今月のイチオシ本【警察小説】

『焦土の刑事』
堂場瞬一
講談社

 日本に警察制度が出来たのは東京警視庁が設置された一八七四年だが、第二次世界大戦後に大きな変化が訪れる。GHQ(連合軍総司令部)の指示で内務省を頂点とするそれまでの組織が解体され、一九四八年の旧警察法の施行により自治体警察として再スタートを切るのだ。

 山田風太郎『警視庁草紙』や佐々木譲『警官の血』等、日本の警察史をベースにした警察小説はまだ少ない。終戦間際から説き起こされる本書は、その系列の新たな里程標として記憶されるであろう大河シリーズの第一作である。

 京橋署の若き刑事・高峰靖夫は東京大空襲で焦土と化した管内を見て茫然としていた。そんなとき銀座の呉服屋の防空壕で死体が発見されたという知らせが。遺体は若い女性で、明らかな他殺死体だった。空襲のさなかに殺されたらしい。高峰たちは遺体を署に運ぶが、署長の富所と会っていた本部の人物の命で、空襲の被害者として処理されることに。

 高峰は友人である特高の検閲係・海老沢六郎相手に不満を爆発させるが、どうにもならない。数日後、今度は霊岸島の防空壕で同じ手口で殺されたらしい女性の死体が発見されるが、またしても本部の者だという男に遺体を横取りされ、他言無用を命じられる。おさまらない高峰は単独で捜査を始めた矢先、本部の者を名乗った男たちに襲われる……。

 戦時下に発生した連続殺人事件に若手の熱血刑事が挑むが、前半は後手後手に回り、被害者が増えていく。普通の捜査小説と違うのは、高峰刑事の捜査劇のみならず、海老沢の検閲仕事もそこに絡んでくること。特高──特別高等警察は社会主義者、共産主義者、無政府主義者等、政治犯や思想犯を取り締まる悪名高き組織。今でいう公安警察の前身だが、海老沢が担当しているのは演劇の台本検閲。対象者を拷問にかけるようなシビアな場面は出てこないが、戦後になって、彼は特高での仕事を後悔する羽目になる。

 連続殺人の行方もさることながら、背景となる芸能界の諸事情にもご注目。正義のありかたに悩み、出世を誓う高峰と海老沢の今後の動向が気になる。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2018年9月号掲載〉
今、ミステリーといえばこの3冊
斬新な大どんでん返し!『ちょっと一杯のはずだったのに』