ミステリの住人 第6回『活劇小説 × 深町秋生』

ミステリの住人 第6回『活劇小説 × 深町秋生』

若林 踏(ミステリ書評家)

 今回のサブタイトルにある“活劇小説”という言葉を提唱したのは、2023年に亡くなった書評家の北上次郎である。北上は1981年に書かれた「活劇小説宣言」という小文の中で、背景や小道具にこだわり形骸化してしまった冒険小説が袋小路から抜け出すには肉体の復権しかないと論じ、肉体の闘争を核とする新たな冒険小説を活劇小説と名付けた。それは単にアクション描写や暴力描写が書かれた作品を指すのではない。ちっぽけな個人が行く手を阻む大きな障壁をいかにして乗り越えるのか、というダイナミックな図式があるからこそ“新しい冒険小説”なのであり、主人公が対峙する“大きな障壁”に時代なりの創意工夫を行っている作品こそが優れた活劇小説になるのだ。では現代日本における優れた活劇小説の書き手は誰か。そう考えた時に思い浮かぶのが、今回インタビューを行った深町秋生だ。深町は活劇作家として独自の路線を突き進んでいる、と断言していい存在だと筆者は捉えている。

暴力がもたらす虚しさをも描く

 深町は最初から独自の道を歩んでいるわけではなかった。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞したデビュー作『果てしなき渇き』(宝島社文庫)は元刑事の主人公が行方不明の娘を探していくうちに、いつしか狂気に囚われ暴走していく様を描いた犯罪小説だ。インタビューで語っているように深町はデイヴィッド・ピースの<ヨークシャー四部作>など、底なしの闇と狂気を描いた犯罪小説に傾倒しており、その影響が色濃く出ている。二作目の『ヒステリック・サバイバー』は学園を舞台にした暴力小説で、2000年代前半より浸透しつつあったスクールカーストの概念をミステリに取り入れた点が秀逸だった。これらの作品に共通するのは、制御できない破壊衝動である。特に『ヒステリック・サバイバー』は深町自身の鬱屈した青春が投影されており、どす黒い熱気が読者を飲み込む。

 こうしたむき出しの衝動が深町秋生という作家の武器だったが、その衝動があまりにも制御し切れず、勢いだけが先行した小説として見なされることも少なくなかった。今回、深町自身が苦々しく回想しているが、デビュー当時の作品に対して、デイヴィッド・ピース作品に代表される「ノワール小説」のエピゴーネンであると指摘する評者もいた。それは物語の雰囲気などの表層だけの評価に過ぎないのではないか、とも思うが、作者自身の抱える鬱屈や怨念が先走り過ぎていた感は否めない。

 深町がそうした情念を上手く抑え、先行作品から距離をとって娯楽活劇小説の書き手としての力を発揮し始めたのは、同一主人公を据えた連作シリーズを複数手掛けるようになった2010年代からである。先ほど鬱屈や怨念が先走り過ぎていた、と書いたが、深町自身もその点に自覚的で、娯楽小説として整ったものを書ける力を身に付けようと苦闘した様子がインタビューから窺うことができる。シリーズもので最初に火が付いたのは幻冬舎より刊行されている〈組織犯罪対策課 八神瑛子 〉シリーズだろう。深町作品の特徴の1つである戦う女性像を代表する作品ではあるが、意外なことに当初は男性刑事を主役にした作品を書いていたという。それを女性へと変更したのは編集者のアドバイスであるとのことだ。「登場人物に自分を投影しがちだった部分を、客観的な視点から描けるようになった」と深町は振り返る。そして、衝動をコントロールしながら娯楽小説を完成させていった。

ミステリの住人 6回『ファズイーター』
『ファズイーター 組織犯罪対策課 八神瑛子』

 シリーズものの中から、深町が独自の境地に達しつつあると感じる作品を2つ挙げておきたい。1つは既に人気シリーズとなっている〈バッドカンパニー 〉(集英社文庫)である。無情な社長である野宮綾子が率いる人材派遣会社“NAS”の面々が数々の危険な依頼に挑む、という話で、深町は北条司の漫画『シティーハンター』のような作品を目指して書いた。『シティーハンター』の主人公である冴羽遼が街のスイーパー(掃除屋)を名乗っているように、“NAS”は会社ではあるものの、銃火器を使った非合法な仕事を引き受け依頼人のトラブルを解決する。いわゆる自警団ヒーロー小説の要素に近いものが〈バッドカンパニー〉にはあるのだ。軽快かつ派手なアクションが繰り広げられる一方で、シリーズでは現実で横行する社会問題を取り上げている。

ミステリの住人 6回『スリーアミーゴス』
『スリーアミーゴス バッドカンパニー III 』

 現時点の最新作である『スリーアミーゴス バッドカンパニーⅢ』では技能実習生やSNSでの闇バイトなどが題材になっているが、いずれも社会システムの網目をくぐって弱者を食い物にする悪を描いていることに注目したい。本作は文庫オリジナルとして刊行されている作品だが、アクション満載で娯楽要素に富んでいながら現在進行形で起こっている社会問題に目を向けるなど、軽さと重さのバランスが絶妙である。インタビューで深町は自身の作品を“社会派活劇小説”と称しているが、まさにその呼称が相応しいシリーズになっていると思う。

