師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第58回> 『奥さんの長い話にくじけます』

10月21日から27日まで、7日間連続で行われた独演会「落語一之輔 七夜」。会を無事に終え、翌日は久しぶりにゆっくり休息をとったと語る一之輔師匠。とはいえ先月に引っ越したばかりの新居では、まだまだ荷物の片付けが終わらないようで……。

 

キッチンミノル(以後、キ):「七夜」、お疲れ様でした。

一之輔師匠(以後、師):本当に疲れたんだよ!

キ:会を終えて、昨日は一日中ご自宅に?

師:パジャマも脱がなかった……

キ:新しい家だから、居るだけで気持ちいいんじゃないんですか?

師:ま〜ね。お昼はペヤング。

キ:楽屋に置いてあったやつ、持って帰ったんだ……

師:そう。

キ:引っ越しは?

師:明日、やっと引っ越しを終わらす。

キ:「終わらす」って……退去の期限がきたから無理やり終わりにするみたいな言い方で。だけど、1か月もかけて引っ越しする人ってなかなかいないですよ。

師:うるさいよ!

キ:……

師:それでさ、真打になったときにつくってもらった弓張提灯を置く場所に困ってさ。……6つあるんだよ。さすがに6つはいらない。

キ:あれって、どういうときに使うんですか?

師:真打の披露目興行のときに屏風の端に掛けたり、パーティーの金屏風に飾りで使ったり。

キ:今はもう、とくに使う場面は……

師:ない。部屋に飾ろうとしたら、かみさんにやめてくれって言われてさ。

キ:部屋に弓張提灯があると、急に…

師:ヤクザの事務所みたいになるからな。

キ:ですね。そういえば新宿末廣亭の階段のところに大師匠方の提灯が飾ってありますよね。

師:あるある。上野の鈴本演芸場の入り口にも飾ってあるなぁ。

キ:あそこにそっと掛けておいたら、どうなんでしょう?

師:あの並びの中に入れちゃう?

キ:入れちゃいましょう!

師:……あそこにはたぶん偉い人じゃないと、掛けちゃいけないと思うんだよなぁ。

キ:珍しく弱気ですね。そういうのをふざけて掛けたら、本気で怒られるんですか?

師:う〜ん。本気じゃないけど真顔で叱られるだろうな。

キ:真顔で…

師:洒落にはならない。噺家にとってのステータスなんだろうね。あそこに掛かっているっていうのは。

キ:そうかぁ。……柳家三三師匠の提灯は掛かっていますよね。

師:初席の主任(トリ)だからね。掛かっていてもおかしくないでしょ。
【編集部注】初席…寄席の正月興行。元日から10日まで催される。

キ:なるほど。だけど師匠もニ之席の主任じゃないですか。
【編集部注】二之席…初席に続く、まだお正月気分が醒めやらぬ1月11日から20日まで催される興行。一之輔師匠は、鈴本演芸場の二之席・昼の部の主任を務めています。

師:いや〜…

キ:かけ合ってみたらどうですか?

師:オレの提灯も掛けてくれって?

キ:そうそう。

師:……いや、いいよ。掛けとくと取られちゃう可能性もあるから。

キ:盗まれるってことですか?

師:そうじゃなくて、もうコイツは寄席では使わないって判断されたときに外されるってこと。

キ:それは切ない…

師:だろ。だったらはなから掛かってないほうがいい。

キ:そうですね。なにがあるかわかりませんからね。

師:おい!

 

師に問う:
奥さんが10分の出来事を15分かけて話します。長い上に中身があまりありません。何回言っても変わらないので、おかげで始めと終わりしか話を聞かない癖が染みついてしまいました。ちゃんと聞いてあげたい気持ちもあるのですが、途中でくじけてしまいます。どうすればいい聞き手となれるでしょうか? また上手な話し方のコツがあれば教えていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。
(夕べはオレが悪かった/男/41歳/長野県)

 
 

キ:師匠のおかみさんの話はどうですか?

師:長い。

キ:なるほど。

師:でも上の空で聞いていても、「いま上の空でしょ!」とは言われない。

キ:ただ聞いていればいいんですか?

師:そう。新聞読みながら、「あー…うんうん、あー」って言ってる。

キ:そんなんでいいんですか?

師:かみさんに「わかった?」って言われて、
「うん」
「それじゃ、私がいま言ったこと答えてみて」って…

キ:うん。

師:「えーと、なんだっけ?」ってことはよくある。

キ:やっぱり全然聞いていない!

師:へへへ…

キ:いやいやいや、おかみさん怒るでしょ?

師:怒りはしないけど、諦めてはいるかも。

キ:見放されちゃってんだ……

編集の高成さん:でも奥さんの話って、ちゃんと聞いてこっちの意見を返すと、「そんなのは求めてない」ってなりますからね。

キ:なりますか…

師:なるね。奥さんにとっては、思いを吐き出すってことが大事だったりするからな。

キ:吐き出すことがね…

師:この人は始めと終わりは聞いているわけでしょ?

キ:そうですね。でもちゃんと途中も聞いてあげたいみたいなんです。

師:う〜ん。初めと終わりを聞いているだけでも立派だと思うけどね。

キ:立派ですか?

師:オレなんか、かみさんだけでなくすべての人の話を聞いてないから。

キ:自慢げに言うことではないと思いますよ。

師:うるさいよ。

キ:だけど、師匠みたいに普段から周りに話の上手い人がごまんといるような状況だと、一般人のオチがない話を聞き続けるのは、私なんかよりも苦痛なんでしょうね。

師:う〜ん……そんなことないよ。

キ:そんなことない?

