「推してけ! 推してけ!」第30回 ◆『ぼくはなにいろ』(黒田小暑・著)

「推してけ! 推してけ!」第30回 ◆『ぼくはないいろ』(黒田小暑・著)

評者=戸田真琴 
(文筆家・映画監督)

人間らしすぎるままで、傷口を重ねて


 自分より脆い人のことは殴らないと決めている。壊れてしまうかもしれないから。ところが、脆い人間ほど他者への攻撃に暇がない。自らの加害性に気付くにも強さが要る。まさか、自分が他者を侵害しているだなんて、普通は受け入れたくもないからだ。それに向き合い、客観的に自己の在り方を眺め、落ち度がある場合は受け入れ、分析し、反省する。その過程には一貫して、精神の強さと頑丈さが不可欠だ。だから、多くの脆い人間は、自分以外の他人を殴ることを悪びれない。自分のほうがか弱くて可哀想、あるいは正しく、他者を攻撃してもいい立場であると信じて疑わないのだ。
 なので、自分より脆い他者を殴らないと決めていると、自然とその脆い他者から、殴られ続ける結果になる。いくら殴られてもこちらからは殴り返せないので、サンドバッグになるほか選択肢がないのだ。私はこの状況になるたび考える。他者の脆さを。人間というものの一般的な壊れやすさを。自己分析の足りなさを。彼らはいったい、何が欲しくて、どこへ行きたくて、どんな人間になりたいというのだろう?

『ぼくはなにいろ』というタイトルが見事なものだったということに気がついたのは、本編を読み終えてのことだった。タイトルと同じ言葉の問いかけ自体は物語の序盤に為されることだが、その問いの本当の意味を読者は最後に知ることになる。
 登場するのは、不器用な若者たち。それぞれに他者から理解されづらいしこりを抱え、どこか自分自身に対してあざ笑うような気持ちを持ちながら生きている人たちだ。リアルな会話の重なりで象られ尽くしていく、彼らの存在の有様自体が、まさに、自分はどんな色をしているのだろうか? と、他者へ問いかけている。皆、自分自身が何色なのか解っていないのだ。
 それは、確固たる自分自身に自信を持つようなことかもしれないし、自分の身の程を知ることかもしれない。自分との向き合い方次第で、その姿はいかようにも化ける。この物語は、それぞれの見限り方で自分に失望した人たちの物語なのだ。
 目標もなく文具店で店員をしている孝志朗は自分自身の空虚さを知っている。店の常連である不登校の絵美は、父親との関係性に達観して諦めたふりをしながら、身体に対するコンプレックスと人知れず闘っている。事故を経験した祥司は、不自由になった身体を「壊れた容れ物」と言い、人間関係に極端に臆病に生きている。祥司の同僚である崎田は、抑えられない破壊衝動ゆえ社会から孤立しかけている。祥司が居酒屋で出会った千尋は、視線や言葉による性的搾取から性に対するトラウマを抱えて生きている。〝何を信じ、どこへ向かったらいいのかわからない。どんな人間として生きていけば許されるのかわからない〟そういった、声なき叫びが日常会話やふとした行動、克明な心理描写によってほとんど常に醸し出されている。読むのにエネルギーを要する人もいるだろう。だけれどそれは、その叫びが多くの読者にとってきっとみぞおちを殴られるように苦々しいものだから。

 この作品の、凡庸でいて稀有な特徴は、各登場人物がいかにして、どのように屈折したのかというのをそれぞれの視点で描いているところだ。神の視点はない。一人称で、それぞれの人物が自己にどれだけ向き合ってきたか、その屈折を社会と折り合いをつけるためにどのような方向に努力したのか、そして彼ら自身の、目を逸らしたくなるような自己憐憫や欺瞞までもがちらりと顔を覗かせる。しかし、抱えた矛盾を振り払いきれないまま、言葉を引き算するのではなく重ねる。対話を、やり取りを傷つきながら重ねていくことで、いつか傷口を光で満たしていく。きれいになれないまま、人間らしすぎるままで。コロナ禍を描写した作品でもあるため、こんなメッセージすら感じられる。「誰も訪ねてこない部屋の中で、鏡に見飽きたら、誰かに自分を見せながら、少しずつ話してみよう」。人物たちが、本当に少しずつ重なり合っていく姿を追った後は、不器用でも大丈夫だと自然と思える気がした。

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ぼくはなにいろ

『ぼくはなにいろ』
著/黒田小暑


戸田真琴(とだ・まこと)
文筆家・映画監督。「いちばんさみしい人の味方をする」を理念に、文筆活動・映像制作等で活動中。著書に「あなたの孤独は美しい」(竹書房)、「人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても」(角川書店)、監督作に映画「永遠が通り過ぎていく」Music Video「CHRISTMAS AFTERNOON(諭吉佳作/men)」等がある。トーク出演などタレント活動・モデル活動も行う。フォトブック「Makolin is」が東京ニュース通信社より3月3日に発売予定。

〈「STORY BOX」2023年3月号掲載〉

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