岸田奈美「藤子・F・不二雄 生誕90周年企画発表会に行ってきた!」
おどろくくらい、すべてにおいて、好きということ
机の前でさみしくなったとき。何度もこれを見返すんだろうな。 三回目の涙を流しながら、思った。
川崎市の藤子・F・不二雄ミュージアムで開催される企画展の映像が、本当によかった。
「僕は、すべてにおいて好きであることを優先させてきました」 から始まるF先生の言葉と、Fキャラたちの何気ない言葉が刺さった。
好きなものが、わからなくなることがある。 見つからなくて、あせることもある。 どっこい、大丈夫。 子どものときにちゃんと、受け取ってる。
冒険に憧れる心を捨てられず、いい歳してピーピー泣いて良いのかしら、とそわそわしてるわたしに、映像の中でのび太が言う。
「これからなにがおこるにしても、ぼくらはず〜っといっしょだよ」
ドラえもんたちに向けてのセリフだけど、わたしにドーンと刺さった。企画展でお礼を伝えにいきたい……。
小説家の辻村深月さんと、まんがドラえもん初代編集者の河井常𠮷さんのトークを聞いても、F先生は描いている自分がまず楽しんで、娘さんたちも楽しませて、そして読者みんなが楽しんでくれることを、目指していた人だというのがわかった。読者も編集者も、とにかく周りの人たちを、びっくりさせるのが好きだったらしい。
F先生の訃報を知った日のことは、忘れられない。テレビ放送の「映画ドラえもん のび太の日本誕生」を見終わったときで、わたしはまだ5歳だった。
ドラえもんの新しい冒険にびっくりすることは、もうなくなるんかな。終わっちゃうんかな……? さみしくて、かなしくて、眠れなかった。
ところが、 そんなことはなくて。 F先生のキャラクターたちはずっと、わたしたちをびっくりさせ続けているじゃないか。
そう、今も……
「T・P(タイムパトロール)ぼん」が、アニメ化だと!?!?!?!?!!
ぶったまげた。1978年から連載が始まった作品が……今……!
もはや、現代のタイムマシンである。
しかも Netflix での配信だから、子どもも大人もどころか、世界中の人たちも一緒に観ることができるんじゃなかろうか。
もはや現代のほんやくコンニャクでもある。
「T・P(タイムパトロール)ぼん」は、F先生の〝好き〟が詰まっていて、地球の歴史を舞台に、F先生が調べて妄想してを繰り返し、ほくそ笑みながら描いた作品のような気がする。
あまりのおもしろさに、わたしは大学受験で世界史を選択したほどだ。トロイア戦争の項目だけ、やけに成績がよかった。F先生に支えられる人生である。
おどろき疲れ、泣き疲れ、 呆然としながら会場をあとにすると、どこでもドアがあった。
「あ、カギないんだ……よかった……」
なにがよかったのか、今思い返してもわからないが、とにかくよかった。すべてがよかった。
これで90周年なら、100周年企画発表会はいったい、どうなっちゃうんでしょうか。
(おわり)
岸田奈美(きしだ・なみ)
1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年にわたり広報部長を務めたのち、作家として独立。Forbes「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。著書に『傘のさし方がわからない』(小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)、『飽きっぽいから、愛っぽい』(講談社)など。
twitter Instagram note