今月のイチオシ本【ノンフィクション】

『消された信仰 「最後のかくれキリシタン」──長崎・生月島の人々』
広野真嗣
小学館 本体1,500円+税

 2018年6月30日、ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界遺産リストに登録することを決定した。登録されたのは、現存するキリスト教建築物で国内最古の国宝・大浦天主堂など長崎・熊本にまたがる12の構成資産だ。

 その中に生月島の「かくれキリシタン」が信仰対象にしている殉教聖地を含む「平戸の聖地と集落」がある。生月島は明治に禁教が撤廃されても、先祖から伝わった独自の信仰習俗を継承している地域で現在でも信仰は失われていない。

 だが長崎県が作った公のパンフレットの2017年版には「現在ではほぼ消滅している」と書かれている。それはなぜか。

 自らを"ペーパークリスチャン"と呼ぶ著者の広野真嗣は、ある日絶版になっている『かくれキリシタンの聖画』という画集を見た。それは西洋の聖画とは全く異なり、漫画的な絵でありながら不思議な力を持っていた。とりわけ「洗礼者ヨハネ」という絵が目を引く。なんとヨハネがちょんまげを結っていたのだ。

 この聖画を拝む人たちを知りたいと広野の長い旅は始まった。

 かくれキリシタンには遠藤周作の『沈黙』や島原の乱などから迫害のイメージが付きまとう。それでも信仰を捨てられない人たちはこの聖画を拝んでいたのだ。

 生月島はその中でもキリスト教と仏教、そして神道までも巻き込み、独自の宗教を形作っていた。オラショと呼ばれる祈りはもともとのラテン語の祈祷を耳で覚え、口伝えで伝承してきたものだ。

 本書ではその成立過程を検証しつつ、なぜ生月島の人たちは禁教が解かれたあともカトリックに回帰しなかったかを詳細に辿っていく。研究者たちの意見の対立、バチカンの思惑、そして世界遺産対象地域の中で生月島の信仰が難しい立場にあることが明らかになっていく。

 先祖代々の信仰は生月島の人々にとって誇りだった。八百万の神を祈る日本人にはどの宗教かに捕らわれる必要はないのかもしれない。小学館ノンフィクション大賞としてふさわしい作品である。

(文/東 えりか)
〈「STORY BOX」2018年8月号掲載〉