☆スペシャル対談☆ 角田光代 × 西加奈子 [字のないはがき]と向きあうということ。vol. 1
西
わたし、鉛筆とかは別ですけど、いろんなパターンを結構ざっくりラフで描いて、これ!っていうことを、しない。小説でも絵本でも。だから、自分の絵本でも、半分くらいまで描いて、やっぱりこれじゃなかったって、ぜんぶやめる、みたいなことがあります、これ捨てるんかい!みたいな。それって小説なら、中盤までいって一人称やなかった三人称やった、ていうくらいの労力で……。
角田
うんうん。
西
今回は、どんな絵にしよう、というのがすぐ浮かびました。とにかく人が出てこない、ぜったい人の顔を出さない、あとは気配だけやとか。もちろん、こだわって、これじゃないこれじゃない、というのもあったんやけど、〝丸ごとやめる〟という作業はぜんぜんなかったです。
角田
え? てことは、最初からクレヨンで?
西
ううん、鉛筆、えんぴつ! 鉛筆で、もちろんやるんやけど。でも、たとえば、なんだろ、鉛筆で描いたあと、黒いクレヨンだけで何枚もラフを描く、ということがなくて、直接もうバーッとやって、色もその場で決める、そういう作業でした。
角田
ふーん。
西
おなじ構図の絵が何枚かあるんですけど、この絵本ではそれをまとめて描く、とかはぜったいしないでおこうというのも決めてました。一枚一枚、色とかもそうです、一枚描きあげたら次、一枚描きあげたら次、っていうふうに描きました。
角田
いちばんたいへんだったことは、なんですか?
西
いやもう、重圧!
角田
あははは(笑)。
西
もう、向田邦子と角田光代の下に!みたいな、なんかこう〝初めての仕事〟の重圧でしたね。絵本はいままでやったことがあるし、小説も自分で出したことはあるけど、こういうかたちで〝ごいっしょする〟っていうのが、あんまりなかったからなぁ。あと、角田さんもそうやと思うんですけど、わたしたちの知らない時代のことじゃないですか。戦争のことでもあって。戦争って、どれだけ注意しても、注意し足りないぐらいデリケートだから、それはすごく感じました。
角田さん、なにがしんどかったですか?
角田
重圧!
西
あははは(笑)。パクったやろ! そんなに思ってないのに!
角田
思ってる、思ってる! ほんとにほんとに、やっぱりね、重圧ですよ。どうしよう、って。失敗したらどうしよう、とかじゃないんですよね。言葉にできない、なんかすごいたいへんなことを背負わされてしまったなぁって……。
あ、そんな……、和子さん、だいじょうぶですよね(笑)?(と会場にいらしていた向田和子さんの顔色をうかがう)
西
あははは(笑)。
角田
わたし、向田邦子さんのエッセイを、22、3歳のときに編集者のひとからすすめられて読んで、すごい好きになって、それからずっと好きな作家ではあるんですが、なかでもこの「字のない葉書」は記憶に残るというか、ひじょうに〝強い〟エッセイじゃないですか。
西
そうですね。
角田
だから、それに対して自分が、なにができるかなぁ、っていう重圧ですね。
西
うん、わかります。特に、これは向田さんと角田さんの共通点やと思うんやけど、戦争の話ではあるけど、それを「戦争だからダメなんだあああ!!!」ってひとことも言ってない、行間にもないし。だからって軽いわけでもなくて。
角田
うん。
西
たいせつな葉書、どこかにいってしまった、っていう書き方、すごく向田さんぽいし。向田さんももちろん、〝戦争体験を書いてる〟ってことは自覚されてたやろうから。たぶん、ね? 説教くさくならないようにとか(笑)。ご家族のすごくたいせつな思い出でもあるやろうから、なんだろうな、いつもより、こう、……張り切ってはないんですけど、強い意志をもって冷静であろうとされてるっていうのを、わたしは感じて。
角田
うんうん。
西
で、さっきも言ったけど、わたしは結構グイっといくし(笑)、「戦争のこと!描いてる!!」みたいな腕まくりをすぐしてしまいがちだから、そこはほんとに自分を「あかんあかんあかん」って、いままでないくらい手綱をにぎっていましたね。でもそれやって、実際に描いてるときっていうよりは、やっぱりふだん考えてるときで。……角田さんに見せるのがこわかった、絵を。
角田
(スクリーンに映っている絵本の書影を見て)あああー! やっぱりいいですよね。
西
もうほんとに、和子さんに見せるのもこわかったし。でも、自分ではこれ以上できひんと納得したから、もしそれで「これはない」って言われても、まあ、っていうのはありました。
角田
わたしのところに絵が来て、……最初はメールの添付で来て、それから現物サイズのカラーコピーを送っていただいたんですけど、すごいびっくりしました。まず、人の姿というのがほとんど描かれていないのに、人がいる気配がものすごくするじゃないですか。生々しいというのかな、においまでしそうな。それが、すごいな、と思いまして、見ながら……泣きましてね。