〈バッドカンパニー〉以上に深町秋生の美質が表れていると筆者が考えるのは、光文社より刊行されている女探偵・椎名留美を主人公にしたシリーズだ。現在までに『探偵は女手ひとつ シングルマザー探偵の事件日誌』(光文社文庫)と『探偵は田園をゆく 』の2作が書かれている。椎名は山形に住む元警察官で、一人娘を育てながら探偵活動を行って生活費を稼いでいる。設定だけ聞くと典型的な私立探偵小説を想起させるが、〈椎名留美〉シリーズは少し異なっている。椎名はさくらんぼ窃盗の防止からパチンコ店の並び代行まで、地元の困りごとを解決する便利屋も兼ねており、時には揉め事を武力行使で解決することもあるのだ。これも〈バッドカンパニー〉と同様に、自警団ヒーロー小説の要素が色濃い作品である。深町は、作品が生まれた源流にジョー・R・ランズデールの〈ハップとレナード〉シリーズがあることをインタビューで明かしている。〈ハップとレナード〉はテキサスの田舎町を舞台に貧乏白人とゲイの黒人のコンビが、米国南部の暗部を象徴するような事件に立ち向かう、深刻さとユーモアを兼ね備えた犯罪小説シリーズだ。これに限らず深町秋生は1990年代に米国で書かれた自警団的な要素のある私立探偵小説および犯罪小説を愛好しており、少なからず影響を受けている。例えば〈椎名留美〉シリーズでは畑中逸平という青年が椎名の探偵業をサポートする。彼はかつて警察でも手を焼くほどの不良だった過去があり、今でも地元のチンピラを震え上がらせる。ロバート・P・パーカーの〈スペンサー〉シリーズに出てくるホークをはじめ、主人公の私立探偵をときには武力を使って助けるキャラクターの系譜があるが、深町によれば逸平の造形はデニス・ルへイン(レヘイン)の〈パトリック&アンジー〉シリーズの登場人物で“人間凶器”の異名を持つブッバがイメージに近いそうだ。

ミステリの住人 6回『探偵は田園をゆく』
『探偵は田園をゆく』

〈椎名留美〉シリーズが優れているのは、海外の犯罪小説や私立探偵小説を換骨奪胎して取り入れながら、荒廃した日本の地方を舞台にした自警団ヒーローの小説として創意に溢れたものになっていることだ。『ダウン・バイ・ロー』など、深町は初期作品から衰退する地方都市の光景を書くことに関心を寄せてきた。同シリーズでは“失われた30年”によって格差が進み、物理的にも精神的にも荒んでしまった地方だからこそ生じる事件を真正面から描いている。近年書かれたミステリのなかでも、これほど地方が舞台となることが意味をなす小説はないだろう。アクションの描写もたいへんに優れており、後半は意外な人物があるアイテムを使って大暴れする場面が用意されている。ここもまた、海外小説の単なる模倣ではなく、現代日本の地方を舞台にしたからこそ創造できた自警団ヒーローが描かれているのだ。椎名留美の物語はまだ2冊だけだが、シリーズが続けば深町秋生の新たな代表作になると予感している。

 ここまで深町が「自警団的な要素のある私立探偵小説または犯罪小説」の流れを汲みつつ、独自の活劇小説を生み出していることを書いてきた。自警団ヒーロー小説とは、公権力の外側にいる小さな個人が、社会の中で自分なりの正義を果たそうとする物語だ。だが現実の社会に目を向けると、私的な正義の暴走と受け取れるような事件が頻発している。そのような中で個人が力を行使する自警団ヒーローを描き続けることは難しいのではないか。これは深町に限らず、現代において活劇小説に取り組む書き手が直面している問題だ。

 しかし、こうした困難も克服し得る力を深町秋生は持っていると筆者は思う。それは深町が暴力は諸刃の剣であり、それを行使する側にも相応の覚悟がいることを承知の上で描き続けている作家だからだ。映画化もされた『ヘルドックス 地獄の犬たち』(角川文庫)に始まる〈ヘルドックス〉シリーズの第二作『煉獄の獅子たち 』(同)が良い例だろう。凄惨な暴力がこれでもかと書かれているにもかからず、そこには常に暴力がもたらす虚しさが漂っている。アクション描写や暴力描写が優れているだけでは良質な活劇小説は生まれない。暴力の果てに待つ虚無を描いてこそ、個々の正義が乱立する現代でも優れた活劇小説を書き続けることが出来るだろう。「正義を掲げて暴力に打って出たのならば自分も無事で済むと思うなよ、という信念が自分の中で常にある」ということを、深町は語っている。力強く、揺るぎない信念である。この信念があるからこそ、深町秋生は現代随一の社会派活劇小説家として存在感を放っているのだ。

ミステリの住人 6回『煉獄の獅子たち』
『煉獄の獅子たち』

※本シリーズは、小学館の文芸ポッドキャスト「本の窓」と連動して展開します。音声版はコチラから。


若林 踏(わかばやし・ふみ)
1986年生まれ。書評家。ミステリ小説のレビューを中心に活動。「みんなのつぶやき文学賞」発起人代表。話題の作家たちの本音が光る著者の対談集『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』が好評発売中。

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