☆特別対談☆ 森見登美彦 × 辻村深月[15年目の原点回帰]
小説を材料にして現実を作り替える
辻村
『夜行』と『熱帯』は、自分の生きている世界の可能性を広げるというか、日常というものの前提を疑うような酩酊感があります。この二作に限らず、森見さんの作品がファンタジーに分類される理由はそこなのかもしれません。どうして我々が本を読むのかというと、良識を振りかざすタイプの大人たちに、「世界は見えている範囲で終わりです」と断定されることに対する怒りや反発心があると思うんです。森見さんの作品は、「日常の向こう側にさらなる世界があってもいいんじゃないか」と思わせてくれる感覚が強いんです。
森見
僕らが見ているむき出しの現実しか現実ではないのだとしたら、つらいんですよね。悲しいし、耐えられない。だから小説を書くことによって、現実をできるだけ拡張させたい。小説を材料にして、みんなでああだこうだと言いながら現実をちょっとでも作り替えたいんです。自分が小説を書いて本を出す、大本にあるのはその欲望なんだろうなと常々思っています。
辻村
私が小説を読むだけではなく、自分で小説を書き始めた理由もきっと、そういうワクワクを作るためだったんだろうなと思います。
──「STORY BOX」6月号からお二人の小説の新作が始まり、同じ媒体で執筆する「同僚」にもなります。デビュー15周年を経て、それぞれどんなチャレンジをされる予定ですか?
森見
『夜行』と対になるような作品ということは漠然と考えています。雰囲気としては『夜行』みたいな怪談になるだろうと思っているんですが、『夜行』の時の書き方からは変えてみるつもりです。「今回はこういうものを作る」という設計図のようなものを、完全に白紙の状態から始めることは怖くてできないけれども、できるだけ文章主導でやっていきたい。設計図がしっかりしていると、文章が膨らんでいく力が弱まっていって、書いていてどんどん身動きが取れなくなるんですよ。文章を書くことの中から生まれてくる、モニャモニャっとしたものをできるだけ大事にして、あとからお話がついてくるような書き方をしたいと思っています。いっぺん、『太陽の塔』の頃の書き方に戻していく感じですかね。
辻村
お話の設計図はどれぐらい準備する予定なんですか?
森見
『夜行』は、みんなが夜に飲み込まれていくというコンセプトで書き進めた話でした。その反対に、真昼の中に一瞬だけ夜が現れるみたいなお話を書いていくのはどうだろうかと思っています。
辻村
私が新連載でやろうとしていることも、森見さんがおっしゃっている感覚と近いのかもしれない。デビューの頃とは題材や表現の仕方はまったく違ってくるけれども、久しぶりにミステリをちゃんと書きたいと思っているんです。その人にとっての大きな事件ではなくて、誰が見ても大きな事件を扱うミステリを書いてみたい。私はミステリが大好きだし、昔からずっと憧れを持ってきたから、もうなんていうか、畏怖というか、書く恐さも大きい。楽しいだけじゃなくて挑む時にはものすごく勇気もいるんです。絶対しんどいとは思うんですけど、今後もずっと小説を書き続けていくためにも、15周年を迎えたこの辺りで頑張っておきたい。
森見
まじめだ。
辻村
まじめです(笑)。
森見登美彦(もりみ・とみひこ)
1979年奈良県生まれ。京都大学農学部大学院修士課程修了。2003年『太陽の塔』で第15回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年『夜は短し歩けよ乙女』で第20回山本周五郎賞を、10年『ペンギン・ハイウェイ』で第31回日本SF大賞を受賞する。ほかの著書に『四畳半神話大系』『有頂天家族』『聖なる怠け者の冒険』『夜行』『熱帯』など。
辻村深月(つじむら・みづき)
1980年生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞を、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞を受賞。18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞した。ほかの著書に『ぼくのメジャースプーン』『朝が来る』『青空と逃げる』『傲慢と善良』など。
撮影 田中麻以 辻村深月ヘアメイク 藤島達郎)