師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第57回> 『故郷に父を置き去りにできますか?』
今年もあと2か月、気の早い人は忘年会の予定を入れはじめたり、正月休みの帰省のことを考えたり……。年末年始は人が集まる機会の増える時期。人づき合いが増えれば、楽しいこともあるけれど、面倒なことも増えるもの。でもなにより面倒くさいのは、じつは他人よりも肉親だ…なんて方も多いのではないでしょうか? 今回はそんな、親との関わり方について悩む方からのご相談。
キッチンミノル(以後、キ):……師匠は、ご実家には年に何回くらい帰りますか?
一之輔師匠(以後、師):実家に? 2回かなぁ。
キ:盆暮れだけですか?
師:そうね。でも、かみさんと子どもたちだけなら、もっと行っていると思うよ。
キ:子どもができると、実家との関係が変わるって言いますもんね。……ところで読者の方からこんな質問が来ています。
「両親に15年会ってません。親に会うための用事が思い浮かびません。何か良いきっかけはありませんか? (吹石徹/男性/43歳/三重県)」
師:15年?
キ:はい。
師:結構長いね。
キ:そうですね。帰るだけの理由がないみたいです。
師:理由ねぇ……。そんなもん考えずに、突然帰ってみればいいと思うけどなぁ。
キ:『男はつらいよ』の寅さんみたいに? あそこはだんご屋さんだから、いつ誰が来ても対応できるでしょうけど、突然15年ぶりに息子が帰ってきたら、親としてもびっくりしちゃうんじゃないですか?
【編集部注】男はつらいよ…1968年にテレビドラマ版、そして翌年から映画が始まった人気シリーズ。今年は劇場公開50周年ということで、50番目の最新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』が12/27から公開される。寅さん(故・渥美清)の雄姿がまた観られます!
師:そうかなぁ。
キ:おそらく。それができたらいちばん良いんですけどね。
師:まぁそうかぁ〜。それじゃあ…「オレオレ詐欺」をやってみれば?
キ:えっ? オレオレ詐欺!? 自作自演で?
師:そうそう。実家に突然電話してさ、「オレだよオレ!」って。
キ:ええ〜…大丈夫ですか!?
師:大丈夫だよ。当の本人がやってんだから。その代わり、本気でやんなきゃダメだよ。
キ:本気で…
師:真剣に騙すつもりでね。「今すぐ100万、送って~」って本気でウソ泣きしながら。
キ:はぁ…
師:それで向こうが「ウチには息子なんていねーッ!!」ってなったら…
キ:なったら?
師:まだまだ親は元気なんだなってわかるじゃん。そしたら、別にすぐに帰る必要はないよ。
キ:なるほど。まぁ元気であれば、用事もないことですし、すぐに帰る必要はないかぁ。でも本気で信じちゃったらどうすんですか?
師:そしたら会いに行けばいいじゃん。それはそれで親はさ、15年も会ってない吹石徹のためにお金を振り込もうとしてくれたわけだから、嬉しいじゃない。
キ:嬉しいですけど、なんだか心配です。
師:そう。だから会いに行くんだよ。
キ:心配だから。
師:電話の後で、すぐに実家に帰ってさ。
「オレだよオレ、徹だよ。」
「徹なのか! 大変なんだろ!? すぐにお金を…」
「オヤジ、おふくろ! あれはオレオレ詐欺の予行演習だよ。お金はいらない。オレは大丈夫だから。これから同じような電話がかかってきたら全部詐欺だから。簡単に騙されちゃダメだよ」って。
キ:吹石徹さんに、この演技できるかなぁ……
師:「ゆっくりしていくのか?」
「いや、今日はすぐ帰るよ。元気そうな顔を見られてよかったよ、達者でな」
…つって、いくばくかの金を置いて帰ればいいのよ。
キ:キザですね〜……長居は無用?
師:そう。最初はサラッと。また近いうちに行けばいいじゃない。二度目は行きやすいでしょ。
キ:二度目に訪ねる理由は?
師:なくていいの、理由なんて。「また来たよ」でさ。
キ:でもこの方法だと、吹石徹さんには相当な演技力が問われますよね~
師:演技力がなさすぎて、すぐにバレちゃったりしてな。
「徹!! あんたはまだこんなバカなことやって!!」
キ:あはは、そこから延々と説教。
師:15年ぶりの電話だったのにな。それはそれで、久しぶりの親子の交流でいいじゃない。
一之輔師匠のご意見をお聞かせいただければ幸いです。
(うめ/29歳/女性)
キ:こちらはさっきとは逆に、実家を出たいと思う方からのお悩みです。
師:お父さんがおいくつかにもよるけどね。
キ:どうでしょうね? うめさんは29歳だから…60代か、もしかしたら50代後半かもしれません。
師:まだまだ若いよ。いま東京で一人暮らしをしているってことは、介護とかそういうのはないってことなんだよね?
キ:そうでしょうね。
師:それであれば、別に実家にいる必要はないよ。逆に娘が家にいたら、お父さんもできないことがあるでしょ。
キ:ありますか?
師:エロ動画を見たり…
キ:あはは、それに新しい彼女をつくったり?
