吉川トリコ「じぶんごととする」 14. 太陽と極北風

じぶんごととする 14 太陽と極北風


 今回、片づけ本のベストセラーを何冊か読みかえしてみたのだが、スピリチュアルみが強く内面に働きかけるようなもの、実践的かつ具体的なアイディア集、「あの人のすてきなおうち」系のもの(ここに思想が加わるとミニマリズム系になったりする)など、大まかな傾向が見えてきた。

 その中でも、社会現象を巻き起こした「スパークジョイ」の伝道師こんまりこと近藤麻理恵著『人生がときめく片づけの魔法』は自己啓発的な側面を持ちつつ、実践的なアイディアの詰め込まれたハイブリッド型で、数ある片づけ本の中でも群を抜いて面白かった。

人生がときめく片づけの魔法

『人生がときめく片づけの魔法 改訂版』
近藤麻理恵
河出書房新社

 なにが面白いって、まず読み物として圧倒的に面白いのである。力強く明快な文章はリーダビリティ抜群で構成も見事。五歳のときから真剣に片づけに向き合い、人生をかけて研究を重ねてきたという自分語りだけでもかなり面白いのだが、「かつての私はまさに『捨てるマシーン』でした」「寝ても覚めても片づけばかりしすぎている」「片づけは祭りです」等々頻発するパンチラインにくらくらしているところへ、たたみかけるように滝行と片づけの共通点を語りだし、「わざわざ山に行かなくてもおうちの中で滝に打たれるのと同じ効果が得られるのですから、片づけってすごいと思いませんか」と結ばれたときには、なにかとんでもない奇書を読んでいるような気になった。

「ときめき」の部分にばかり注目が集まり、スピリチュアルなイメージの強いこんまりメソッドだが、ちゃんと本を読んでみるとかなりロジカルで徹底的な分析のもとに練りあげられたものだとわかる。文章がうまく、キャラも強く、ベースのメソッドもしっかりしているんだから、そりゃ世界中で爆売れするはずだといまさら祭りではあるものの納得せざるをえない。

 実際、ブームのまっただなかに本書を読んで、私もすっかりこんまりメソッドを実践したクチである。「ときめき」云々の部分はいまだによく吞み込めないものの、キッチンのシンクやコンロまわりにはなにも置かないようにする、収納は限界までシンプルに、積むのではなく立てて収納する、靴の空き箱を活用する、バッグの中にバッグを収納する等々、本書に書かれていることの一部はいまも我が家の収納システムの基盤になっている。

 あれほど「捨てろ」と言われることに拒否感のある私ですら、再読中いてもたってもいられずに、「そうだ、あれを捨てよう!」と本を放り出してクロゼットやキッチンの整理をはじめてしまった(すごくADHDっぽいムーブ)のだから、そのハック力たるやすさまじいものがある。小柄で愛らしい容姿で魔法のように部屋を片づけてしまうことから「お片づけの妖精」と一時呼ばれていたけれど、どっちかっていうと「片づけの鬼」と呼んだほうがふさわしいほど圧が強くスパルタなので、こんまりさんにこうしろああしろと言われると、「アッ、ハイ!」と素直に聞いてしまうのである。西原さんが太陽だとするなら、こんまりさんは極北風と呼ぶにふさわしい。

「片づけを習ったことがないから、片づけられない」

 第1章のはじめに書かれたこの一行を目にしたとき、ほんとうにそうだ、と思ってちょっと泣きそうになってしまった。「片づけなさい」と親や教師に言われることはあっても、その片づけ法をだれかに教わったことは一度もなく、見よう見まねでやってはみるものの、理屈がわからないままだから片づけても片づけても散らかってしまう。その途方もないくりかえしから救い出してくれただけでも、こんまりさんは私の恩人である。


 こんまりメソッドはリバウンドすることがないと謳っているが、我が家のいまの状態は(多少のストック過多に目をつぶれば)ほどほどのところで落ち着いている、といったところだろうか。いかんせんものを捨てられないものだから(その時点でこんまりメソッドを遵守しているとはいえない)、あれこれ工夫したところで限界があるのだ。

 ここで寄せてはかえす泥のように新居の話に戻るが、一時は一生片づかないままなのではないかと絶望しかけていたのに、ブックエンドを使ったりざっくり分類したりとこれまでさまざまな片づけ本で目にしてきた収納アイディアを駆使し、それぞれふさわしい場所にものを納めていったら、なんとなく秩序が生まれ、それから三ヶ月が経とうとするいまも問題なく使えている。単純に、収納スペースとものの量がぴたりと合っているだけな気がしないでもないが、シンデレラフィットの妖精や整理収納アドバイザーを召喚するにいたらなかったのはそうしたわけである。

じぶんごととする 14 アフター

 キッチンの作りつけの食器棚には、現在ぱんぱんに食器が納まっている。新居に(か)氏がやってきたときに、あれこれ相談しながら内部にスライド式のラックを設置したら、飛躍的に使いやすくはなったが収納量が目減りしてしまったのだ。

「いまが適量だと考えましょう! これ以上、お皿を増やしてはいけません! これから定期的に訊きますからね、いま何枚?って」

 そうして、冒頭の台詞が飛び出してきたのである。新しい皿を買うには、捨てるか割るかの二択しかない。一枚、二枚……今日も皿の枚数を数え、捨てるかどうしようか、迷い続けている。とりあえず金継ぎを習いにいくのはやめておこう。

(次回は時期未定です)


吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。2021年「流産あるあるすごく言いたい」(エッセイ集『おんなのじかん』所収)で第1回PEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。22年『余命一年、男をかう』で第28回島清恋愛文学賞を受賞。2023年『あわのまにまに』で第5回ほんタメ文学賞あかりん部門大賞を受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『戦場のガールズライフ』『少女病』『ミドリのミ』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』シリーズ『夢で逢えたら』『流れる星をつかまえに』『コンビニエンス・ラブ』など多数。
Xアカウント @bonbontrico


 

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