今月のイチオシ本【エンタメ小説】

『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』
葵 遼太
新潮文庫

 タイトルは、今や伝説のロックスターであり、27歳で自らの頭を撃ち抜いて亡くなった、ニルヴァーナのボーカル&ギタリスト、カート・コバーンの言葉からとったもの。めっちゃカッコいい!

 物語のプロローグは、初めて一夜を共にした高校生カップルの、女子のほうのモノローグで始まる。幸せに色があるとしたら、全身にその色を帯びているであろう少女のその言葉に、のっけからきゅんとなる。けれど、そのきゅん、は最後の一行で、ずきっ、に変わる。

 場面は変わって、とある高校の始業式の朝。そこから物語は始まる。新しいクラスの中で、お互いがお互いを手探りしている雰囲気の中、ただ一人、机に突っ伏して寝たふりを続けているのが、物語の主人公・佐藤晃だ。留年している晃には、クラスでのポジションどりはどうでもいいし、むしろどうでもよくなくてはいけないからだ。そんな晃の領域に無遠慮に踏み込んできたのが、後ろの席に座っている白波瀬巳緒だった。

 やがて、この白波瀬と、晃の隣の席の御堂楓、白波瀬の隣の席の和久井順平の四人は、一緒に行ったカラオケがきっかけで、バンドを組むようになる。

 一年ダブりの晃(その理由は本書を読まれたい)、ギャルな外見とクールで優しい内面を併せ持つ白波瀬、生来の吃音のせいで辛い日々を送っていた御堂、そしてアニメとゲーム命のオタクな和久井。この、どこにも接点がなさそうな四人の組み合わせと、それぞれのキャラが最高だ。加えて、かつての晃のクラスメートで、晃いわく「アウトローのお手本」のような藤田もまためちゃくちゃカッコいい。登場人物たちそれぞれの、なんとチャーミングなことか!

 もちろん、今どきの高校生の物語なので、担任のしょうもなさ(始業式のその日に、晃の留年を無神経に暴露してしまう)とか、御堂が受けていたいじめとか、その辺のこともきっちり描かれているのだけど、何よりも、読後明るい気持ちになるのがいい。伊坂幸太郎さんの『砂漠』を好きな人には、大、大、大プッシュ! です。読むべし!

(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2020年8月号掲載〉
鬼田隆治『対極』
【著者インタビュー】中村光博『「駅の子」の闘い 戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史』/駅に住み着いた子どもたちの壮絶な証言集