師:そうそう。たとえが偏っているけど、他にもいろんな可能性を考えたほうがいい。
キ:自分の考え方に凝り固まらずに…
師:うめ! おまえがすべてにおいて親から必要とされていると思ったら大間違いだから。
キ:大間違い?
師:いないほうがよい場合もある。
キ:そんなにストレートに言われると…
師:でも、こういうことを考えるうめは偉いね。
キ:一人暮らしはしたいけど、お父さんも心配…という。
師:そう。こういう娘を持ちたい。
キ:師匠の一人娘は…
師:言わない。将来的にも言わないような気がする。
キ:ですよね〜。
師:うるさいよ!
キ:逆にお父さんの立場としてはどうでしょう? 自分がいるせいで、娘がやりたいことを我慢しているという状況は?
師:ああ、それはイヤだな。地元にずーっといるのはお父さんのせいなんだって知ったらショックかも。たとえ口に出さなくても、そういう意識が娘にあるとしたら、父親としては悲しい。
キ:お父さんだって娘さんの本心を知っていれば、出ていくのを…
師:止めないだろうね。
キ:それじゃあ、うめさんが東京で一人暮らしをするのは、親不孝ではない?
師:ないでしょ。こんなに思っていてくれるんだから。
キ:親になかなか会えなくて悩んでいる人もいれば、こういう人もいて…
師:うめは幸せだよ。
……ただ、お父さんの意見がここにないのが気になるなぁ。
キ:そうですね…うめさんの思いは伝わるのですが、それに対するお父さんの気持ちが書かれていない。
師:お父さんはどう思っているんだろうね。
キ:さぁ……
師:うめはお父さんとちゃんと話をしているのかな?
キ:まだ、話をする段階までいってないかもしれませんね。お父さんに話す勇気がないので、こちらに相談されているのかも…
師:そうなると……うめは一人で悩みつつも、親を思って悩んでいる、そんな自分自身に酔っているのかもよ。いい娘を気取っているだけなのかもしれないぞ。
キ:こらこら。
師:親孝行なんて、基本的には子どもの勝手な思い込みなんだよ。「親孝行、したいときには親はなし」なんて言うけどさ…
キ:はい。
師:親孝行を“したい”って言ってるように、親孝行というのは、子どもが自分の都合で勝手にやるもんなんだ。
キ:親孝行は、親が“してほしい”んじゃなくて、あくまでも子どもが“したい”ものなんだ…と。
師:そう。親からしたら、どこに住んで何していようと元気ならそれでいいんだよ。もしも子どもの助けが必要だったら、こっちからお願いするんだから。子どもは元気で自分のやりたいことをやる。それが一番の親孝行なの。親のための行動をしないからって、それが親不幸になるってことはない。
キ:なるほど。
師:そんな娘に限って、「お父さん、そんなところで寝てないで! 掃除するんだから!!」とか「お父さん、またスナック行くの?」、「また打ちっ放し?」とか言ってギャーギャー騒ぐんだよ。
キ:え〜と、そんな娘ばかりではないと思いますが…
師:オレは言いたい! お父さんにもっと自由を!! お父さんだってゴロゴロしたいのよ。スナックにも行きたいの。
キ:それは師匠がでしょ?
師:うるさい! ……なにはともあれ、まずは一度、直接お父さんに訊いてみてもいいんじゃない? 遠慮せずに。
キ:現在は業務で東京に来ているけれど、いずれは必ず地元に帰るという前提があります。だけどもし東京の会社に転職することになれば、きっともう地元には戻ってこない……そのことに、父娘で正面から向き合うべきですよね。
師:そこで、自分の気持ちは東京にあるのに、故郷を離れる踏ん切りがつかないから、その言い訳にお父さんを使っているということに気づくわけだ。
キ:なるほど。
師:お父さんだって、すぐに気がつくと思うよ。これはお父さんを言い訳にしているなって。
キ:気がついちゃいますか…
師:お父さんはそんなに鈍感じゃないぞ。お父さんをバカにしないでほしいね。
「オレはお前に親孝行してもらうために生まれてきたんじゃない!!」
キ:あはは、そりゃそうだ。だってお父さんのほうが先に生まれているんですから。うめのお父さんような口ぶりで。
師:オレは、親孝行が前提の親子関係なんて嫌だ。
キ:利害関係のない、ただの親子関係がいいと。
師:でもさ、今回みたいに親を地元に残してまでも東京で一人暮らしを続けるかどうかを迷っているんだとしたら…
キ:はい。
師:うめがしたいことをしたほうがいいよ。親が元気であるうちに。
キ:うめさんが今、東京で一人暮らしができる状況にあるのなら、そうすべきだ…と。
師:一人暮らしに限ったことじゃなく、自分がやりたいことはやったほうがいい。それができる状態にあるのなら、ためらわずにやってみること。
キ:今がその時!
師:そう。それでさ、月に1回でも2回でも、田舎のお父さんを東京に呼んで一緒に寄席においでよ。そして一緒に美味しいものを食べてさ。
キ:いいですね。
師:一緒に住むことだけが親孝行じゃない。離れているからこそできる親孝行もあるんだよ。
(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。
プロフィール
撮影/川上絆次
(左)春風亭一之輔:落語家
『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
(右)キッチンミノル:写真家
『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。
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初出:P+D MAGAZINE(2019/11/01)