご指示がありました。
我々と致しましては、計画実施後のフォローアップも勘案しての人員配置であり、ご認 許いただきたいところですが、再検討の必要が出て参りました。
リストの見直しも含め、皆様のお考えを伺いたいと存じます。メール等で難しい場合、 こちらからお伺いすることも可能です。
お忙しいところ誠に恐縮ですが、何卒宜しくお願い申し上げます。
持井亮司拝」
なにこれ。内容はさっぱりだけど、なんで持井さんが書いたメールの下書きが、伊丹さんのフォルダに入ってるの? 首を傾げ、みひろは文面を閉じた。もう一度下書きの一覧を見ると、「持井より」の数件下に「沢渡です」とあった。迷わず、文面を読む。
「あちゃ~。
折田さんもGOを出したからには、腹をくくってもらわないと。
モラルだの人道的見地だのを別にすれば、実に画期的でセンセーショナルな計画ですよ。
そもそも、『人員の有効利用』を最初に提唱したのは折田さんだし。
マスコミやネットへの対応は、僕に任せて下さい。そのために『いっちょかみ』で名前 と顔を売ってきたんですから。
沢渡暁生」
持井のメールへの返信のようだ。少し前に、豆田から沢渡が持井と仕事をしていると聞いた。しかしなぜ送信されていないメールに返事が書け、それが伊丹の下書きフォルダに保存されているのか。
急に寒気がした。嫌な予感も覚え、みひろはログアウトしてUh-huhを閉じた。パソコンもシャットダウンし、液晶ディスプレイを閉じる。それでも落ち着かず、部屋は暑いのに肌が粟立った。ここから出たいと思ったが、どこに行ったらいいのかわからない。両手で二の腕をさすりながら、みひろは茫然と自分の椅子に座っていた。