最所篤子『ジェリコの製本職人』

最所篤子『ジェリコの製本職人』

シスターフッドと紙の本


 本作は2022年刊行の『小さなことばたちの辞書』の姉妹編で、オックスフォード大学出版局の製本所で働くペギーの戦時下の青春を描いた歴史小説です。前作と同じ世界を別視点からとらえ直す新鮮な試みがなされていますが、独立した物語として楽しめます。

 主人公は障がいのある妹の面倒を見ながら、自分だけの人生と学問に憧れる聡明なペギー。しかし20世紀初頭の英国では貧しい労働者階級の女性が大学で学ぶことはほぼ不可能でした。多くを諦め、斜に構えながらも憧れを捨てきれない若い女性が夢と現実の間で苦闘する姿には、共感と愛おしさを覚えずにはいられません。そんな不器用な彼女を支え、社会の壁を乗り越えさせようとする周囲の女性たちの頼もしさには胸が熱くなります。女性の教育を否定する風潮は、公党のトップが「女性は18歳で大学に入れないようにしよう」などと発言する今の日本にも厳然と存在します。ペギーの苦しみは決して過去のものではありません。女性同士の助け合い――シスターフッドは今こそ私たちが必要としているものなのです。

 本作でもう一つ存在感を放つのが紙の本です。製本の場面ももちろんですが、愛書家なら、読まれることで「本はその一冊にしかない性格を身につけはじめる」という一節にぐっとくるはず。頁の隅の書き込み、折り皺……読み手が残した痕跡は、紙の本だけがまとう個性であり、よさでもあることを本作は気づかせてくれます。読後、本を手にとるたびにこれまでと違う感慨を覚えるようになるかもしれません。

 なお、作中には前作のキャラクターも登場し、思わぬところで懐かしい名前やことばたちに出くわします。独立した小説ですが、前作を読んでいれば〝ウォーリーを探せ〟的な楽しみもあることでしょう。作家は「どちらを先に読んでも、お互いをより深く味わえる」と述べていますので、順番にこだわらず、できれば姉妹ともどもお楽しみいただけることを願っています。

 


最所篤子(さいしょ・あつこ)
翻訳家。訳書にハンナ・マッケンほか著『フェミニズム大図鑑』(共訳、三省堂)、ジョジョ・モイーズ著『ワン・プラス・ワン』(小学館文庫)、同『ミー・ビフォア・ユー きみと選んだ明日』(集英社文庫)、アンドリュー・ノリス著『マイク』、ピップ・ウィリアムズ著『小さなことばたちの辞書』、ブルハン・ソンメズ著『イスタンブル、イスタンブル』(以上、小学館)など。英国リーズ大学大学院卒業。

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ジェリコの製本職人

『ジェリコの製本職人』
著/ピップ・ウィリアムズ 訳/最所篤子

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