伊藤尋也『警視庁裏金課』

裏金とメフィストフェレス
みなさん、裏金をもらったことはありますか? ぼくはないです。
裏金というのは犯罪名ではありません。
罪名をつけるなら横領や贈収賄となるのでしょう。
ただ、裏金という言葉には、それだけでは片づけられない響きがあります。「組織のために働く悪事」というニュアンスとでも言いましょうか。
今回紹介させていただく小説『警視庁 裏金課』(著・伊藤尋也、つまりこの記事を書いているぼくです)では、そんな裏金対策のために設置された警視庁の秘密部署の活躍が描かれています。
総務部第九別室──通称〝裏金課〟。
ただし彼らのする「対策」は、取り締まりではなく管理です。
裏金、それは巨大都市東京の治安を守るための必要悪。
東京都内の警察官たちがカラ領収書でコツコツ作った裏金は、適切に使用されているのか? 私利私欲のために使われていないか? 必要以上に作られていないか?
そんな闇の予算の管理が、警視庁十三階に居を構える裏金課の仕事なのです。
さて。本作の見どころは、なんといっても裏金課の室長である美波警視のキャラクターでしょう。
かつては優秀な総務畑のキャリアでありながら、とある理由で表舞台から姿を消し、今は闇の任務に従事する……人呼んで〝総務のメフィストフェレス〟!
ヘラヘラと笑いながら予算と権謀術数を駆使する妖しげな人物で、どこまで本気かわからない奇妙な警察論や組織論を次から次へと口にします。
言動といい、行動といい、とにかくメチャクチャな人なのです。カッコいい。大好き。自分の上司だったらイヤだけど。
──ちなみに同作者の小説『刑事姫』にも主人公たちの上司として登場しています。
主人公である若手事務職員の山田楓子(通称デコ子)は領収書処理に特異な才能を発揮したため、この美波に見込まれて裏金課のメンバーに――いえ、メフィストフェレスの弟子となり、数々の「悪い裏金」事件を捜査することになります。
本作の扱うテーマは裏金だけではありません。
警視庁に勤めながら警察官でなく事務の職員であることに引け目を感じていた主人公の楓子が、人から認められ、自分の役割というものを自覚し、組織の中で居場所を得ていく……これは、そんな〝働く人間〟の物語でもあるのです。
警視庁裏金課。
彼らの仕事からは血の匂い……そして、紙とインクと残業の汗の匂いがしています。
伊藤尋也(いとう・ひろや)
1974年、岐阜県明智町(現・恵那市)生まれ。2021年、『孫むすめ捕物帳 かざり飴』で、時代小説作家としてデビュー。23年、『土下座奉行』で、日本歴史時代作家協会賞の文庫書き下ろし新人賞を受賞。





