『あなたが殺したのは誰』刊行記念 まさきとしか × 黒木瞳スペシャル対談【前編】

苦行を乗り越えた人間にしか至れない境地

まさき
 前作の『彼女が最後に見たものは』を刊行した際、黒木さんに素晴らしい書評をいただきました。

黒木
 僭越ながら、書かせていただきました。

まさき
 そこで黒木さんが、「三ツ矢は塩沼亮潤大阿闍梨を彷彿させる」と書いてくださいましたよね。私、感動でうわーっ! と震えたんです。というのも書評をいただいた頃、塩沼大阿闍梨の講演の配信を毎日、繰り返しYouTubeで見ていたんです。

黒木
 えっ、偶然ですね。

まさき
 本当に。すごく驚きました。

黒木
 塩沼大阿闍梨は大峯千日回峰行を成し遂げた高僧です。食べない、飲まない、寝ない、横にならない行を9日間やりぬくという、過酷な四無行も達成しています。私は三ツ矢について、それほどの苦行に劣らない痛みを過去に経験し、心を完全に無にできる人物だと感じていました。

まさき
 そう感じていただけたなんて嬉しいです。塩沼大阿闍梨は、死の危険さえもある苦行を経て、「すべてを手放したあとには感謝の気持ちだけが残る」と説かれています。その言葉が、私の心に沁みました。苦しみとか痛みとか、辛い感情は最後まで行き着くと何も感じなくなり、温かい感謝がこみあげる。そういう境地に至るのが人の究極の幸せなのだろうと、私は受け取ったんです。  私は、人はどうしたら幸せになれるんだろう? ということをずっと考えながら小説を書いています。そのアンサーのひとつが、『彼女が最後に見たものは』になったと言えます。自分では意識していなかったのですけれど、黒木さんが書いてくださった書評を読んだとき、塩沼大阿闍梨のお話と三ツ矢の人物像が、一瞬でつながりました。大げさじゃなく、持っている紙がブルブル震えるぐらい感動して、興奮して、嬉しくて泣きました。私は気づかないうちに、大阿闍梨の言葉に強く影響されて、小説を書いていたのだなと。こんなふうに著者自身に教えてくれたり、思いを理解したりしてくださる読者がいてくれることは、本当に幸せです。小説を書いてきてよかったと、心から思いました。

黒木
 そんなにも言っていただけて、こちらこそ恐れ入ります。

まさき
 黒木さんの書評は、私の宝物になっています。実は何年か前に、いろいろと辛い時期があり、書くことをやめようかと悩んでいました。けれど黒木さんの書評をきっかけに、絶対に書いていく! と改めて決心したんです。作家としても、黒木さんには救われました。

黒木
 重ねて、光栄です。ぜひ小説を書き続けてください。

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