椹野道流の英国つれづれ 第17回
◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯17
ぽりぽりぽり……。
2本目のアップルタイザーを手酌で厚手のグラスに注ぎ、ちびちび飲みながら、小袋に入ったピーナッツを1粒ずつ取りだしては口に放り込む。
パブで席に着いてからおそらく1時間近くは経ったでしょう。その間、私がやり続けているのはそれだけ。実にシンプルです。
アップルタイザーは冷蔵庫から登場したものの、日本で供されるソフトドリンクのように「キンキンに冷えている」感じはありません。
グラスに氷を入れる習慣も当時はなかったので、アップルタイザーはあっという間に生ぬるくなっていきます。
身体に優しいといえばそうかもしれませんが、ぬるさの分、甘みを強く感じるので、どうしてもしょっぱいものをつまみたくなります。
そこで、ピーナッツです。
KPという有名なメーカーの、たいていどこのパブにも置いてあるピーナッツは、塩気がよく効いていて、お酒だけでなく、甘い飲み物ともたいへん相性がいいのです。
他にも、甘塩っぱい味付けのものなどもあり、これは後に、私の大のお気に入りとなりました。
あとは、クリスプス……いわゆるポテトチップスの小袋も、パブのおつまみとしては定番です。
この日は食べませんでしたが、「ソルト&ヴィネガー」という、日本ではあまり馴染みのないフレーバーのものが、ジョージのパブには常備されていました。
私は酸っぱい食べ物が苦手なので、かなりパンチの効いたヴィネガーの風味と香りにいつもツーンとなっていましたが、それでもなかなか美味しいものです。
お酒がまったく飲めないくせに、私はいわゆる「酒の肴」が大好きなのです。それは、日本にいてもイギリスに来ても変わりません。
「おい、チャーリー、これからディナーだぞ。ピーナッツはそのくらいにしておけよ」
他のお客さんや、バーマンのジョージとのお喋りに夢中で、私にはほとんど話しかけてこなかったジャックは、ふとハムスターのようにピーナッツを食べ続けている私を見て、苦笑いしました。
「退屈したか?」
そう問われて、私は首を横に振りました。
決してジャックに気を遣ったわけではなく、本当に退屈する暇がなかったのです。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。