採れたて本!【国内ミステリ#41】

1996年に「夏と花火と私の死体」で第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞してデビューし、今年で作家生活30年を迎える乙一は、作品の傾向に応じて複数のペンネームを使い分けている。そのうち、ホラー専門のペンネームが山白朝子だ。この名義で発表された『小説家と夜の境界』は、著者自身を思わせる小説家「私」が、同業者や編集者などの奇行だらけの生態を紹介する連作だったが、新刊『スコッパーの女』はその続篇である。
巻頭の「前書き」は、「一般的にはあまり知られていない出版界の風習として、アイデア交換会と呼ばれるものがある」という書き出しで始まり、「近年、大ブームを巻き起こした某ホラー小説も、アイデア交換会がきっかけとなって誕生したものだ」「彼が創作に使用したアイデアは、私が会場の入り口で提出したものだった」といった業界の内幕話が語られる。もちろんこれはフィクションだ。よく知らない小説業界への読者の好奇心、そして常人には思いつけないことばかり書ける小説家は奇人変人ばかりに違いないといった期待を利用して、著者は虚実皮膜の奇譚の迷宮へと誘い込む。
全5篇から特に印象的だった話を紹介すると、自分が考えた登場人物と同姓同名の人間が事故死したことから運命が暗転する「シンクロニシティ」は理不尽な展開がひたすら怖い。あらゆる小説家にとっての悪夢だろう。
「私」は前作『小説家と夜の境界』所収の「墓場の小説家」で、「私は別だが、作家などという者たちは、どこか人格的に問題があるようだ」などと述べていたけれども、実は「私」本人も真人間ではないとわかるのが、本書所収の「小説講師の憂鬱」だ。スランプに陥った「私」は転職するため、専門学校で小説講師をしているG先生から話を聞こうと連絡を取る。ところが、G先生はこれから死ぬために富士の樹海へ行くところだという。それを聞いた「私」のリアクションは、どう見ても異常である。しかもこの話、主要登場人物全員がまともではないのだ。
収録作はいずれもラストの切れ味が鮮やかだが、表題作も例外ではない。無名作家のネット小説に目を通し、有望株を見つけ出すのが趣味の「スコッパー」であるCさんには、書き手の内面世界を五感で感じ取れる一種の共感覚が具わっていた。そんな彼女を見舞った悪夢のような事態とは……。詳しくは書けないが、本書のラストを飾るに相応しい内容なのは間違いない。サイコ・サスペンスとホラーの味わいを兼ね備えた戦慄の連作だ。
評者=千街晶之