師:オレはどっちかといえば、話すよりも聞いているほうが楽なんだよ。

キ:エ〜、本当に〜?

師:楽。

キ:それじゃあ今朝、おかみさんが話していた内容覚えていますか?

師:…………覚えてない……

キ:全然聞いてないじゃないですか!! 聞いてないから楽なんですよ、それは。

師:あ、そうか!

キ:……

師:確かに、同じ話し手に同じ質問を何度もしたり、確認したりするな。

キ:そうでしょ。

師:弟子に、あれどうなってんだ?…って訊くと、「それはこの前伝えました」って言われる場面がよくあるもんな。

キ:お弟子さんたちは内心、勘弁してくれよ…と思っていますよ。

師:知らねーよ。

キ:それじゃ、師匠が話しているのを僕なんかが「あー…うんうん、あー」とか言ってこの場にいたら…

師:腹が立つ。

キ:そうでしょ〜! ……またそんな、人を刺すような目でこちらを睨んで。

師:すげー腹立つ。他人にされるのは嫌なんだよ!

キ:当然です!! 夕べはオレが悪かったさん…って長いなぁ、もう“タベ”さんでいいや…の奥さんもきっとそう思っていますよ。だからこそ“夕べ”さんは、奥さんのために最初と最後だけでなく、真ん中もちゃんと聞かねばと思っているんだと思います。

師:オレも話を聞くのがうまい人になりたいなぁ。インタビューとか受けていると、時々本当に聞くのがうまい人がいるんだよ。

キ:師匠にとって気持ちのいい聞き上手の方って、他の人とは何が違うんですか?

師:まずは相槌。

キ:ほ〜。

師:あとは表情かなぁ。

キ:表情ね〜。

師:オレもやるけど、「へ〜」「ほ〜」って表情豊かに聞く。もちろん表情はつくっているんだけど。

キ:ふんふん。

師:でも、相手からそのあと「どう思う?」って訊かれると…

キ:さっぱり答えられない。

師:ヘヘヘ…

キ:笑っている場合じゃないでしょ!

師:だけど、急にこんなテクニックを入れると大失敗する可能性もあるから、いきなりやらないほうがいいぞ。

キ:わざとらしくなったら逆効果ですからね。

師:だからここはもう正攻法で…

キ:はい。

師:メモれっ!

キ:メモ??…れ? メモをとるんですか?

師:そう。事情聴取するみたいに。

キ:ただ聞いているだけでなく…

師:相手の話を隅々まで聞き漏らさずに、手がかりを探すように…

キ:聞く?

師:聞いたらメモる。前のめりに。

キ:なるほど。これまでは中途半端に聞いていたからダメなんだ。自分からグイグイ話を聞き出すように。新しい情報を手に入れるかごとく!!

師:そう! 相手の発言の言質をとるつもりで…

キ:奥さんと対峙する。

師:そうすれば、奥さんのほうも「ちゃんと話さなくちゃ」ってなるから。空気もピリっとなっていいんじゃないの。

キ:奥さんが話し出そうとしたら…

師:「あっ、ちょっと待って。メモ取らせてもらっていい?」って。

キ:どんな些細なことでも。

師:ときには「ごめん、今のところもう一度いい?」って記者気分で。

キ:記者気分! でもこれなら“夕べ”さんのほうも、話を聞くことが楽しくなりそうですね。

師:一言一句、逃しちゃいけないからね。それで話が終わったら二人で振り返ってさ……

キ:はい。

師:「えー、あなたの話では最初にスーパーに行って、〇〇さんに会って…ここまでは合ってますね? はい、それから…××と言われて、気分を著しく害した…と」

キ:うんうん。

師:「それでは気分を害した理由として……いくつかポイントをまとめていきましょう。」ってさ。

キ:“夕べ”さんはメモっているから要点をまとめることができるんだ。

師:そう。長かった話も要点をまとめることによって…

キ:簡潔に!

師:部屋中の至るところにペンとノートを置いておいてさ。

キ:奥さんの話が始まったら…

師:すかさずメモ!

キ:気が抜けませんね。

師:他人の話を聞くっていうのは、それくらい大変なんだよ。でも前のめりで話を聞くと楽しいぞ。

キ:そ、そうだとは思います。ただ、私なんかは家では気を抜けるだけ抜きたいんですが…

師:それは相談者が自分で選んだ道だから…

キ:しょうがない?

師:よね。

キ:いやまぁ…そこまでの拘束力はないと思いますが……え〜と、ちなみに上手な話し方のコツを教えてくださいとも書かれています。

師:それを聞いて、「こういう話し方をしたほうがいいらしいよ」って奥さんに言うの?

キ:はい。自分がなにかするのではなく、奥さんに話し方を改善してもらおうという魂胆です。

師:……キッチンは自分の奥さんに、そんな提案できるの?

キ:え? あ…………で、できないです。

師:想像しただけで背筋が凍るよ。

キ:で、ですよね……。ふ〜…

師:“夕べ”よ!! 変な気を起こさずに、あんたがメモれ! わかったか。

キ:はいっ!

 

師いわく:
メモれ

(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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プロフィール

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撮影/川上絆次

(左)春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。

(右)キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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初出:P+D MAGAZINE(2019/11/13)

◎編集者コラム◎ 『脱藩さむらい 抜け文』金子成人
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